11 / 28

第4話┇ピュアなデートがしたいのに!

『デートに行きませんか』  高松からデートの誘い。平日の昼間にそんなLINEが来るものだから、ニヤケ顔を隠すのに精一杯だった。  なんせ、初めてのデートなのだ。段階をすっ飛ばしているから何度かセックスはしているが、俺はれっきとした高松の恋人で、身体だけの関係ではない。だから恋人らしい事が出来るのはとても嬉しかった。 『尾上さんは行きたいとこあります?』  しかし、普通の恋人たちはどんなデートをするのだろうか。彼氏がいたのも十年は前で、その時の記憶もほとんどない。俺がインドア趣味なのもあって、あまり外でデートすることも多くなかった気がする。  デートと言うからには、デートらしいことをしたいと思ってしまう。飯食って買い物して家帰ったらセックスしてなんて、初めてのデートでそれじゃあ夢がないだろう。 『俺は映画かな』  映画鑑賞は趣味のひとつだ。昔から映画は好きで、若い頃は足繁く映画館に通ったものだが、最近はサブスク系のサービスばかりである。便利になった反面、一回一回の映画体験が希薄になってしまった。  高松も映画に興味があるというのなら、久しぶりに映画館に足を運びたい。デートの定番コースだし、不自然でもないだろう。 『最近映画館行ってないですね〜。行きたい❗』  高松からの返信も好感触だ。 『なんか見たいのある?』 『ミステリーのやつ。テレビで特集してていいなーって』  最近公開のミステリー映画で、テレビで特集を組まれるほどの作品と言えば一つしかない。 『目を開けてみる夢?』 『そうです❗』  人気作家の小説を原作とした『目を開けてみる夢』。最近公開の映画の中でも、トップクラスに期待度が高い。俺もその作家が好きで、文庫本を購入して読んでみたが傑作だと思った。ミステリーであり群像劇の側面もあり、どのように映像化されるのか楽しみなところではあるし、初見であろう高松の反応も気になる。 『時間どうしますか。十二時半と十四時半とありますけど』  送られてきたのは上映予定時間のスクリーンショット画像。 『十二時半かな。昼一緒に食べる?』 『映画の後に行きたいところあるんですよ。だから、ちょっとだけお腹空けといてください』  ちょっとだけと言うなら、ガッツリ飯を食うわけでもなさそうだ。映画の後の感想会を喫茶店で……なんて定番すぎるだろうか。まあ、オシャレなカフェに入ることはないだろうから気負いすることもない。  その後はどうすんだろう。高松も行きたい所があるんだろうか、それともすぐ高松の家に行ってしまうんだろうか。……そのままセックスするんだろうか。 『じゃあ、土曜の十二時に迎えに行きますね』  了解のスタンプを送ってLINEを閉じた。  これで今週は頑張れる。高松と映画を見に行くなんて夢のようだ。どうしようもなく浮かれてしまっている。何を着ていこうか、何を喋ろうかだなんて、可愛らしい女の子じゃあるまいし。    結局は襟付きのシャツにニット、ゆったりしたズボンといつもの格好になってしまった。  ダウンジャケットを着て約束の十分前に部屋を出た。アパート前の駐車場で待機する。待たせるのも悪いと思い、早めに外に出たが、冬の寒さもピークを迎えており、寒さで震えて吐く息も白く、早めに家を出たことを少しだけ後悔した。実際に待っていたのは五分ほどで、高松の車は約束の五分前に現れた。 「おはよう」  何でもないフリをして高松に声をかけ、助手席に乗り込んだ。車内は暖房が効いて暖かい。 「尾上さんおはよう。今日も寒いですね」  何度か車に乗せてもらったことはあるが、運転席の彼は五割増しでかっこよく見えて、全然慣れない。いつも着ているグレーのダッフルコート。クルーネックの白いシャツにジーパン。彼の格好をまじまじと見てしまい、見惚れているのだと気づいて恥ずかしくなった。すぐに視線を逸らして、バレないようにシートベルトを締める。 「じゃあ、行きますね」  高松は映画館のあるショッピングモールに向かって車を発進させた。ここからは十分程度で、大して遠くもない距離にある。 「今日の映画楽しみにしてきたんですよ。原作が小説なんですよね?」 「そうだよ。有名なミステリー作家の小説で、俺も読んだ。面白かったよ」 「へえー! 折り紙つきですね」  嬉しそうに言うものだから、もっと話してしまいたくなる。あまり内容に触れないよう話すのも難しい。 「高松は普段、映画観るのか?」 「たまにかな。テレビでやってたら見るだけで、映画館なんて何年ぶりだろ……」  心なしか高松の声が弾んでいる。楽しみにしているのを見ると、提案して良かったなと思った。ベタな選択かもしれないが、自分が好きなものを一緒に楽しめるのは嬉しいものだ。 「俺も映画館で見るのは久しぶりなんだ。いつもは家で見てるから」  最近は色んな映画が家で見れる。正直なところを言うと、映画館まで足を運ぶのが億劫になっていた。だからいい機会だ。 「どんな映画が好きなんですか?」 「アクションかな。SFとかミステリーも好き。でも、恋愛とホラー以外なら大体見るよ」  感動系もあまり好きではない。今思えば、デートの王道を完全に外している。 「俺もミステリーは好きですね。ミーハーだから有名なのとか、話題になってるのばっか見てるんですけどね」 「それで良いと思う。自分に合うかどうかは分からないけど、やっぱり面白いのは多いよ。とりあえずクソ映画に当たることは少なくなる」 「あはは……色んなの見てるから言えることですね」  おしゃべりもほどほどにすぐに目的地に着いてしまう。ショッピングモールの広い駐車場に車を停めて、中に入った。  色々と新しい発見があって、やっぱり来て良かったなとコーヒーを啜りながら思う。映画が面白かったのはもちろんだが、高松は映画館でポップコーンを食べる奴だと知れたし、真剣にスクリーンを眺める横顔は格好よくて、少しドキマギしてしまった。 「良かったですね。本当に面白かった!」  高松は少し興奮気味に話す。原作を知っていても面白いと思ったのだから、高松は余計にそう思うのだろう。  それにしても途中で手を重ねてくるものだから、前半はあまり集中して見れなかった。それ以上のことをしているはずなのに、ドキドキしてしまうのは何故だろう。映画が始まって十五分くらいだったから、『そういうこと』をするにしても早くないかと驚いてしまった。 「小説って紙の本ですか? 読みたいです」 「紙で買ったよ。今度持ってくる」 「ほんと? ありがとう尾上さん」  高松が指定した喫茶店で、映画の感想会も兼ねて少し遅めの昼食をとる。YouTubeのショート動画で分厚いホットケーキを見て、喫茶店に行きたくなったらしい。  ここは昔からある店で、入ったことはないが存在は知っていた。店内も随分と古めかしく、色あせたメニュー表は年季が入っている。最近はレトロブームなんてものがあるらしく、若い女性客がクリームソーダを飲む姿もうかがえた。  高松は予定の通りホットケーキを、言いつけ通り昼食を抜いてきた俺はナポリタンを頼んだ。 「いや、ほんとにトリックが凄すぎて目から鱗でした……」  常人には思いつかないであろう奇抜なトリック。主演俳優の鬼気迫る演技も良かった。原作の肝を見事に再現した素晴らしい映像作品だった。これは世間の評価も高いと思う。たぶん俺の贔屓目じゃない。 「見に行って良かったよ」 「本当にそうですね」  映画の感想を言い合っていると、カウンターから出てきた店員が目に入る。おそらく高松が頼んだホットケーキを持ってこちらに向かってくるのだが、その見た目が圧巻で思わず二度見してしまった。俺の頼んだナポリタンも美味そうなのに、霞んで見える。  テーブルに置かれた物を見て、高松は目を丸くした。 「これは……思ってたのより、更に分厚いですね」 「まるで絵本に出てくるホットケーキだな」  三段に重ねられ、バターとたっぷりのメープルシロップ。想像上のホットケーキがそのまま具現化されたような見た目をしている。  ナイフを入れると、切れ目からバターが溶けだしてシロップが滴った。 「はい、あーん」 「え? あ、あーん……」  差し出されたフォークに、一口サイズのホットケーキ。フワフワの生地に染み込んだ、バターとシロップの風味が口の中に広がる。 「美味しい」 「俺も食べよ〜」  高松は俺に渡した分よりも大きくホットケーキを切り分けて、今度は自分の口に運んだ。美味しいと一言呟いて目を輝かせる。久しぶりにホットケーキなんて食べたけど、確かにこういうのも悪くないなと思った。 「高松。流された俺も悪いけど、外なんだからあんまり……その」  うながされるまま食いついてしまったが、人前でこんなことをするなんて、どうにも浮かれている。 「いいじゃないですか。誰も見てませんよ」  店内を見ても他の客はまばらだし、確かに高松の言う通りなのかもしれない。ただ、落ち着かないのだ。 「映画ん時もそうだぞ。暗いからって……」 「そういうの定番じゃないですか。尾上さんだって嫌じゃなかったでしょ?」  嫌じゃなかったけど、俺ばっかりドキドキさせられて、意識させられているみたいでなんかムカつくんだよ!   「まあ、今日ウチ泊まりますよね? 後でゆっくり出来るし」 「そうだな。後でゆっくり……」  ゆっくりの後に続く言葉はなんだろうか。  いや、俺も高松の家に行くつもりだったけど、変に意識してしまった。……何度か行っているじゃないか。その度に緊張してソワソワしていつまで経っても慣れない。高松がこの後どういう予定をたてているかは分からないが……今日はセックスするんだろうか。  顔に熱が集まるのを感じる。高松の家でそういう事ばかりしているからか、反射的に余計なことを考えてしまう(こういうのをパブロフの犬というらしい)。  言葉に詰まってしまったが、怪しまれただろうか。きっと高松に他意はないし、特別なことでもないのに、自分の頭の中は浅ましい欲に塗れていて恥ずかしい。 「どうしました?」 「いや、何でもない」  少しぶっきらぼうになってしまったが、なんでもないように取り繕えただろうか。いやらしいことを考えていたなんてバレれば、後々どんな責められ方をするか分からない。 「この後行きたいとこあります?」 「うーん。俺は特にないんだけど、お前は?」 「春物を買いに行きたいんですよね。ついでに色々と買っとこうかなって」  俺もこれを機に服を買い換えるか。見た目に気を使わず何年も着ているからヨレているものばかりだ。ついでにパンツや靴下も多めに買っておくか。 「お前ん家に泊まることも多くなるだろうし……」  俺は今、当たり前のように、そういったものを高松の家に常備しておくつもりで考えていた。なんかそういうのっていやらしい気がして言葉に詰まってしまう。俺の考えすぎなのか。  今日の俺はどうしたんだ。純粋にデートを楽しもうと思っていたのに、清くあろうと思えば思うほど、邪な考えが浮かんでしまう。まともな恋愛なんて十年単位でしてこなかったツケが回ってきている。俺は汚れた大人になってしまったのだろうか。 「尾上さん?」 「あ、ああ。この後買い物行くか!」  ああ、バレる前になんとかしないと。  平静を装い、いまだに手もつけていないナポリタンと向き合う。フォークで麺をクルクルと巻き取り、口に運んだ。たっぷりのケチャップソースはどこか懐かしい味がした。    助手席に乗り込んで、シートベルトを締める。ホットケーキの残りとナポリタンを平らげ、腹がいっぱいだ。少し緊張して、朝食があまり喉を通らなかったのが幸いしたかもしれない。 「美味いけど、多かったな……。お前は普通に昼飯食べてきたんだろ?」 「そうなんですよ。自分は食べれる方だと思ってたんで、完全に油断しました」  高松は運転席でパンパンに張った腹をさすっている。まったく、腹を空かして来いと言ったのは誰だったか。  エンジンをかけて暖房を付けた。車内は冷え込んでおり、寒暖差でフロントガラスが曇って前がよく見えない。これではしばらく動けそうになかった。 「ね、喫茶店で何考えてたの?」 「へっ? 何のことだ?」  思わず声が上ずってしまう。上手く誤魔化せたと思っていたのは自分だけだったらしい。 「途中なんか変でしたよ。ダメじゃないですか〜。デート中に違うこと考えちゃ」  流石に何を考えていたかは気づかれていないようで、ホッと胸を撫で下ろした。そりゃそうか。心の中まで読めるわけがない。 「冗談だから、そんなに気にしないで」 「ご、ごめん」 「でも珍しいですね。まさか、エッチなこと考えたんじゃないですよねー? まあ、流石にそんなわけないか。あはは!」  思わず息を呑んだ。高松が冗談を言っているのは明らかだ。それは分かっているのだが、否定にもならない、弱々しい声が口から漏れるだけだった。 「いや……そんなこと、ない」  高松の横顔を横目で見て、恐る恐る様子をうかがった。わなわなと唇が震えてしまう。そんな俺を見て高松は逡巡し、少し呆れたように言うのだった。 「ほんと、尾上さんって嘘つけないですね。冗談って言ったのに……」  嘘もつけない、冗談すら上手くかわせない、バカ正直な自分が憎い。今は引かないでくれと、ただただ願うばかりだ。 「どうしちゃったの? やらしいね」  高松の声色が変わった。腰に響く、低くて優しい声。俺はこの声に弱いのだ。スイッチが入ったように身体が熱を持ってしまう。 「ち、違う……!」 「隠さなくてもいいのに。恥ずかしいことじゃないですよ」 「いや、だって……せっかく初めてのデートなのに。俺はそんなつもりじゃなくて、その……」  本当はいつだって高松に触れたい。キスもセックスも好きだけど、恋人と性欲以外の繋がりも欲しいと思うのはおかしなことだろうか。これから何回デートをしても、『初めて』のデートは今日だけだ。そんな日くらい純粋に楽しみたかったのに。それでも、触れたいと思ってしまった。どうしても隠しきれないくらいに、強く。 「俺は今すぐキスしたいよ」 「こ、ここじゃダメだ。誰に見られるか分かんないだろ」  目線を逸らし口ではそう言いながら、肩を抱かれるとどうしても期待してしまう。 「じゃあ、二人きりになれる所ならいいんだ?」  分かりやすく誘われていた。耳元で感じる吐息に身を震わせ、高松の目を真っ直ぐに見つめて弱々しく頷いた。キスしてほしいとこの場でねだりそうになる。 「へえ……素直ですね」 「ま、また今度ちゃんとしたデートしよう。だから、今日はもう……」  浅ましい俺を許してくれ。縋るようなねだるような、そんな声色が自分の口から漏れているのだと信じたくない。 「帰ろっか。そんな可愛い顔されたら、俺も我慢出来ないや」  気づけば、フロントガラスの曇りはすっかり晴れている。高松はアクセルを踏み込んで、車を走らせていた。自分がどんな顔をしているのかは分からないが、きっと物欲しげな顔をしているんだろう。  お願いだから、今日だけは許してくれ。手を繋いで唇を重ねて、高松の腕に抱かれて眠りたい。人気の恋愛映画じゃなくていい。ありがちなロマンポルノでいいから。

ともだちにシェアしよう!