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囚愛Ⅲ《雅side》9

行為が終わり、俺はエリックを抱き寄せて彼を見つめて言った。 「今すぐにエリックと一緒になりたい」 お互い両思いで、愛し合っていることが分かったんだから一緒にならない理由なんてない。 それなのに、エリックは暫く黙り込んだ。 「…それは…出来ません」 何故だろう? 意外な回答に理解が追い付かない。 「どうして?」 また無言の時間だけが過ぎていく。 俺を愛してるのに、なぜ? その理由が俺から離れた理由と関係しているのかもしれないと思い、質問を変えた。 「エリック…どうして俺から離れたの?」 エリックは暫く黙った後、目を反らして言う。 「…言いたくありません」 「俺の愛が重かった?好きな人ができた?」 「…違います」 俺はありとあらゆる理由を考えるが、答えには行き着かない。 「じゃあどうして?」 ねぇ、どうして―…? だってこうして奇跡が起こらなかったら、もう二度と会えなかったかもしれないのに。 「お願いだから…教えて…」 二度と俺に会わない覚悟で離れた理由。 一体どんな理由なのか、俺には知る権利がある。 「お願い…エリック…教えて…」 自分でもしつこいぐらいに懇願して。 そんな俺の姿を見て、観念したエリックはようやく口を開いた。 「―…私が雅様を愛する度に、あなたが生きていることに感謝してしまう。雅彦様があなたを守ってくださったことにも」 父さん…? 「私は…雅彦様を守れなかった。私が死ぬべきだったのに。幸せになってはいけないのに…雅様がいてよかった、と思う度に生きている自分の存在が憎らしくなるのです」 違う…違う… 父さんが死んだのは… 忘れかけていた【父さんの死】というトラウマが、当時の鮮明な音と共に徐々に甦ってくる。 あれは俺のせいだ―… 「《エリックのせいじゃない。父さんは…俺を庇ったから》」 気がつくと俺は幼少期と同じように呼吸を乱し、英語で話していた。 「《違います。私のせいです。私がスイスに行かなかったから》」 それを見て、あの時のように優しく英語でエリックは返している。 「《違うよ。俺が…ギャングに絡まれたから…》」 父さんが撃たれて、 母さんが泣いて叫んで、 周りは血だらけで、 あれは、俺のせいだ―… 「《思い出させてしまってごめんなさい雅様。あれは私のせいです》」 過呼吸になる。 体が震える。 声が出なくなりそうだ。 だって俺がいなければ、父さんは―… 「《雅様…大丈夫…大丈夫ですから…ゆっくり呼吸をしてください》」 俺がいなければ父さんは死んでない… 「《ごめんエリック…ずっと苦しめて…俺のせい…何も知らずに…ごめん…》」 エリックが離れた理由が父さんを守れなかったことを自分のせいだと思っているのなら、それは違う。 でもずっとエリックは、苦しんでいたんだ。 「《雅様。大丈夫ですから。深呼吸をしてください。もう今日は一緒に寝ましょう》」 「《…ごめん…俺…ごめん…》」 エリックは、まるで子供のように泣きじゃくって震えが止まらない俺を優しく包み込んでくれている。 「《大丈夫です。私が傍にいますから。明日もあなたの声が聞けますように―…》」 数年ぶりにあの台詞を聞いて、気が付くと俺はエリックの胸の中で眠りについた。 僕がギャングにぶつかって、そいつが銃口を向けてきた瞬間、目の前にはパパの胸板があって。 見上げると優しい顔で僕を見るのに、でも呼吸は荒くて。 倒れたパパからは大量の鮮血。 流れる血。止まらない血。 服に染み込んでも止まらない血。 ママの叫び声。 周りの叫び声。 逃げ帰る人たち。 目を開かないパパ。 心臓が動かないパパ。 冷たくなっていくパパ。 「《僕のせいだ―…》」と言いたいのに、声が出ない。 いっそ何も考えたくない 何も話したくない… 何も…何も―… そして僕は声が出せなくなった。 「《ストレス性の失声症でしょう。いつ治るかは分かりません》」 そう医者に言われて、ママは泣いていた。 「《雅様、エリック・ブラウンです。本日より雅様のお世話をさせていただきます》」 エリック、僕は声が出せないんだ。 出したいのに、出せない。 いつもこんな僕のそばにいてくれて、声も出せない僕に優しくしてくれてありがとうって言いたいのに。 色んな国を転々としても、声も出せず、話せないから友達も出来なかった。 でもある日、エリックが言ったんだ。 「《雅様、ダンスがお上手ですよね?みんなの前で踊ってみてください》」 そうエリックに言われる通り、音に合わせてずっと見ていたパパのダンスを思い出して踊ってみせた。 すると異国の子供たちは拍手をして喜んでくれた。 簡単なダンスを教えて、周りにたくさんの友達が増えていった。 「《雅様、言葉などなくてもこうして楽しんでくれる人がいる。声が出せなくても良いのです。皆でダンスを楽しみましょう》」 その時からダンスの楽しさを知った。 もっともっとダンスを覚えて上手くなりたいと思った。 そして僕は、数ヶ月ぶりに自分の声を発した。 「《…エリック》」 「《雅様…!声が…》」 パパが死んでから数ヶ月後、日本にきて初めて声が出せた。 「《エリック・ブラウンです。雅様のお世話をさせていただきます》」 知ってるよ。知ってる。 ずっと見守ってくれた。 声も出せない僕をずっと。 その優しい顔で。 「《よろしく、エリック。綺麗なブロンドの髪だね》」 僕がそう言うと、エリックは泣きそうな表情で笑顔で言った。 「《…ありがとうございます雅様》」 それから父さんの死のことを思い出すと、度々声が出せなくなることがあった。 それは10歳まで繰り返した。 声を出せた時、その度にエリックは決まって言う。 「《明日もあなたの声が聞けますように―…》」 明日もエリックに俺の声を聞かせたい。 明日も、明後日も、ずっと。 10歳からずっとフラッシュバックしてこなかったのに。 今になってまたあの時のことが思い出さされる。 あぁ、俺はずっとエリックを苦しめてしまっていたのか。 俺がエリックに愛を伝える度に、自分のせいだと。 離れないといけないと思わせてしまうぐらい、悩ませて、困らせて、責任を感じ続けて。 ごめん、エリック。 何も気付かなくて。ごめん。 俺がいると父さんのことを思い出して苦しめてしまうのなら、離れよう。 もう解放してあげよう。 俺を忘れて、アルベルトと幸せになってほしい。 彼ならきっとエリックを泣かせない。 大切にしてくれる。愛してくれる。 こんな弱い俺がエリックを幸せにする権利ない。 だからもう、これでおしまいだよエリック。 最後に君を抱けてよかった。 今までありがとう。 ずっと愛してる。 愛してるから、もうお別れだよ―…

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