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囚愛Ⅲ《エリックside》11

翌日の朝、執事学校に到着するなりアルが近づいてきた。 「“エリックおはよう。今日の夜、食事に付き合って欲しいんだけど”」 「“二人きりで?”」 「“そう。新しくオープンした素敵な地中海料理店なんだ。奢るからさ。もちろんもう君に迫ったりしないからさ”」 “プロポーズを断ったんだからこれぐらいのお願い聞いて”と言われて、その日仕事が終わってからアルと食事をすることにした。 珍しくアルが残業をして、レストランに着いたのは21時だった。 「“2人の帰国は明後日か。エリックはいいの?雅と離れても”」 「“雅様には恋人がいる。こうして1ヶ月共に過ごせただけで幸せだった。また会えたらいいなと思っている”」 左手の薬指の相手と幸せになって欲しい。 雅様の幸せが私の幸せなのだ。 「“…彼をまだ愛しているの?”」 「“私は死ぬまで雅様以外を愛すことはないと思う”」 「“どうして彼から離れたの?”」 雅彦様を守れなかったこと。 自分が今生きているのは主の死があるから。 そして雅様を愛することによって、その状況を幸せだと思ってしまうこと。 アルに全てを話した。 アルは私の考えを否定することなく話しを聞いてくれた。 「“そうか…エリックらしいな…。なんだかしんみしてしまったね。話題を変えようか”」 アルは気を遣って話題を仕事の話しに切り替えてくれて、気付けばそろそろ日付が変わりそうな時間になっていた。 「“…そろそろ2件目に行こうか”」 「“どこへ?”」 珍しくアルは飲んでいなかったため、アルの車に乗り込み2件目へと移動した。 しばらく車を走らせると、そこは空港だった。 「“―…空港?”」 「“雅とテリーの帰国が早まったと連絡が来ていた。先に降りて行って。きっといるから”」 アルにそう言われ、車を降りて空港の中に入りロビーを見渡すと、荷物を持った雅様とテリーがいた。 「雅様っ!」 「エリック…」 雅様は振り返り私の顔を見ると驚いた顔をしていた。 「帰国は明後日でしたよね?」 「ごめん急用で日本に帰らないといけなくて、飛行機の時間が今日の深夜になったんだ」 「そうでしたか…」 駐車場に車を停めたアルが後から来て、雅様はアルを見てため息をついた。 そして目線を私へ移動させて言った。 「エリック…俺、部屋に忘れ物をしてきたんだ…」 「それでは…国際便で送りましょうか?」 「―…ううん、たいしたものじゃないから捨てて。俺にはもう必要ないんだ。テーブルの上にある」 「かしこまりました」 搭乗手続きを済ませたテリーが近づいてきて、雅様はテリーの傍へ移動しようと体を反転させた。 あぁ、行ってしまう―… 「雅様っ…」 気付けば私は雅様を後ろから抱きしめていた。 そして耳元で問いかける。 「また会えますか?」 雅様は私の腕を優しく掴んで振り返り、右手で私の頬に触れる。 そしてその親指で私の唇をゆっくりと往復させた。 手を下ろし、私の頬に軽くキスをし、優しい顔で私を見て頷いた。 「またね」 「ええ。また会いましょう」 そして私の体をくるっと反転させて、アルの元まで背中を押す。 「《さぁエリックもアルベルトも明日仕事でしょ?もう遅いから帰って。搭乗時間までまだだからさ》」 「《そうだね。帰ろうかエリック。雅、またね》」 次はいつ会えるだろうか。 帰りの車内ではアルも私も無言だった。 深夜の街中のネオンを見つめながら、この1ヶ月を振り返った。 「“エリック、おやすみ…何かあったら連絡して”」 「“あぁ。アルも気をつけて”」 帰宅した深夜2時、アルは車から降りることなくそう言って車の窓を閉じて自宅へと帰っていった。 私は雅様の忘れ物を確認するために使用していた部屋を開けた。 不要だと言っていたが、一体何を忘れたのだろか。 テーブルの上には一輪の花と、2つに折られたメッセージカードが置いてあった。 胸がざわつく。 いや、でもまた会えると頷いていた。 そして2つに折られたメッセージカードを開き、雅様の筆跡でドイツ語で書かれたその文章を確認する。 “今までありがとう。 長い間君を苦しめてごめん。 俺の存在が君を苦しめてしまうから もう二度と逢わないよ。 どうか俺を忘れてアルベルトと幸せに。 彼なら間違いなくエリックを大切にしてくれる。 愛していたよエリック。 ありがとう。 さよなら。” メッセージカードを開くと、その手紙の中に私の名前が刻まれた指輪と、雅様が日本にいるときに身に付けていたペアネックレスが置いてあった。 『たいしたものじゃないから、捨てて。もう必要ないんだ』 脳内に響く雅様の声と、置かれていた一輪の花に目を向けると私の目から自然と涙が溢れた。 「チョコレート…コスモス…」 チョコレートコスモスの花言葉は 『恋の終わり』 「“嘘つき…また…会おうって…言っ…”」 自分から離れたくせに これでいいはずなのに 心はそう思ってくれず涙が止まらない。 愛し合っていたのも、感じ合っていたのも全て嘘だったかのようで。 すれ違った二人を暗闇が呑み込んでいく。 あぁ、雅様お願いだから―… もう一度だけ抱きしめて。  もう一度だけ名前を呼んで。 もう一度だけ私を見つめて。 「雅様…」 もう一度だけ… 私は心から愛した人のネックレスと指輪を握りしめながら止まらない涙を流し続け、その場から動くことが出来ないまま時間だけが過ぎていった。 【to be continued】

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