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第24話 想っているから*
寝室に戻ると、シリルは寝台に潜り込んだ。
アロイスと自分は、所詮王と楽士でしかない。だから、彼には他に相手ができてしまう。
王であるアロイスは、誰か他の女性と子を作らなければならない。子ができれば、その人がアロイスの伴侶になるのだろうか。
自分は、アロイスの運命の相手ではない。わかっていたはずなのに。一緒に暮らしていられるだけで、幸せだと満足していたはずなのに。
胸の内で吹雪が吹き荒れているようだった。心が痛いくらいに、冷たい風に晒されている。
堪え切れず、眦から涙が零れた。
「シリル!」
慌ただしくドアの開く音と共に、彼の声が聞こえた。
「シリル……先ほど話を聞いていたのはお前か?」
寝台のシリルに、そっと声をかけてくる。シリルは慌てて涙を拭った。
「なんだよ、だったらなんか文句あるのかよ」
毛布の中から顔を出し、アロイスを睨みつけた。見上げた彼の表情は、なぜだか狼狽しているように見えた。
「シリル……」
「半年休みたいって言ってるのが、聞こえたぞ。なんでだよ」
思い上がり甚だしい恋心を知られるのが恐ろしくて、シリルは怒っている表情を形作った。
「それは、私はお前のことが……いや」
もごもごと口の中で何やら呟いたかと思うと、彼はこう言った。
「務めをサボりたいからだ」
「サボりたい⁉」
彼の口から出てきたとは思えぬ言葉に、思わずオウム返ししてしまった。
「そうだ。私はこれまで、一切手を抜かず王としての勤めを果たしてきた。何も王としての仕事をすべて休むわけではなく、ほんの一部を一時期だけ止めたいというだけだ。シリル、お前は賛成してくれるだろう?」
蒼い瞳が、悪戯っぽく毛布の中のシリルに対して瞬いた。
「王とは、塔を永らえさせるためならば何でもする存在であるべきだ」なんて言っていたのに。彼は随分と変化したようだ。
いつも執務をがんばっている彼も好きだが、こういう彼も嫌いではないと感じた。
「ふーん、アロイスもそういうこと言うんだ」
「エリクや臣下たちには『シリルのことを想っているから、他の者を抱くのが辛い』と説明してあるから、口裏を合わせるように」
寝台の端に腰かけながら、彼は説明した。
「オレのことを想っているから⁉」
ただの言い訳だというのに、彼の口から出た言葉にドギマギとした。頬が熱い。本当にそうだったらいいのに、と思ってしまう。言い訳が真実ならば、どんなにか嬉しいだろう。
「そっか。じゃ、オレはあと半年はアロイスのこと独り占めできるんだな」
先ほどまで心の中で吹き荒れていた吹雪はどこへやら、口元がにんまりとしてしまう。「想っているから」なんて聞いたら、たとえ嘘でも機嫌がよくなってしまう。
それに楽士との務めはサボりたいなんて、彼は言い出したことはない。つまり自分との交わりは、少なくとも不快には思っていないということだ。
シリルは勇気が湧いてくるのを感じた。
「なあ、アロイス……」
シリルは上体を起こし、アロイスの手の上にそっと自分の手を添えた。
「シないか?」
アロイスは、軽く目を見開いた。
「お前の方から誘ってくるとは、珍しいな」
「ダメか?」
ぎゅっと彼の手を握る。彼の方が背が高いから、自然と上目遣いになった。
「ダメなものか」
彼は微笑むと、シリルの身体の上の毛布を取り払った。
彼はそっとシリルを寝台に押し倒すと、衣服を脱がしていく。生まれたままの姿にされると、恥じらいから頬が熱くなる。
「ふっ」
何が微笑ましかったのか、アロイスは小さく笑いを零すとシリルの頬に口づけを落とした。
「な⁉」
こんな風に優しくキスされるのは初めてで、狼狽えてしまった。
「キスは嫌か?」
「嫌じゃない、けど……」
嫌じゃないけれど、こんなことをされたら戸惑ってしまう。まるで想いが通じ合っているようで。
アロイスは、いつもの香油が入っている瓶の蓋を開ける。途端に薔薇の香りが広がった。
香油を馴染ませた指が伸ばされたので、シリルは自ら膝の裏を持ち上げて脚を開いた。自分から受け入れる体勢になるのは恥ずかしいが、早く後ろに欲しい。
アロイスの細長い指が、後ろの入口を押し割った。
「あっ」
ひそやかに喘ぐ。
最近では、後ろを指で弄られるだけで感じるようになっていた。内側を拡げていく指の動きに、じんじんとお腹の中が疼いていく。
水音を響かせ、彼の指はシリルを昂らせていく。
「あぁ……んっ」
いいところを指が擦り上げる度、悩ましく喘いだ。それが演技でないことは、主張しているシリルの中心を見れば彼にも一目瞭然だろう。
ぬるりと銀の糸を引いて指が引き抜かれると、シリルの入口はヒクリと収縮した。
「シリル」
衣擦れの音が聞こえたかと思うと、入口に怒張したモノがあてがわれた。
ほんのわずかに、シリルの身体が強張る。未だに挿入の瞬間は緊張してしまう。
「大丈夫だ、痛くはしない」
強張ったのを見抜いたかのように、彼が囁く。
途端に肩から力が抜けるのを感じた。シリルは彼の声に、安堵を覚えるようになっていた。
彼のそれが、丁寧に入口を押し割って挿入ってきた。
「……っ!」
圧迫感に歯を食いしばる。生理的な涙が、眦からこめかみを伝い落ちた。
アロイスは性急に腰を進めたりせず、一旦動きを止める。
目を開けると、蒼い瞳と目が合った。彼はじっとシリルのことを見つめている。探るような視線だ、と感じた。彼は自分の何を知りたいと思って、そんなに見つめているのだろう。
「動いても?」
呼吸が落ち着いてきたのを見計らったのだろう、ちょうどいい頃合いに彼は口を開いた。シリルはこくりと頷いた。
「あ……っ」
ゆっくりと内側を剛直が進み、わずかに腰が引かれる。
疼いていた腹の内側を焦らすような、かすかな律動が繰り返され始めた。
「ん……っ、アロイス」
シリルは目を潤ませて、彼を見つめた。
身体を気遣うかのような丁寧な動きは嬉しいが、もどかしい。もっと、とねだりたくなってしまう。
気づけば、律動に合わせて腰が揺れてしまっていた。
「シリル……!」
二人の腰つきが合わさり、律動が激しくなっていく。奥まで貫かれる度、快感が身体を駆け抜けた。シリルは思わず、彼の背中に手を回した。
「あぁっ、あっ、アロイス、アロイス……ッ!」
高く甘い声が、喉から迸る。肉を打つ乾いた音と寝台の軋む音が、混ざり合って耳に届く。濃い薔薇の香りの中に、お互いの体液の匂いを感じた。
「シリル、シリル……!」
彼が何度も名前を呼んでくれる。
名前を呼ばれるごとに、胸の中で幸せな気持ちが膨らんでいくのがわかる。もっと、名前を呼んでほしい。もっとこのふわふわとした暖かな気持ちに包まれたい。シリル、シリル。名前を呼ばれるごとに幸福感が増していって、そして……。
「シリル、好きだ……!」
聞こえた言葉に、満たされた。頭の中が真っ白になるくらいに。
「…………っ!」
彼の背中に爪を立てるのと同時、内側にどろりとした感触を感じた。彼も同時に達してくれたのだと、快楽の頂点の中で嬉しくなる。
前を弄られていないのに達してしまうのは初めてで、蕩けた顔でただ胸を上下させる。こんなに気持ちいいことがあるなんて、知らなかった。
最初はただ痛かっただけの交わりが、絶頂を覚えるまでになった。それだけ彼を好きになり、心を許してしまったのだ。
陶然としていると、彼自身が引き抜かれていく。
少しの間があり、いつものように彼の手によって身体を拭かれ始める。
身体がさっぱりとしていくと、頭が少しずつ冷静になっていく。少し頭の冴えたシリルは、驚くべき事実に気がついた。
アロイスが自分のことを「好きだ」と言ったのだ。本当に、現実に起きた出来事なのだろうか。何かの聞き間違いだったかもしれない。
シリルはにわかに確かめたい気持ちに囚われた。
「アロイス……今、オレのこと好きって……」
身体を拭かれながら、彼を見上げた。
彼は口を開く。
「……すまない、聞かなかったことにしてくれ」
「え?」
返ってきた言葉に、心臓が凍りついた。
たしかに彼は好きだと言っていた。だが、それをなかったことに彼はしたがっている。
閨の内側でのみ有効な睦言だったということだ。自分はそれを本気にして、確かめようとしてしまった。だから、夢が覚めてしまった。
夢を夢のまま、幸せな気持ちを萎ませないためには、思い上がらないことが大切だった。シリルはそのことを思い知った。
「わかった」
鋭い氷の刃に心を貫かれたかのように、胸の内が冷たくて痛い。
身体を拭かれている間、シリルはずっと俯いていた。
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