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01※
我ながら不毛なことをしてると思う。
けれど、自分を抑えることはできなかった。
「俺が好き?」
丸くなる親友の目。それを直視することができなくて、俯いた俺はそのまま何度か頷き返した。
「……あのさ」
「わ、かってる。お前が好きなやついるってことも、……だから、い、言いたいだけ……別に俺はお前のこと邪魔するつもりもなくて、その、だから」
「益子 、落ち着けって」
親友は――末廣 は宥めるように俺の肩を掴む。
俺だって分かる、こいつが困ってることくらい。
そりゃ誰だってそうだ、よりによって自分の部屋に招き入れた相手が自分のことを好きなんて言い出したら。
「悪い……ごめん、俺……もう無理だ」
「何、今度はどうしたんだよ」
「……か、帰る。離してくれ」
「なんだよ急に」
「急じゃない、俺は――」
「俺の返事とかそういうの、聞いてないだろ」
「良いから深呼吸しろ、お前息止めてんだろ」と子供にするみたいに背中を叩かれた。ぽんぽんと、末廣の鼓動に合わせて。
「……」
「落ち着いた?」
「……は、離して」
「離さないし帰さない。ってか、なんで俺がお前を家に呼んだか覚えてる?」
「テスト、勉強……見る約束したから」
「うん。そう。俺まだなんも教わってねーし」
だから帰さねえよ、と笑う末廣。
こいつは出会ったときからこうだった。俺の気持ちなんて理解しようともせず強引に歩み寄ってきて、踏み躙っていく。
末廣はモテる。人当たりが良くていいやつで、けど少し強引で自分勝手なところもある。
そんで、距離の詰め方。人を勘違いさせるような距離で詰め寄ってくるのだ。そして俺もまんまとこの男に“勘違いさせられた”。
末廣の言葉に舞い上がって、寝ても覚めてもこいつのことが考えられなくなり、あわよくばもっと仲良くなれたらいい――そんな矢先のことだった、こいつが他に好きな相手がいると知ったのは。
それも、相手はよりによって男。まだ女だったら諦めがつくのに、男で――俺の弟だった。
『なあ、お前の弟って何が好きなの』と見たことのない顔で囁かれたとき、本気で死にたくなった。けれど、俺にはそんな勇気もない。だからこうして親友のフリして弟と二人きりになれるように部屋を出たりもした。
けど、もう何もかも限界だった。
「……無理だ、見れない。他のやつに頼んでくれ、お前の頼みなら喜んで聞いてくれるやつが山ほどいるだろ」
「益子」
「お、俺……これ以上お前のこと好きになるの、辛い」
だから、と末廣のことを押し退けようとすれば、末廣は俺から手を離す。けれど、立ち塞がったまま退こうとはしない。
それどころか、
「その辛いっていうのは、何? 俺のことそんなに好きってこと?」
頷き返せば、「ふうん」と末廣は呟く。沈黙が嫌だった。言葉に困るくらいなら解放してくれ、と逃げ出そうとしたところをまた捕らえられる。
手首をガッチリと掴んだまま末廣は「そっか」と呟くのだ。憐れむような目でじっとこちらを見て。
「なあ、益子。……俺、お前のことも好きだよ。友達として、人としてもいいやつだし、面倒見もいいからさー……俺、お前とこのまま気まずくなるのやなんだけど」
「……っ」
「なあ、お前はどうしたら喜んでくれる?」
「……そんなこと、俺に聞くなよ」
「はは、……だよな。悪いな、俺バカだからわかんねーんだよ。こういうときの慰め方とか。毎回お前に慰められてばっかだったし」
末廣が男が好きだということを言ってくれたのも俺を信頼してからだって分かったし、そんな末廣が自分の弟と仲良くなっていくのを応援したのも俺だ。
二人にはそりゃうまくいってほしいと思う自分もいる反面、深く突き刺さったまま抜けないナイフが心臓まで達しそうになっているのも本当だ。
顔を突き合わせた状態で『お前は恋愛対象ではない』と言われても、それでもまだ悩んでくれてる末廣に喜んでる。
「お前がもっと酷いやつだったら良かったんだけどな」
ぼそ、となにかを呟く末廣。うまく聞き取れず顔を上げるのと末廣に抱き締められたのはほぼ同時だった。
全身を包む体温に体が硬直する。
「すえひろ……っ、何、し」
「んー、これは友好のハグ」
「は……? なに、やめろよ、こんな真似……っ!」
「別に、仲良かったらするだろ」
「俺はしない……っ、こんな」
「じゃあ、してみ」
「……」
「試しに俺のことも抱き締めてみろよ、益子」
その言葉には有無を言わせぬ妙な迫力があった。
惚れた弱味。良くないと分かっていても、それでもずっと想像していた末廣とのスキンシップが実現して堪らない気持ちになる。
下心もなにもない、ただの友好的なスキンシップ。そもそも、末廣と弟はまだ恋人でもない。ならば、許されるのか。こんなこと。
頭の中、いくつもの思考が入り乱れては末廣に背中を優しく撫でられるだけでどろどろになっていく。
「……っ、……」
恐る恐る末廣の真似をしようとするが、やはり無理だった。俺には末廣の服の裾を掴むのが精一杯で、そのまま動けなくなる俺に末廣は「かわい」と小さく呟くのだ。他意はない、舞い上がるなと思っても馬鹿正直な心臓は煩いほど反応する。
「……す、末廣、も、いいだろ……」
「落ち着いた?」
「落ち着くわけないだろ、こんな……っ!」
「ごめんごめん、怒んなよ。……けど、益子すげードキドキしてる」
「馬鹿にするな、こんなの……っ、誰だってそうなる……」
「好きなやつに抱き締められたら?」
傲慢な言葉だが否定する材料もなかった。そもそも、こういうやつだと分かってて惹かれたのは俺だ。
頷き返せば、末廣は「だよなぁ」と笑う。
そして、俺は気付いた。気付きたくなかった、末廣の心拍数は至って平常で、俺を抱き締めていても尚ドキドキすることもなかったなんて。
「……末廣、お前、性格悪い」
「カタコトだ」
「最悪だ、お前……」
ちゃんと振ってくれた方がまだいい。
そう言いかけて、言葉は嗚咽になって消えていく。
「それ、結構傷つくな。けど、お前の方がよっぽど辛い思いさせてたんだもんな」
「……っ、き、嫌いなら嫌いって言ってくれ、頼むから……」
「だから言ってるだろ、俺はお前のことも好きだって」
「じゃあ嫌いになってくれ、俺のことなんて……っ、あ、あいつと、幸せに……あいつも、お前のこと好きだから……」
「……」
「末廣……」
「……それ、あいつが言ってたの?」
ほんの一瞬、末廣の目が細められる。
言ってしまった、とハッとする。
本当は、弟が自分から告白するまで何も言わないつもりだった。これは俺の最後の砦でもあり、きっかけでもあったからだ。
数日前、弟が冬休みに入ったら末廣に告白するつもりだと言ってた。
俺は「頑張れよ」と応援しようとして、結局「そうか」としか言えなかった。
それから、テスト期間に入るからという理由で俺は末廣のテスト勉強を見る約束を託つけたのだ。
弟が末廣と付き合えば、きっともう二人でこうして遊ぶ時間もなくなるのだろう。ならばという邪な気持ちで、俺は弟と末廣を応援しながらも二人を踏みにじった。
それを一瞬で末廣に見抜かれた、そんな恐怖に背筋が冷たくなっていく。
「益子」と促されるように静かに名前を呼ばれ、肩が震えた。
「っ、……そう、だ。お前とあいつは両思いだよ」
「……それ、いつから?」
「わ、わすれた」
「そんなに前からか。……知ってて黙ってたのか?」
「っ、ちが、つ、告げ口みたいな真似、したくなかったから……」
「今しちゃってんじゃん、バラしちゃってさ」
「ご、めん……聞かなかったことにしてくれ」
余計なことを言ってしまった。末廣が怒るのも無理はない。
邪魔をしないと言っておきながら自分を優先させてしまったという自覚は俺もあった。だから、耐えきれなくなった。
ごめん、末廣。そう声を絞り出したときだった、末廣は俺を抱き締めた。
さっきの友好なハグとは違う、ねっとりと背筋から尻まで撫でるような掌に息が止まった。
「す、すえ、」
「前々から思ってたんだけどさ……益子、やっぱりお前ってあいつと兄弟なんだよな」
「ぇ……」
「顔、そっくり。声も、今みたいに細くなったときとか結構被るんだよな」
末廣の掌が尻を揉み、そのまま腿まで降りてくる。足の付根を掴まれ、そのままリンパ腺を抑えるように這わされる指に呼吸が浅くなっていく。
「すえ、末廣、なに」
「なあ益子、まだ俺の事好き?」
よりによってこんなタイミングで末廣はこちらを覗き込んでくる。真っ直ぐな目はいつだって俺にとって眩しくて、それで、見つめられるだけで頭が真っ白になって。
小さく頷き返すのと、唇が重ねられるのはほぼ同時だった。
「……っ、ふ、ぅ、……っ、末廣、ん、む……っ」
キス。キスされてる。なんで。
息継ぎをしようとすればまた唇を塞がれ、小さく吸われる。俺の知ってる親愛のキスではない。深くて、纏わりつくよつな知らないキス。
「っ、末廣……っ?」
「……お前って本当、不器用なやつだよな」
「なに言って……ま、待って。なんで、お前」
ソファーの上、覆いかぶさってくる末廣。腿に当たる感触に息を飲むのもつかの間、末廣は更に体を押し付けてくる。
「さっさと俺のことなんて見限りゃいいのに」
抱きしめられる体、濃くなる末廣の匂いに鼻から脳まで一気に満たされていく。駄目だと分かってるのに拒むことができなかった。
噛み付くようなキスをされながら体を弄る手に、ただ困惑と多幸感、そして恐怖が込み上げてはグチャグチャに混ざり合っていく。
「っ、ふ……っ、ぅ……」
「益子、全然嫌がらないんだな。……いや、一応嫌がってたのか。わかんねーわ、お前の反応って全部喜んでるようにしか見えないから」
「っ、す、えひろ……っ、ん、ぅ」
「おー、勃ってきた。……な、俺とやってんの想像したことある?」
言えるわけがない。少なくとも妄想の中での末廣はもっと優しくて、遠慮がちに触れてきた。
こんな俺を強引に脱がせ、下着の中に手を突っ込んで性器を扱くなんて真似、しなかった。
「っ、は……っ、ふ……っ」
「言ってくれたら想像と同じこと、してやるよ」
ちゅう、と耳朶をたっぷり舐られ、腰が震える。
そんな恥ずかしいこと言えるわけないと思うのに、性器を扱かれ快感物質により脳細胞を破壊され尽くしていた俺は何も考えることができなかった。「した、何回も、した」と譫言のように繰り返せば、末廣は見たことのない顔で笑った。
「そうか。どんな妄想してた?」
「っ、ぁ、う、末廣、ゆ、ゆるして」
「言えよ、誰にも言わねえから」
「っ、つ、付き合ってる、もうそ……っ、ん、ぅ……っ、ぁ、あ、っ、末廣……っさ、先っぽ、ぉ゛……っ!」
「なんだよそれ、可愛すぎ」
「ぃ、う゛……っ!」
止めどなく溢れてくる先走りを絡め、亀頭を柔らかくマッサージしながら尿道口を潰される度に全身に電流が走る。
「じゃあ、キスとかもしてんだ」
「んっ、ぅ、う、ぁ……っ」
「益子」
「っし、てる……っ、な、何度も」
「……っ、は、……そ。何度も俺とキスしたんだ」
じゃあ応えてやらないとな、なんて他人事みたいに呟き、再び唇を重ねられる。ぬるりと触れる舌先に驚き身を引こうとするが、末廣の舌先は執拗に俺の唇をこじ開けてきた。
「……っ、ん、む……っ、ぅ……っ! ふ、っ」
強引に割り入ってくる舌先にパニックになりながらも拒むことはできなかった。後ろ首を抑えられたまま舌先同士を擦り合わされ、そのまま根本から先っぽまで蛇のように絡め取られてしまう。
緊張でガチガチになる俺を笑い、さっきみたいに末廣は「体の力、抜けよ」と笑うのだ。今度はいつもと変わらない笑顔で。
「すえひろ……」
お前、なんでそんなに落ち着いてられるんだ。
末廣がモテることも知ってたし、恋愛経験がないわけではないということも知ってた。けれど、慣れてる。
そのことに気付いた瞬間勝手に失恋した気分になるのだ。そのくせ、快感は広がるばかりで未だ頭は状況を飲み込めていない。
「ど、して……」
「ん?」
「こ、こんなこと、あいつにバレたら……っ」
「バレたら?」
「……っ、…………」
末廣のことも好きだが、弟のことも俺は好きだ。……好きだった。俺とは正反対で快活で、兄バカと言われようが可愛くて、末廣が好きになるのも仕方ないと思う。
だから、弟の好きな相手でもある末廣とこんな関係になるのは間違ってるのではないか。グチャグチャになった頭に広がる罪悪感に耐えきれず息を飲めば、末廣は「大丈夫だ」と笑いながら俺の唇にキスをした。
「お前が黙ってたら問題ないだろ」
がつんと、頭を殴られたような感覚。聞き間違いであればまだ良かった。が、末廣は撤回することはなかった。
それどころか、
「言いたきゃ言えばいい。そしたら俺はアイツに嫌われて、腹いせにお前に酷いことするだけだよ」
「ひ、ひどい、ことって」
「気になる?」
ごつごつとした長い指が竿をゆるゆると扱く。響く水音は次第に大きくなり、痙攣を抑えることもできないまま俺は末廣の腕にしがみついた。
「もっと酷いこと。お前がやめてって泣いても今度はやめてやらねえから」
「っ、ぁ、や、ぅ……っ!」
「それとも、お前はそっちの方がいいのか?」
「っ、ひ、ぅ゛……っ!」
悪い夢でも見てるようだった。
快感を逃すこともできず、容赦なく速まるペースにあっという間に追い込まれる。ガクガクと震える下半身、ぴんと伸びた足の先から抜けていく快感にびくんと大きく全身が痙攣する。
下着に広がる熱。濡れるような不快感とは相反して頭の中が晴れ渡っていくのだ。必死に呼吸を整える俺をじっと見つめたまま、末廣は俺の額にキスをした。
「これは、お前が俺に隠し事してた分」
引き抜かれる末廣の手。
そのままゆっくり目の前で広げられるその指先に纏わりつく己の体液を見せつけられ、呼吸が止まった。
「これでおあいこだ、益子」
違う手で肩を撫でられたと思えば、そのまま立ち上がった末廣は「手ぇ洗ってくるわ」とそのまま部屋を出ていった。
逃げ出すタイミングはあったはずだ。それでも放心したまま、俺はその場から動けなかった。
その後、戻ってきた末廣は何事もなかったようにテスト勉強の準備を取り掛かる。俺は火照りが取れないまま、イカ臭い部屋の中で末廣に勉強を教えることとなった。
本当に何事もなかった。
何事もなく、順調に、まるで決められたレールを進むように末廣と弟は付き合いだしたのだ。
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