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尺ちゃん

 デニムの膝が両足とも擦り切れていて、その中に見える脚ももうタコになっているんじゃないかというほど赤黒く、見るからに固そうになっている。  そんな少年だか青年だかが、一樹の前に立ち塞がった。 「え…」  戸惑っていると、少年(ということにしておく)はコートの前を開いて胸の辺りに書かれている文字を見せてくる。 『即尺15分1000円 セックス30分5000円』 「え、なに…」 「する?」  少年の顔は端正で、身長も173cmと平均的。  でも目が圧倒的に死んでいる。きっとやらされてるんだろうな…と思い一樹は聞いてみた。 「誰にでもそんなことを?」  少年は前を閉じ 「やらねーならいい」  と、一樹を避けて去ろうとしたが、一樹はその腕を掴んで止める。 「あ、いや…衛生的にどうなんかなって…」  少年はサコッシュから携帯用のマウスウォッシュを出して、 「咥える前にこれする。そのあと水で濯ぐから、しみないよ。やる?」  変な感覚だった。  端正な顔立ちに、綺麗ではない格好をして、外国訛りではないのに辿々しい日本語。  学校へ行ってないのかもしれない。瞬時にそう思った。  今年就職したところは、図らずも福祉施設。この少年のように学校へ行けなくて、勉強が大人になるまでできなかった子達が集まって社会復帰を目指している場所だ。だから見慣れているんだと思った。 「どうする。しないなら次行くから」 「あ、じゃあ…お願いする…よ。どこかホテルにでも?」  元々男女両方相手のできる一樹は、行為自体には抵抗はないが、この子の存在が1番気になっている。 「ううん、その辺で」 「その辺⁉︎え?こんな繁華街で?」  一樹がそう言うと、少年は和樹の腕を掴み歩き出した。  ものの3分でビルの間の、細い路地とも言えないような道へ入り込み、 「奥行けばみえない」  といって、どんどん奥へとひっぱってゆく。エアコンの室外機が地面や壁に張り付くように両側から設置されていて、避けるのも一苦労なうえに、地面にはまだゴミのポリバケツまであって、いや、ここでそんなことできるのかと思う間に、どこかの店の裏階段まで連れて行かれ、そこに座って と指示された。  指示された通りに座ると、少年はさっき言った通りにマウスウオッシュを口に入れクチュクチュと念入りにした後、後ろ向きに壁伝いに吐き出し、ペットボトルの水で2回うがいをして戻ってくる。 「どっち…口?ケツ?」 「あ…口で…」  場所にも慣れていないが、こんな事態にももちろん慣れていない一樹は戸惑うだけで、それでも『ケツ』は怖かったので『即尺』を選ばせてもらった。  少年は階段の3段目ほどに座ってといい、言われるままにそうすると地面にひざまづき一樹のズボンのベルトを外し、下着の中から何故か半分ほど立ち上がっていた一樹自身を取り出した。  そして、スマホでタイマーをかけると、迷いなく咥え始める。  ジュルジュルと音をたて、首を傾けながら、回すように唇を蠢かし、舌を陰茎に絡めながら出し入れを繰り返した。  そのすぼめられた口や、時々息継ぎでもれる息があまりにもエロくて、一樹自身はすぐに固く立ち上がってしまった。  立ち上がり切ると、こんどは口を離し手を添えて裏筋を舌先で下から上へ何度も舐めあげ、縫い目の合わさり目のあたりでチロチロと舌を這わせ先っぽだけを咥えて外してまた下から…を繰り返し、添えた手はカリの縁を指でなぞったり、穴の先をぬるぬると擦ったりして、とにかく何もされない時間がないほど手や口でやってくれる。  もちろん一樹からも声は漏れているが、外ということであまり大きな声は出せなくて、荒い息だけがゴミゴミした裏路地に響いていた。  そして最後にとばかりに自ら喉の奥へと咥え込むと、喉の奥で先を締め付けて舌で茎を締め付けるという、一樹には味わったことのない感覚を与えてくれる。  それをまた緩急つけてするのだから…もう 「ぅあっ!そっ…んっ…だっだm…あっああっ」  思わず大きな声が漏れ、一樹はそのまま達してしまった。  喉の奥で出された少年は、そのまま一樹の精液を飲みくだしそして抜く瞬間に、陰茎に残ったものを吸い上げるように啜り上げる。 「っ!ああっううっ」  吸い上げられた感覚は、腰に響くような快感になり、ここでもまた声をあげてしまった。  少年は立ち上がり、まだだらんとした陰茎を出したまま荒い息を吐いている一樹に向かって手を出した。 「あ…お金ね…うん」  余韻も何もないな、などと思いながら尻ポケットから財布を出して3000円を渡す。 「多い」  2000円を突き返してくる少年に、立ち上がってズボンを整えながら 「すごく良かったからチップとして貰って」  とその手に2000円を握らせた時に、少年のスマホが時間を告げた。 「すごいね、時間ぴったりだよ」  一樹は笑って少年の腕をちょんと撫でた。 「自分もやっておいて言えた義理はないけど…いいことしてるって思ってはいないよね。できれば普通の仕事するのがいいよ」  少年は一樹の顔を見たが、何を言っているのかわからない様子だ。 「誰かにやらされてるなら、やめなってことだよ。色々あるんだろうけどさ」  その時階段の上から女性の声が降ってきた。 「尺ちゃん、今日一発目はここでお仕事だったんね。お稼ぎね」  ベアトップのワンピースに長く赤いウルフカットの女性が、タバコを吸いながら見下ろしている。 「お兄さん、尺ちゃんのテクすごいでしょ?ちゃんとイかせてもらった?」  ニヤニヤした顔が、女性のいやらしい部分を見せられているようで、一樹は目を逸らした。 「いいね、ちゃんとね」  と尺ちゃんと呼ばれた少年に言い聞かせるように両肩をポンポンして、元来た道を戻って行く。  2人の目線が追って来ているのを感じる。  あまりいい環境じゃないんだろう。  だけど自分に何ができるわけでもないし、きっと言葉も通じてはいないに違いない。  しかし…  一樹の中で、深く暗い何かが迫り上がってくるような感覚がして、路地裏を出る瞬間に壁際に嘔吐した。  闇に生きる人がいることは理解している。知ってもいた。  しかしそこに触れるとこんな感情になるのだと、初めて知った。  尺は本名じゃないだろうし、年齢もまだ10代か行っていても20代前半だ。  救いたいと思ってしまった。何ができるかなんてわからない。裏に怖い人もいるかもしれない。  身がすくむ。  でも…あんな生活をしている少年1人助けられない大人ってなんだ。  2度ほど吐き戻して明るい通りへと出た。   近くのファッションビルに入り、トイレで口を濯ぎ顔を洗う。  無力な大人。大して年齢は変わらない少年の、闇で生きるしかない環境に、まだ吐き気がする。  関わらない方が良かった…でも知ってしまったからには…  どうにもできない自分に…腹が立つ……     そして  気がつくと、なぜだか勃起していた。

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