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第二幕 11.悪の吼える夜④

「ぐっ……」  よろめいた向田の足の間に身体を捻って踏み込み、開襟シャツの胸ぐらを掴む。頬骨に思い切り、身体の回転を活かしたフックを叩き込むと、向田の口から白い歯が2本ほど吹き飛んでカーペットに落ちた。不自然なほどに白いそれは、セラミックの差し歯のようだ。  くあっと犬のあくびのような奇妙な声を立てると、向田はドレッサーの前に尻餅をついた。それを追って、景虎はその腹を踏みつける。ぐっと体重をかけると、向田は失くした前歯の隙間から、うめき声を上げた。  パニックになって慌てて這って逃げようとするヒカリを、ごめんね、お姉さんは重要参考人だから。などと言いながら国枝が押さえている。  突然の展開に、呆気にとられて緩んだ店長の腕の隙間から抜け出すと、庄助はベッドのスプリングを利用して跳ね起きた。 「あ!?」  ベッドの上に立ち上がり半身を捻ると、庄助は足刀で鼻頭を削ぐように、ヒールを履かされた脚で、店長の顔面を思い切り蹴った。  ぶつんと音がして、店長の両の鼻の穴から盛大に赤い血が噴出した。 「ぐぎゃっ……!」 「も……もう最悪や、めっちゃキモい! 死ねっ!」  顔をかばってうずくまる店長の背中に、庄助はベッドの上から蹴りを入れた。ゴキブリでも踏み潰すかのように執拗に何度も何度も、二度と息を吹き返さないようにストンピングをした。 「はあっ、はあっ! マジで……マジで死ねっ、変態!」  身体が痛んで軸足の踏ん張りが効かなかったが、まともに入っていれば何箇所か骨折していいそうな勢いだった。  店長はダンゴムシのように丸まって、やがて動かなくなった。  庄助は、片方の鼻の穴を指で塞ぐと、赤い血の塊を逆から吹いた。安っぽくぱさついたカーペットに、それがべたりと落ちる。怒りと興奮で息が上がっていた。 「こら、庄助。今の話聞いてた? めんどくさいから殺しちゃダメなんだってば」  呑気な調子の声に、景虎は殴る腕を止め、庄助は顔を上げた。泣きそうな顔で、庄助は国枝に近寄ろうとした。 「国枝さぁん……!」 「あっはは、可愛い! なにそれ猫? 似合うじゃん……あ、近寄らないで。鼻血ついちゃう」  冷たく制すると、肩を竦める。その仕草はいつも通りの国枝だ。庄助の緊張は一気に緩和して、体中にじわじわと痛みが広がってきた。 「……その格好はなんだ、庄助」  怒りを含んだ声。景虎の殺気が、ふと庄助に向けられた。  見ているだけで震えが来るような、冥界の入口を想起させる昏い色。本当に怒っている時の景虎の目だ。 「こ……これは事故っ! 無理矢理や!」  備え付けのドレッサーに映る自分の姿をチラリと見てから、庄助は震える両腕で、なぜか胸を隠した。

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