1 / 1

第1話「店長のウワサ」

 渋谷のとある繁華街。居酒屋やラーメン屋と言った飲食店が立ち並ぶ通りから一歩外れた路地裏、ラブホテルに紛れてひっそりと店を構えるアダルトグッズ専門ショップがある。 通販などインターネットでの営業はほぼしていないその店は、小さいものの都内にあるアダルトショップの中では群を抜いて品ぞろえが豊富だとマニアの間では有名な隠れた名店だ。 店の名前は、ラブハピ☆トイズ。キャッチフレーズは「ラブでハッピーな快感を貴方にお届け♡」で、スタンダードなアダルトグッズからマニアックなグッズまでなんでもござれ。個人のみならず、風俗店などからも信頼の厚いその店こそ、俺の働く職場である。 大学を適当に卒業、なんとなくふらついているうちにフリーターのままあっという間に二十六歳になっていた俺、古川魁人(ふるかわかいと)。色々な仕事を転々として、流れ着いたのがアダルトグッズ専門店って、親が聞いたらきっと泣くだろう。 ラブハピ☆トイズにバイトとして入ったのは二ヶ月くらい前。前職のコンビニバイトに飽きて、何か他に面白いバイトがないかと探していた時に知り合い経由で紹介されたのがきっかけだった。 面接をしてくれたのはその店のオーナーで、豪快に笑う少し小太りな中年の男だった。その時はてっきりそのオーナーが店長を兼任しているのだと思っていたが、研修初日にそれが間違いだったと知る。店長は別にいた。 普段店に顔を出さないオーナーの代わりに店を管理している店長の名は深田さん。最初こそ俺と同じアルバイトなのかと勘違いしていたが、後々の自己紹介で実は店長だと知った時はヒヤっとした。 深田さんは見た目からあまり店長という感じがしないから困る。ひょろりとした体形、普段からあまり日に当たってないんだろう白い肌に黒縁の眼鏡。服もいかにも適当に選んで着ているような無地のシャツにジップパーカーと、まるで大学生みたいな恰好だ。しかも、その大学生感を際立たせる幼い端正な顔立ちが、更に役職とのギャップを感じさせる。それで俺より年上なんだというから驚きだ。 深田さんは口数が少ない大人しい人で、ぶっちゃけた話をすれば仕事の教え方もあんまり上手くない。決してオドオドしている訳ではないけれど、店長らしい威厳や空気感がなく「どうしてこの人が店長に選ばれたんだろう」と不思議になる。二ヶ月経っても、その疑問は拭えないままだ。 「深田さんって、なんで店長に選ばれたんですかね」  店の狭いカウンターから見える位置に貼られたアダルトグッズの販促ポスターを見ながら、ぼんやりと呟いた。すると、少し離れた所でパソコンをいじっていた職場の先輩である三ツ谷さんが「なに、突然」と振り返る。 「深田さんって店長っぽくなくないですか?」 「わー、それ、深田さんに言い付けちゃおうかな。がはは」 整えられたミルクティー色のセミロングを揺らし、茶色のナチュラルなカラーコンタクトをつけた目を細めて三ツ谷さんが笑った。白いタイトなニットワンピースをモデルのように着こなす三ツ谷さんは、ぱっと見は年齢不詳な絶世の美女だが、実際は俺より年上の男である。いわゆる女装男子というやつらしい。今どきではあまり珍しくないが、ピンクの仄暗い照明がいかにもといった感じで点灯するアダルトグッズのショップにいるにはやや華やか過ぎる気もする。 「勘弁してくださいよ。この前も深田さんに怒られたばっかなんで」 「ああ、そういえばそうだったねえ。なんだっけ、新商品のディルドの配置がイマイチとか、そんなんだよね?」  そうそう。棚になんとなく適当にアダルトグッズを並べて置いたら、「新商品なんだからもっと目立った場所に置け」だの「色の配置をちゃんと考えろ」だのなんだの怒られたのだ。 深田さんは細かい注文が多い。ポスターやグッズの配置、カウンター内の掃除のやり方など、ちょっとした些細な事が気に入らないといちいち指摘してくる。しかも俺ばっかり。 そりゃ俺はまだ新人だから色々言われるのは承知だけれど、いくらなんでも俺に突っかかってき過ぎだと思う。そういう所も、店長らしくない。 「まあ確かにねえ、古川君の言う通り深田さんって店長っぽくないなーって思う事はあるよ。存在感ちょっと薄めだし」  それはアンタの存在感が強すぎるんじゃないか……と思ったが、今はスルー。俺は曖昧に「確かに薄いっすね」と相槌を打った。すると、三ツ谷さんが俺の顔を見て「むしろ、何で深田さんが店長なんだと思う?」と聞いてきた。 「え……なんだろ、親のコネ……? いや、こんないかがわしい店に親のコネあっても微妙過ぎるか……」 「あーでも、惜しいね」 「惜しいってなんすか」  俺が聞き返すと、三ツ谷さんが笑みを深めた。人の悪い笑みだ。……かなり悪女の顔をしている。三ツ谷さんは辺りを見回してから、こそこそと俺の方へと近寄ってくると、先ほどよりも小さな声で話し始めた。 「これは噂なんだけど~……実は深田さん、枕営業してるかもって」 「枕……? え、誰と?」 「おもちゃメーカーの人たちとか、お客さんとか」 「はあ? ンな馬鹿なことありますかねえ?」  俺が心底信じられないという顔をしても、三ツ谷さんはニヤニヤと笑ったまま。 「だって、おかしくない? このご時世にネットもほとんど使わずに繁盛してるし、アダルトグッズのラインナップだって豪華すぎるほどなんだよ? 何か、良からぬ営業しててもおかしくないでしょー。あ、しかもね、某エロサイトの掲示板でも『ラブハピの店長に裏ルートで抜いて貰った』って書き込まれてたの見た事あってえ……」 「はあ……」 「あ、信じてないね。古川君」  そりゃ、信じられないだろう。店長は色白で若い顔をしているが、いたって普通のどこにでもいる男だ。三ツ谷さんみたいな美女とかならまだしも。にわかには信じがたいし、その三ツ谷さんの言う掲示板だって怪しすぎる。ネットなんて、いくらでも妄想を書き込めるんだから。 「ま、信じるか信じないかは古川君次第だぜ」 「結局そこは投げやりですか」  何なんだこの人。俺は呆れた気持ちで肩を竦める。言いたいことを言い終えた三ツ谷さんは、またパソコンの方で何かの作業を始めてしまった。ああ、また暇な時間が出来てしまったなーと思っていると、ガラス製の少し立て付けの悪いドアが開きチャイムが鳴る。 「休憩、戻りました」  入り口のドアから入ってきたのは、噂の店長深田さんだ。休憩からどうやら帰ってきたらしい。俺が「お疲れ様です」と笑って会釈すると、深田さんはにこりともせずに「ああ、お疲れ」とだけ言ってさっさと店の奥にあるロッカールームへと消えていった。愛想が悪すぎるだろ。 「相変わらずだなー深田さん。あ、てか古川君、さっきの話は内緒でヨロシクな」 「当たり前すよ。わざわざ深田さんに言いませんって……」 「何の話」  へらりと笑って見せた直後。深田さんの声がして身体が硬直する。顔を向ければ、カウンターの出口に深田さんが立っていた。いつのまにロッカールームから戻ってきたのだろう。やましい話百パーセントの話題を誤魔化すために、数秒で頭を高速回転させる。 「いやあ~、俺が深田さんの誕生日知りたいって話してたんですよ。それで、サプライズプレゼントでも用意したいな~とか計画してたんですけど……あはは、聞かれちゃいました?」  なるべく人懐っこい笑みを浮かべてみた。三ツ谷さんは我関せずだし、深田さんは無の表情。あれ、全然誤魔化せてないかこれ。内心バックバク。 「……サプライズとか、苦手だからしなくていいよ」  暫くの沈黙の後、返ってきたのはそれだった。俺は「そうかよ!」と吐き捨てたくなる気持ちを抑えて「そうですかぁ」とへらりと笑った。  それからは深田さんと会話らしい会話はしなかった。深田さんは忙しなく狭い店を歩き回ってディスプレイのチェックやメーカーへの問い合わせをしていたし、俺も三ツ谷さんとデータ整理やグッズの在庫の有無などを調べていたから、あまり話す機会もなかった。  夜、退勤時間になると、三ツ谷さんは「別の仕事があるから!」と一目散に店を出て行った。残されたのは俺と深田さんだけ。気まずい気持ちになる。とっとと帰りたい。 店内の清掃をした後、三ツ谷さんがつけっぱなしで帰った仕事用のパソコンをシャットダウンしようとパソコンを操作する。すると、パソコンのメールボックスに一通のメールが来ていた。オーナーからだ。 深田さんは店内で気になる所があるからと作業中で、カウンターには俺一人。メールを開いて良いか悩んだが、業務用のパソコンだし差し支えないだろうと考えて俺はメールをクリックして開いた。 「……?」  オーナーからのメールには『昨日の録画分』とだけ書かれていて、何か動画ファイルが添付されている。録画って、監視カメラの映像か何かだろうか。  一応確認しておこうと動画をダウンロードし、開いて再生した。  短いロードの後、映像が流れ始める。 「……え」  そこに映し出されたものに、絶句する。そこに映ったのは……男の剥き出しの性器を舐める深田さんの姿だった。映像の中で、ズレた黒縁の眼鏡を直す事もなく誰かの男性器を舐め扱くそれは、紛れもなく深田さんその人である。 明るい場所で至近距離で撮影されているらしいその映像のグロテスクさに眩暈がした。早くこんなものは閉じなければと思った。三ツ谷さんの言っていた事が本当だったなんて、思いたくもなかったのだ。 今ならまだ引き返せる。そう思っているのに、気づけばその映像の艶めかしさに魅入られ、釘付けになっていた。衝撃と、妙なざわめきが胸を支配していく。 いつも不愛想な深田さんが、不鮮明な映像の中で生々しい行為に没頭している。綺麗な顔が、いかがわしい俗物に犯されている。倒錯した光景。時折、深田さんの頭を愛おしそうに撫でる誰かの手にゾッとした。これは一体何なのだろう。俺は何を見ているんだろう。 「……古川君」 日常と異常の辻褄が合わず、頭が真っ白になり始めた頃だった。声がして我に返り、振り返ってみれば……そこには深田さんがさっきのように立っていた。 少し、深田さんの顔が青ざめている。ああ、やっとなんとなく表情が読めたなと思っていると、ずかずかと焦った足取りで俺の元まで深田さんがやってきて勢いよくノートパソコンを閉じた。 「……見たの?」  重苦しい沈黙の後に、深田さんが今にも死にそうな声で言う。俺は何と答えたらいいか分からず、でも正直に「……はい」とだけ返した。深田さんの顔は見れなかった。  さっきも気まずかったけど、それより遥かに気まずい空気が押し寄せてくる。流石に頭の回転が速い俺でも、この状況ばかりはどうにもならない。俺は、見てしまったのだ。この目で確かに。 「……辞めたくなったら辞めて良いよ」  深田さんが言った。俺は顔を上げて、深田さんを見る。深田さんは真っ黒で切れ長な目を俺に向けていた。少し、潤んでいる気がする。 「や、別に……辞めたいとは思ってないすけど」 「……本当に?」 「ええ、まあ。いや、確かに驚きはしましたけどね? だけど何ていうか~……うん、アリかもなって!」  何を言ってるのか、自分でもさっぱりわからなかった。アリかもな! って、何がだよ? 自問自答。でも、今にも深田さんが泣きそうで死にそうな顔をするものだから、慌てて言ってしまったのだ。 「……アリ?」 「そうです、そうです。深田さんがそういう事してても俺は全然気にしないっすよ。大体、こーいうアダルトな店ですし? 人に言えないアブノーマルな事もありますって!」  必死の励ましが、深田さんに効いているのかどうかわからない。だが俺はとにかく「深田さんのしていること咎めるつもりはない」というのを伝えたかった。いや、つーかこれ職場の業務用パソコンにハメ撮り映像送ってくるクソオーナーのせいだろ。そんな奴だと思わなかったぜまったく。 「……そう」  俺の必死の励ましに、深田さんが俯く。何かを考えている顔だ。俺はその隙に「じ、じゃあ俺は今日は帰ろうかなあ~」などと言ってその場を去ろうとした。 「古川君」  しかし、逃げる間もなく呼び止められる。今度は何だろうかと、油の切れたロボットみたいにギギギと振り返った。 「そこに立って」 「えっ……はい」  何が起きるか分からなかったので、素直にカウンターの中に逆戻りする。深田さんの指さす場所に立ち、深田さんの次の行動を待った。 まさか枕営業の口封じに殺されるのかな俺。とじわじわ冷や汗をかき始めた頃、深田さんが俺の前にしゃがんだ。ゴミでも落ちてたのか? と下を向けば、何故か深田さんが俺の腰に巻かれたベルトを外し始めていた。 「なっ、あの、ふ、深田さんっ?」  深田さんは俺の戸惑いの声も聞かず、慣れた手つきでベルトを外して俺のジーンズに手を掛ける。留め具が弾かれ、ジッパーが下ろされかけた所で流石に慌てて深田さんの手を止める。 「ちょ……待って下さいって! いきなりなにしてるんですか!」 「……口封じ」 「へ?」 「口封じを、しないと」  どういうことだよと叫びたくなる。口封じのために一体何をしようってんだコイツは! 青白い深田さんの顔は焦りというよりこの世の終わりみたいな顔をしている。自暴自棄になってないか? 「あの、一旦落ち着きましょうよ! 深田さん。俺、誰にも言いませんから。深田さんの立場を悪くするような事しないから、こんな事は……」 「……でも勃ってる」 「えぇ⁉」  何を大嘘こいてやがると俺は慌てて自分の下半身を見て、驚愕する。確かにうっすら反応がある。今までどんなアダルトグッズを見てもピクリともしなかった俺の下半身が、微かな反応を見せていた。ジーザス。 「……このままじゃ帰れないだろ」  深田さんの囁き。それもそうなのだが、だからと言って深田さんに抜いてもらうのも流石に倫理的にアウトだろう。いや、あんな映像を見てしまった時点でもはや倫理もクソもないけど。 「いや、まあ俺自分でなんとかしますしぃ……ってちょっと話聞いてくださいよ⁉」  俺が何とか説得しようとしているのに、深田さんはジッパーを無理矢理降ろしてジーンズをずらす。それから露出した下着越しに形を確かめるように弱く性器に触れたかと思えば、居ても立っても居られないというかのように下着を引きおろした。 「……でかい」  そりゃどうも……ってそんな事を言っている場合ではない。しかも、初めて深田さんが俺を素直に褒めたのがこんな状況である事が複雑だ。 「ふ、深田さ……っ!」  いい加減にしてくれと叫ぼうとした時、深田さんが俺の性器をぱくりと口に咥えた。他人の性器を何の躊躇いもなく口に含むなんて神経どうなってるんだよと驚いたのも束の間で、性器を包む蕩けそうな熱とたどたどしい刺激に勝手に下半身が反応を示してしまう。  口淫なんてされるのはかなり久しぶりだ。ここ数年は彼女を作る気にもあまりになれず、性的な行為に及ぶこともあまりなかった。アダルトグッズの専門店であるこの店に来て色々なアダルトグッズを見ても自慰行為をしようという気にはならなかったし、なんていうか、性行為そのものにあまり興味がなくなっていた。  だが、半ば無理矢理でもいざ直接刺激を与えられてしまえば訳が違う。ざらざらとした生き物の舌が、性器を這い回って官能を引きずり出そうとしてくるのには耐えられない。逃げようにも、背後は棚だから逃げられないし、腰を引こうにも引けない。 「んっ、う、ふぅ……っ」  ぐちゅぬちゅと淫靡な音を立てて性器を舐めしゃぶる深田さんは、あの映像の中の深田さんそのものだ。同一人物で間違いない。  だが、映像で見ていたよりも深田さんの舌遣いは上手じゃなかった。口元の強弱のつけかたもやや下手だし、ここぞという快感がピンポイントで来ない。この人、本当に枕営業なんか出来てるんだろうか。もしかして、あれは深田さんが金に困ってゲイビデオに出た映像が流出したとかそういう事案だったりしないのか。それくらいまあまあ下手だった。 「……っ、深、田さん、もっと喉、使えない?」  熱に浮かされ、気づけばそんな事をリクエストしていた。この際、やるだけやってもらうしかないと割り切ってしまった方が良さそうだ。だけど、微弱な快楽が続くのも辛いし、深田さんも疲れてくるだろう。  すると、俺の声を聞いていたらしい深田さんが不思議そうな顔で俺を見上げる。喉ってなんだって顔だ。こいつ、今まで散々やってきたんじゃないのかよ。 「あー、その、喉の奥の方まで咥えて欲しいっていう、か?」 「……わかった」  すんなり要望を聞きいれ、深田さんが再び俺の性器を咥え込む。それからおそるおそるといったように口内の深くまで性器を誘い始めた。そのゆっくりとした動きに、腰がムズムズする。  じれってえ。このまま喉奥まで性器を強く打ち付けてしまいたい。そしたらきっと今の倍気持ちいいだろう。仕掛けてきたのは深田さんなんだし、それくらいやってもいいんじゃないか? 「……深田さん、ちゃんと鼻から息吸ってくださいね?」 「ん、う、ぐぅっ……⁉」  深田さんの頭を押さえ、腰を喉奥まで無理矢理押し込んだ。途端、喉奥が異物感への拒絶でぎゅうっと締まって性器を圧迫する。それまでとは比べ物にならない快楽に「あー……」と恍惚とした声が勝手に漏れた。 「……ちょっ、と、我慢してくださいよぉ、深田さん……」  俺はそのまま、好き勝手に深田さんの喉奥に性器を擦り付け始める。深田さんの肩が大げさに揺れるのも無視して、まるでオナホールでも扱うみたいに腰をゆるく動かした。 「う、ぇあ、んッ、ふぅう……っ」  深田さんの目に涙が浮かんでいる。嗚咽を漏らし、苦しみに耐えている深田さんの歪む顔は……結構そそられる。いけ好かない男を蹂躙する事に幸福を覚えてしまったら後戻りが出来なくなりそうだ。  深田さんの喉が異物を吐きだそうと拒絶反応を起こす度に性器がぐっと強く締め付けられ、波打つ喉奥に先端が擦れる度に痺れるような快感が走った。 「はぁ、やば、いな、もう、出そう」  腰を動かしながらそう呟く。深田さんは多分聞いてない。下半身にじわじわと熱が集中していく感覚に脳みそを溶かし、近づく絶頂に向けて腰を動かす。 深田さんはされるがまま、俺に口内を犯されている。先ほどより、息遣いは上手くなってきているようだった。なんとか呼吸を繰り返すその顔は、いやらしく蕩けている。青白かった顔は赤くなり、色気を帯びている。もしかして深田さんは無理やりされるのが好きなのかな。 「く、深田さん……口ん中、出しますからっ……飲めるよね?」 「ふっ、ぐ、う、んんっ……!」  もごもごと口元を動かす深田さんに笑いかける。もう俺の精神はどうにでもなれ状態だから、全然深田さんの喉奥にぶちまける気でいた。例え深田さんが嫌がろうとも。 「あ、ぐぅ、出る……っ!」 腰を動かし、せり上がってきた射精感に抗うことなく俺は深く深田さんの喉奥を貫いて射精した。吐きだされる情欲と、すがすがしいほどの絶頂。身体の神経が喜んでいるのがわかる。 深田さんの喉奥がうねうねと動き、俺の吐きだした精液を嚥下していくのがわかった。深田さんの肩がひくっと震え、ついに目元から涙が一筋伝う。 ゆっくりと性器を深田さんの口内から引き抜くと、性器と深田さんの口元の間で銀の糸が伝ってぷつりと切れた。 「……あー、深田さん、平気すかね?」  情事が終わり、気まずい空気が流れたのでとりあえず気遣っているフリでしゃがみこむ深田さんに話しかけた。深田さんはぼんやりと何処かを見つめたまま動かない。今更だが、俺はもしかしてとんでもないことをしてしまったのではないか。 「ふ、深田さん……?」  俺の声に、やっと深田さんが反応する。深田さんは、ハッとした顔をしてから、べとべとになった口元を服の袖口でごしごしと拭うと素早く立ち上がる。 「……まだ仕事残ってるから、今日は帰って良いよ」 「え、はあ」  この人、こんな事があったのにまだ仕事する気なのか……と思ったが、どっちかといえば一人になりたい気持ちなのだろうと察する。それもそうだ。バイトの男に無理矢理口内を犯されて、挙句の果てに精液まで飲まされて平気なはずもない。 「……じゃあ、お疲れ様です」  俺はぺこりと会釈して、カウンターから飛び出した。それからすぐに店奥にあるロッカールームでばたばたと身支度を整え、逃げるように店を後にする。 店から家に帰る途中、さっきまでの出来事の何もかも夢だったんじゃないかと思えてきた。たまたま見てしまった深田さんのハメ撮りも、深田さんとのあの行為も……むしろ全部、夢であってほしい。 しばらく悶々としながら道を歩いていると、ふいにスマートフォンが震えた。何だとスマートフォンを覗くと、メッセージアプリからの通知。見てみると、それは先ほど店で別れた深田さんからだった。  メッセージには、来週からのシフトの画像と「明日からもよろしく」という簡素なメッセージが添えられていた。どうやら、俺はクビではないらしい。いっそのことクビでよかったのに。 「まじかあ……」  明日どんな顔して出勤すればいいのやら。俺はついに頭を抱え、道端で一人大きなため息をついたのだった。

ともだちにシェアしよう!