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第1話
人の相性なんて、決まってるわけがない。
少しずつ接点が出来ていくものだ。
ある会社の、ある日の飲み会での話。
自他ともに認める平凡なサラリーマンの宮部 明久(24)は久しぶりのビールをぐいっと飲み干し、黒縁のメガネをくいっと直した。
営業トークはあまり得意ではない事をコンプレックスに感じており、飲み会でもあまり発言をするのは苦手だ。かといって部内で孤立しているわけでもないが。
そんな彼の隣に座るのは、明久の同期で今や営業のエースである石森 勝則(24)。いわゆる人たらしの彼は顔も整っててイケメンで女子にもモテていた。
2人には特に接点はない。かといって話したことがないわけではない。
「宮部お疲れ」
と、遅れてきた石森は隣の席の明久の持つグラスに、ビールを注がれたばかりのグラスをこつんと当てる。
「おお、お疲れ」
明久もそれに答え遅れた乾杯をする。
それ以降2人は、それぞれ別の同僚と話しをして盛り上がる。
そんな2人を向いの席でスマホを操作する新卒の小林 奏太(21)が、じっと見つめアプリを起動する。
それを見ていた奏太の隣の席に座る、奏太の同期で幼なじみの田中 曜子21)が彼のスマホを覗く。
「奏太なにそれ?」
「占いアプリ」
「相性・・・占い?」
それはどうやらお互いの生年月日と氏名を入力して相性を占うものらしい。
「宮部先輩の生年月日知ってる?」
「んー、確か8月19日だったかな」
「石森先輩は?」
「えーっと12月6日・・・だったっけ」
すらすらと教えてくれる曜子に、ふと奏太は我に返り、
「・・・聞いておいて何だけど、お前よく知ってるな」
「部内は全員知ってるけど」
「さすが占い好き」
「あんたもでしょ?」
2人の接点は占いが好きなこと。
奏太は明久と勝則のフルネームと生年月日を入力した。
数分後。
奏太と曜子はその画面を見て、
「えーマジで!?」
その曜子の声に大半の人が二人を見る。
2人の向いに座る明久は疑問符を浮かべ、
「どうした?」
曜子は興奮して、
「宮部先輩と石森先輩の相性、100%だって!」
『え?』
同時に声を上げる明久と石森に奏太はスマホの画面を見せる。
相性100%と表示されていた。
2人は顔を見合わせる。
他の女子達が、
「あーそれ、当たるって有名な占いアプリよね」
「100%って、普通出る?」
「初めて聞いたわー」
などと騒いている。
明久は半顔で、
「てか、何で俺と石森の相性占うんだよ?普通男女だろ」
呆れる明久だが、それを聞いた部長が、
「いやいや、仕事の相性がよければそれだけ営業にも良い影響があるかもしれんな」
「確かに部長の意見は一律あるな」
などと他の部内の男性陣も、盛り上がる。
「だいたい俺と宮部に接点ないじゃん」
そういう勝則に、奏太はスマホの画面をスクロールしながら、
「えっと『今は接点のない2人でも、これから怖いくらいに運命的な繋がりが出来ていく。お互い以上の相手は今後現れないでしょう』・・・って書いてます」
「はあ?」
疑問符を浮かべる明久。
「へえ」
石森は明久の肩に腕を回して、
「それは楽しみだな」
「・・・お前面白がってるだろ」
人たらしの石森に呆れ顔を向ける明久。
そんな2人をじっとモノ言いたげに見つめる奏太を、葉子は呆れ顔で睨む。
(また、奏太の悪い癖が始まった・・・)
数時間後、全員が解散した後、
明久と石森を目で追いながら、皆とは反対方向に歩き始める奏太を追いかけながら曜子は、
「また、おせっかい焼いて・・・」
「仕方ないだろ、あの2人全く気が付かないから」
「しかも自分が作ったアプリ使って」
奏太の家系は代々占い師をしている。周りには黙っているが、奏太には占い師としての顔もあった。明久と石森には接点が視えた。時々じれったい人たちには、そのキッカケを気づかせることもある。
「まあ、これからが楽しみよね♡」
「曜子も面白がってんじゃん」
呆れ顔で奏太は帰路についた。
そうして運命の歯車は動き出した。
明久は不思議な気持ちになっていた。
石森と相性100%と出て以来、彼と仕事をする事が増えていった。
同じ案件に携わり、明久は営業はそれほど得意ではなかったが、その案件に対する分析が得意だったので重宝された。対して石森は営業は得意だったが分析が甘く苦手としていた。
「よし、今日はここまでにするか。来週本格的に商談詰めていくから」
『はい』
部長の声にその場にいる全員が返事をした。
「しかし」
部長は、会議室の片付けを始めた明久と石森をマジマジと見つめ、
「お前ら本当にいいコンビだな」
『え?』
部長の視線に明久と石森は同時に動きを止めた。
その2人を腕組しながら、
「営業の得意な石森と、 分析の得意な宮部・・・さすが相性100%だなぁ」
というと、2人はギクッとした。
今まで忘れていたのに、何で蒸し返すんだよ。
「えー何なに?何の話しですか?」
あの時の飲み会に来ていなかった社員まで興味が湧いたのか話しを聞きたがっている。
部長と他の社員が盛り上がって会議室の片付けが進まない。
明久は、はあっと溜息ついて1人片付けを進める。
「また始まったよ・・・」
呆れ顔の明久に、石森は
「俺は別に言われても構わないけど」
「え?」
呆れている明久とは対象的に石森は今の状況を肯定していた。
「それで仕事が上手くいくなら、お前との接点が増えてもいいって言ってんだけど」
「・・・まあ、たしかに。でも事あるごとにその話しになって、めんどくせぇ」
「ふっ、それはそうだな」
何故か嬉しそうに笑う石森。
(人たらし・・・)
内心明久もそう突っ込んで、明久は部長達に声かけて、会議室の片付けを終わらせた。
しかし2人の接点は、それだけで終わらなかった。
ある日、
「宮部ー、今日早く帰れそう?合コン行かね?」
同僚に声掛けられて、しばらく考えて、
「たまには行こうかな」
普段ならあまり来がならないが、久しぶりに出会いを探そうと合コンに参加したのだが・・・
『・・・・』
明久は席に座るなり黙り込んだ。
なんせ彼の隣には、偶然呼び出された石森が座っていた。彼も実はあまり合コンには参加しない。
久しぶりに参加したら明久と遭遇したのだ。
石森もまた、あまりの遭遇ぷりっに思わず吹き出していた。
「・・・ふっ」
「何笑ってんだよ」
小声で突っ込む明久。
「だって、遭遇しすぎでしょ俺ら」
と、笑いが止まらないらしい。明久は呆れていた。
「さすがに合コンにまで遭遇するとなったらもう何も言う事はないよな」
はあっと、ため息をつく。
それとなくいい飲み会になり別に相手を探す事もなく、
「宮部は2次会行く?」
「俺はいいや」
「俺も」
「そっかお疲れ」
明久と石森は集団から離脱。
他のメンバーは別の店へ。
「じゃあ、俺こっちだから」
そう言って手を振る明久。
「宮部」
引き止める石森。足を止める明久。
「ちょっと酔い覚まして帰らねえ?」
と近くのコンビニで飲み物を買い、側の公園へ。
ベンチに座り、2人は酔いを覚ました。
「石森ってさ」
明久はペットボトルのお茶を一口飲みながら、
「ほんと人に気を使うの上手いよな」
「なにそれ」
「いやさっきの合コンも、女の子に気を使いながら、男子達の飲み物を気にしつつしっかりカップルも作ってあげたり」
「別にあんな事したくないけど、俺は別に出会いとか求めてないし」
「そうなんだ。彼女いるの?」
「いない。別に欲しくないし」
「モテそうなのにな」
「それは否定しないけど」
「おい」
と2人は笑い合う。
こんなにモテるのに、出会いを求めてないなんてもったいないな。
さっきの合コンでも数人の女子が石森の注目していたが、肝心の石森が女子を上手くスルーしていたのだ。
「今は仕事が一番だな」
と、ペットボトルの水を飲み干す石森。
ただ水を飲んでいるだけなのに、カッコいい。
「俺も別に出会いはいいや」
2人顔を合わせて笑い合う。
そうして2人はそれぞれ帰路についた。
ある休日。
明久は久ぶりに予定のない連休を楽しんでいた。
だいたい1人で行く所は限られているが、いつも行きつけの書店で本を買い、その隣のカフェでアーモンドミルクラテを購入している。
そのまま近くの大きな公園に行って、ベンチに゙座り本を読む。
今日も同じルーティンで、公園で本を本でいると・・・
「あれ?宮部じゃん」
声掛けられて明久が声掛けると、そこには私服で立っている石森だった。
「石森・・・って」
ふと、彼の手元を見ると明久がさっき寄ったカフェのカップを手にしている。石森も明久のカップに気が付き、
「・・・何飲んでんるの」
「アーモンドミルクラテ・・・」
「うわ、一緒じゃん」
『・・・・』
2人とも黙って顔を見合わす。
これだけ接点が繋がってしまうと、もう抗えない様な気持ちになり、
「隣、いい?」
「ああ」
2人はもう黙って一緒にラテを飲む。
こんなに接点が合っていくのが本当に不思議でたまらないが、
不思議と2人とも嫌な気持ちにはならなかった。
というか、もっと前から接点があっても気が付かなかっただけかもしれない。
明久はラテを口に含みつつ、ふと石森の横顔を見つめた。
そういえばこの横顔・・・懐かしい感じもする。
人当たりもいいし、女子にもモテるのに休日に1人で散歩か。
まあ、自分も同じだけど。
「ふっ」
1人で笑う明久に、石森は気が付いて
「何だよ?」
明久はまるで観念したかのような顔で笑い、
「いいや。こんなのもう運命じゃんって思ってさ」
その言葉に、石森は心のどこかを掴まれた。
明久の笑顔も、声も、全てが石森の意識を変える。
「そう・・・だな」
溢れるように返事を返す。
「あ、雨」
ポツポツと雨が振り、2人は軽く駆け足で近くの店の軒先に避難する。
今度は完全にどしゃぶり。
「あーあ、振っちゃった」
「宮部は家近いの?」
「ああ、この先の6丁目」
「えー、俺もその辺」
『・・・・』
2人は顔を見合わせて、
「まさかね」
「・・・だよな」
2人は帰路に立つ。ある予測を立てて。
マンションの前で立ち尽くす2人。
ずぶ濡れだが、雨はもう止んだ。
「・・・まさか同じマンションに住んでたとはな」
「今までよく合わなかったよな」
そうしてエレベーターで5階まで上がり2人ともそこで降りる。
そのまま歩いて・・・・
明久は502号室の前、石森は503号室の前で止まる。
なんと家が隣同士だった。
「まじか。宮部いつから住んでるの?」
「入社当時からかな。石森は?」
「俺は去年から」
それぞれ鍵を開けながら話す。
「じゃあな」
そう言って自分の家に入ろうとする明久。
「宮部」
「ん?」
「夕飯オレの家で食べない?」
「え」
「ちょうど実家から野菜いっぱい送られて来て困ってたから」
明久はしばらく考えてから、
「くしゅん!」
くしゃみをした。
鼻を啜りながら、
「とりあえずお互い風呂入ってからでいい?」
「そうだな。じゃあ1時間後な」
「おう」
そういってずぶ濡れの2人はお互いの部屋へ入っていった。
それぞれが風呂に入り、着ていた服を洗濯して1時間後。
ピンポーン
石森はチャイムが鳴って、玄関のドアを開けた。
「おう、お疲れ」
「お邪魔します」
明久は石森の家に入った。
「これ、ふるさと納税でもらった肉食べる?」
と明久は袋を石森に渡す。数本のビールと一緒に。
「え、やった肉好き」
石森は嬉しそうに袋を受け取り、早速料理を始める。
石森の実家は野菜農園をやっているらしい。そこからよく野菜が大量に送られてきて自分で料理をしているが、仕事が忙しいと減らなくて困っていたらしい。
石森が作った野菜炒めと、明久が持ってきた牛肉をサイコロステーキにしてビールを煽る。
「あー、久々のまともな飯上手い」
明久はビールを一気に飲み干し、嬉しそうに言った。
ソファを背もたれに2人とも並んで座る。
「この肉も上手いよ。俺もまともな飯久々だわ」
石森も自宅なこともあって、気が緩んでいる。
食事をしながらも、お互いの事を話した。
会話が進むに連れて、実は2人は同郷で小中高と一緒だったことが分かった。
「それでか」
「え?」
明久は思い当たる事が合ったのか思い出しながら話す。
「何か入社して石森の名前聞いたことあるなーって、思ってたんだよな。俺等別に友達じゃなかったからピンときてなかったけど」
「そうだな。俺も」
石森も同意してビールをぐいっと飲む。
食事を終えて石森が食器を片付けていると、明久はソファに横になっていた。
「おーい宮部、寝るなよ」
「んー」
すっかり酔いが回って、明久はうとうとと眠り始めている。
「少し寝る・・・」
「ええ?もー・・・」
仕方なく石森は明久に毛布を掛けてやり掛けているメガネを外してやる。
1人で食器を片付けた。
ソファの側に座りスヤスヤと眠る明久を、石森はコーヒーを飲みながら見つめる。
酔って赤い顔、いつもと違う気の抜けたスウェット姿。メガネを外している素顔。
石森はずっと、明久に嘘をついていた。
本当は小中は同じクラスで、中学校に入った時初めて離れてしまい、
その時に明久への不思議な気持ちに気づき始めた。
今までは意識し始めてただけだった。
この気持ちが何なのか、分からなかったが、
『相性100%』と出た時に、
明久の事が好きだって気が付いた。
それから接点が増えるのが嬉しくて仕方なかった。
自分の事を意識して欲しいと思って、仕事も頑張った。
夢で何度も抱いたし、何度も想像で抜いた。
この気持ちを知られたら、気持ち悪がられるかも知れない。
でも、
離れたくない。
もっと側に居たい。
「ん・・・」
明久はぼーっとしながら、目を開けた。
口に柔らかいものが触れている。
気持ちいい。
「んん・・」
石森にキスされている。舌をゆっくり入れられて。
深くキスされて。
まったく嫌じゃなかった。気持ち良すぎて全身が熱くなる。
いい夢だな。
明久はそのまま再び眠りについた。
石森は、はっと我に返る。
やってしまった。
眠ってる明久に勝手にキスしてしまった。
彼は寝ぼけているようだったので、きっと覚えていないだろう。
「馬鹿だ俺は」
頭を抱えて石森は顔を洗いに行った。
翌朝。
二日酔いで重い頭を押さえながら明久は目を覚ました。
あれから目を覚まして石森に礼を言って、自分の部屋に戻ってきた。
そのまま倒れるように眠りについて、今は昼の11時。
昨日今日と連休で良かった。
なぜって、変な夢を見たからだ。
石森の部屋で夕飯をごちそうになり、彼にキスをされる夢を見た。
きっと彼の部屋の匂いのせいだ。
石森はなぜか特別いい匂いがする。
彼の匂いはそのにおいで一杯だった。それだけで居心地がよいし、
今着ているスエットの匂いを嗅ぐと、石森の匂いが付いていた。
何故かたまらない気持ちになる。
「あれ・・・」
気がつくと勃っていた。
それが起きたばかりのせいか、夢のせいか、石森のにおいのせいか分からないが。
明久は1人で自分のモノを弄る。
夢で石森にキスをされた時に事を思い出して、1人でイッた。
何だ?今の状況は?
「ちょっと、待って・・・」
明久は1人部屋でつぶやいた。
「相性100%って・・・そっち!?」
段々と夢を思い出し、顔に血が登っていく。
いやいや・・・男同士だぞ?
そんなわけないだろ。
ないない。
明久は1人首を横に振るのだった。
次の週。
奏太はここ最近の2人を注意深く観察していたい。
会社では2人は一緒に仕事をしていた。
相変わらず仕事のコンビとしては優秀で業績を上げていた。
でも人知れず、
明久と石森の間には変化が訪れていた。
社内の誰もがそれには気が付いていない。
2人を占った奏太以外は。
(ふーん・・・)
そんなある日。
明久と石森は今回の案件で日帰りの出張に来ていた。
(今何で出張に行くことに・・・)
明久は何となく気まずい顔をしていた。
「あのさ」
石森は隣の席の明久に声かける。
「なに?」
「こないだから、何かぎこちなくない・・・?」
石森のその言葉に明久はぎくっとした。
(それは、あの時にお前で抜いているからだよ)
「そんなわけないだろ」
「そうか・・・?」
遠慮がちに呟く石森。ずっと気にしていたのか・・・?
明らかに自分が悪いと、反省した。
あんなことで石森と気まずくなるのは嫌だった。
「ごめん。あの時お前の家で飲みすぎがから、何か悪くって。それでちょっと気まずかった」
石森を安心させたくて言い訳を言った。
その言葉に石森は彼にキスをした事を思い出し、彼から顔を背けて少し赤くなった。
(・・・ん?)
そんな石森の態度を見て、疑問符を浮かべる明久。
顔を背けたまま、
「そんな事気にするな。一緒に飲めただけで俺は嬉しかった」
「そう・・・?」
「ああ」
嬉しそうに返事をする石森に明久もまた、照れて顔を背けた。
取引先の会社に着くと、
「宮部さん、お久しぶりです」
挨拶に出迎えたのは、1人の女性。
明久は懐かしい顔を見て、ああっと嬉しそうに駆け寄り、
「笹川さんお久しぶりです」
どうやら知り合いのようだ。
明久は彼女に石森を紹介する。
「今回一緒にプロジェクトに参加する石森です。石森こちらは今回の担当専務の部下の笹川さん」
石森は明久の隣で名刺を出しながら挨拶をする。
「始めまして石森です。今回はよろしくお願いいたします」
すると相手の女性は、
「今回の担当である飯塚の部下の笹川です。よろしくお願い致します」
綺麗な笑顔で挨拶をしてくれた。
「今回担当します石森です。宮部とは以前の企画でご一緒に?」
「ええ、以前のプロジェクトも好評で、さすが宮部さんです」
そういう彼女の顔は、必要以上に高揚していた。
どうやら担当以上の好意はあるようだ。対して明久は何も思っていない様だが。
笹川の案内で会議室に通されて、部長に紹介される。
商談は上手くいった。
2人の作戦は上手くいき、数時間後。
「じゃあよろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく」
そういって満足そうに去っていく部長。
「今日はありがとうございました」
入口まで笹川に見送られ、明久と石森は会社を後にする。
その時・・・
「あ、あの!宮部さん」
笹川という女性が明久を引き止める。
明久は、すぐ戻ると言って、会社の入口に戻っていく。
遠くからそれを待つ石森。
何を言っているのかは、石森のいる場所からは聞こえない。
数分話して明久は石森の方に戻ってきた。
「どうした?」
「いや、何でもない」
石森に尋ねられ、明久は言葉を濁した。
どうやらアプローチされたようだったが。
石森はモヤモヤしたまま帰路につく。
はずだった・・・
2人が新幹線の駅に向かう途中から大雨が振り、新幹線が止まってしまった。日帰りのハズが今日は駅付近のホテルに泊まることになった。
「何とか部屋が空いてて良かったな」
「・・・まあダブルだけどな」
「・・・」
2人は何とか部屋を確保できたが、
ダブルベッドの部屋しかもう空いていないと言われてしまった。
「仕方ないだろ」
本当か?
本当に仕方ないか?
男同士でダブルベッドだぞ?
「順番にシャワー使うか、先使う?」
「え、お、おお」
明らかに動揺している明久が、そそくさと風呂に入りにいった。
石森はそんな明久の態度にソワソワしていた。
石森が風呂から出ると、明久はパソコンを取り出し資料を整理していた。
それを見た石森は明久の事を真面目だなと思ったが、当の明久は緊張を紛らわせるために仕事に集中したにすぎなかった。疲れれば寝られるし。
「資料まとめたぞ」
「さすがだな」
「いい会社だろ?部長さんも笹川さんも」
そう言った明久の言葉に、
さっき別れ際に笹川という女性に呼び止められていた。
「あの笹川さんとは昔からの知り合いなのか?」
「まあ何度か仕事を一緒にしてるな」
「向こうは宮部に好意的だよな」
「うーん、まあな・・・」
歯切れの悪い返事を返す明久。
「毎回断ってるんだけどね」
「へえ、好みじゃないんだ」
「ていうか、あんまり言う事じゃないけど・・・笹川さんって部長の愛人だから」
意外に詳しい内情を知っている明久に、石森は意外だと思ったが安心した。
「・・・なるほど。え、それってどこ情報?」
「ウチの部長が教えてくれた。笹川さんは誰にでも言い寄るから気をつけろって」
「ほう、さすがうちの部長」
石森はホッとして、
「なら、安心だな」
「え?」
パソコン作業が終了し、明久は大きく伸びをして、
「寝るかー」
「そ、そうだな」
返事をして石森はベッドに入る。
(うーん・・・)
明久はしばらくベッドを眺めつつ、なかなかベッドに入らなかった。
それに気が付いた石森は、
「どうした?早く寝ろよ」
「えっ、ああ、うん・・・」
何故か照れた顔を見せる明久に、石森は枕の上で頭を腕で支えながら、
「もしかしてさ、意識してる?」
「えっ」
「家で飲んだ時、俺がお前にキスしたから」
その、石森の言葉に、
「キッ・・・キス!?」
素っ頓狂な声を上げる明久。一瞬で顔を真っ赤にする。
石森は起き上がり、
「あ、違った?」
「あれ、夢じゃなかったの・・・?」
明久はずっと夢かと思っていた。
石森は彼の言葉に、頭を掻く。
「何だ・・・気が付いてなかったのかよ」
「俺夢かと思ってその後、お前で抜いたから気まずくて」
「え?」
「え、あっ、いや」
ポロッと言ってしまって、
明久は慌てて口を塞いだ。
石森はグイッと明久の腕を引っ張って、ベッドに仰向けに寝かせる。
「俺で抜いたって本当?」
仰向けになった明久に覆いかぶさるように四つん這いになる石森。
2人は風呂上がりで、バスローブ姿。下着も付けていない。
手を伸ばせばそこには相手を気持ちよくさせる事が出来る。
「お前は、何で俺にキスしたの・・・?」
返事をする代わりに、明久も彼に問いかけた。
お互いが言い訳も返事も返さない。
でも視線は絡み合っていて・・・
石森は黙って明久にキスをした。
最初は一瞬だったが、
今度は明久が石森の首に腕を絡ませて、
キスをした。
舌を絡ませて深く、深くキスをした。
まるでお互いがこうする事を求めていたかのように。
お互いが熱っぽく相手を見つめ、何度も何度も甘くキスをして、
石森は明久のバスローブを剥ぎ取り、その肌に触れていく。
キスをしながら明久の股間に目をやるとヒクヒクと反応していた。
自分もまたガチガチになっていて限界だった。
石森は明久の裸体を堪能していた。
ずっと見たかった、触れたかった、柔らかくて滑らかな肌、
ピングでピンッと立った乳首。それを弄ると
「あっ、そこはいじるなぁ」
気持ち良すぎるのか、指で乳首を弄ぶとビクビクと動いて抵抗する。
「何で?気持ちいでしょ」
言いながら石森は明久の乳首をチュウチュウと吸った。
「いゃあ・・ん」
聞いたことないような声を出してヨガる明久。可愛すぎる。
抱きたくてたまらない気持ちだったが、そんなすぐには無理だ。
石森はガチガチの2人の陰部を擦り始めた。
「あっあっ」
手を動かす度に喘ぐ明久に石森は更に硬くさせながら。
前だけ一緒にする。
ドクンッ・・・
2人同時にイッて、そのまま2人は疲れて眠ってしまった。
そんな夜はあっけなく過ぎ、
翌朝。
2人は帰りの新幹線で眠ってしまう。
最寄りの駅に着くと2人は会社に寄って報告を済ませ、とりあえず2人は午後半休で帰宅した。
そこでお互いが隣の家に住んでることを思い出す。
2人で帰宅して、先に明久が部屋の鍵を開ける。
「じゃあ、お疲れ」
言って家に入ろうとする明久を見送る石森。
「宮部」
石森が声かけた。
「ん?」
相槌を打つ明久。
お互いの顔をあまり見れないが、石森は急にじっと明久を見つめ、
「好きだよ」
はっきりと言った。
ちゃんと好きだから、キスしたし触った。
それをちゃんと伝えたかった。
「じゃあ」
そういって足早に自分の部屋に入っていった石森。
外には顔を真っ赤にする明久が、1人残された。
数日後、
先日の取引先の部長とその部下の笹川さんが、
今度はこちらの会社に足を運んで、最終的な商談をした。
決定は後日になる。
「今日はありがとうございました」
明久と石森は一緒に会社の前で部長と笹川さんを見送った。
「こちらこそ今日はありがとうございました」
挨拶をして部長はタクシーに乗り、笹川さんは1人残り、
「宮部さん久しぶりにご一緒にお仕事ができて嬉しかったです」
と、非常に好意的な笑顔で話しかけてきた。
「ちなみに今夜よければ食事でもどうですか?」
(結構はっきり誘うな)
明久の隣でそれとなく思う石森。明久は困惑しながら、
「皆でなら」
釘を刺す。
それに笑顔のままでやや不安な顔をしながら、
「それではぜひ皆で。詳細は後ほどご連絡します」
そういってタクシーに乗り去っていく。
「はあ・・・」
ため息をつく明久。
「ほんと強かだな笹川さん」
「・・・行きたくない」
明らかに明久狙いの笹川の誘いを断りたいが、
さすがに取引先である事とこちらがもてなす側になっている立場上、
無下に断ることの出来ないし・・・
「大丈夫だ。一緒に行くから」
石森のその頼もしい言葉に、明久は安心した。
だが、風向きは思わぬ方向に向かった。
その日の夜、
明久は残業をすることになりちょっと遅れることに。
先に店にたどり着いた石森は、店に入るなり
「あら、あなただけでノコノコ来たってわけですね石森さん」
まるで別人のような口調で石森を出迎えた。
石森は笑顔で、
「そちらの部長さんは?」
「部長は今夜は体調が優れないとの事で、ホテルで休んでいます」
「へえ」
「あなたもお帰りいただいていいんですけどね」
と、冷たい声で言う。
だがそれには負けじと、
「まあ、あなたが宮部狙いだという事は察しています」
その言葉に笹川は黙って石森を睨む。
「でも今日は二人きりにはなれませんよ」
その言葉に、笹川はピンときて、
「へえ、あなたもまさか宮部さん狙いですか?」
「俺は彼の味方なだけです」
笑顔でそう言った。
だが、笹川は面白がるような顔で、
「そちらの会社で耳にしたんですけど・・・あなたと宮部さんって、占いで相性100%って出たんですってね」
彼女はテーブルに頬杖をついて、
「あなた宮部さんが好きなの?」
「・・・でしたら?」
曖昧な言葉を口にする石森に、
笹川はフッと鼻で笑い、
「気持ち悪い」
これ以上ないくらい侮蔑の眼差しで石森を睨み、
「あなたのせいで、業界に変な噂流れて宮部さんの評価が下がったらどうするんですか?男同士なんてありえないでしょ?宮部さんもきっと困ってるわ」
そう、普通の反応はきっとこんな感じだ。
男が男を好きなんてありえないと言われる。
石森も親友に同性が好きな事をクラスでバラされて孤立した事があった。
宮部にはそんな想いはさせられない。
石森は黙ってしまう。それに気を良くした笹川が
「あんな素敵な男性には私みたいな美人がお似合いなのよ」
そういった笹川のセリフに、
「それはどうですかね」
そういって個室に入ってきたのは、残業を終えた明久だった。
すると、笹川はさっきとは豹変して、
「宮部さん!お疲れ様です」
急にかわい子ぶって高い声で話す。石森もなぜか聞かれてはいけない話しを聞かれた様な気持ちになり気まずくなった。
「笹川さんの意見を否定するわけじゃいないけど、あなたのアプローチにはもう、うんざりしてるんだ」
きっぱりと言った。
「ええ・・・?」
笹川は気の抜けた声を漏らす。明久は続けて、
「あと今日の食事会は上司に黙ってやった事みたいですね」
「は?」
「あなたの上司には報告済みです」
「なっ!?」
驚く彼女を尻目に、明久は石森の手を引いて、
「今日は帰ろう」
「え・・・」
呆然とする石森を明久は連れて帰ろうとする。笹川はあたふたとして、
「え、ちょっと宮部さん!」
笹川の事は気にせず、
「あ、あと」
明久はふと振り返り、
「俺が好きなのはこの石森なんで。あなたみたいな上司と不倫している人は死んでも好きになりません。では」
そう言い切って、2人は店を出た。笹川の金切り声を背後に聞きながら。
「ち、ちょっと!」
手を引かれながら石森はずんずんと歩く明久を呼び止める。
「待てって!」
「なんだよ」
「さっきのなんだよ」
「そのままだけど?」
足を止めて、平然という明久。
「俺のこと好きって言った?」
「言ったよ」
まっすぐにそう言った。
明久は立ち止まり、石森の方を向いて
「お前が好きだっていってんだよ」
「うっ・・・」
そのまっすぐな明久の視線に、石森はノックアウトされる。
「だから・・・」
言いながら明久は石森の手をそっと握って、
「早く帰ろうぜ」
「はい」
石森はたまらない顔をしていた。
マンションに帰った後、明久は石森の部屋に行った。
そのまますぐにベッドに押し倒された。
「んっ」
キスをしながらすぐに服を脱ぎ捨てて、明久の裸体をマジマジと見下ろす。
「あんまり見んなよ」
「それは無理」
石森は明久に馬乗りになり、自分を服を脱いでいく。明久もその光景をマジマジと見上げ、
「あんまり見るなよ」
「それは無理」
お互い照れながら、そのやり取りに笑い合う。
お互いの前を擦り1回一緒にイッてから、石森はすぐに明久の後ろをほぐし挿入する。
「あっあぅあん」
腰を揺り動かす度に喘ぐ明久の顔を見ながら
石森は胸が一杯になった。
「俺、小学校の頃から宮部の事知ってた」
「えっ?・・・あんっ」
「中学校も高校も一緒で・・・気がつくと目で追ってた。ずっと話したかった」
なんだか、泣きそうな顔で、
「好きだ」
「あっ」
もっと奥に挿れられ、明久は気持ちよくなる。
石森の必死な顔にキて、きつく締め付けた。
「はっ、キツッ・・・」
とろけた顔をしながら明久。
その顔にたまらなくなり石森は腰を早く動かし、2人でイッてしまう。
肩で洗い息を吐いて、ベッドに倒れる石森。明久は自分が石森の上に乗り、
彼のゴムをはずしてやる。箱からもう一個取り出し、
「もう1回」
「1回じゃ済まないよ」
言って石森の起き上がる。
翌朝、2人で朝ごはんを食べながら、
「そういえばさ」
「お前いつから俺のこと好きだったの?」
明久は思い出したかのように向いに座る石森に訪ねた。
石森はまさかそんな質問が来るとも思っていなかったので、
ぎくっと動きを止めた。
「小中高と同じだろ?その中のどれか?」
もじもじとコーヒーを口に含みつつ、
「・・・確かに小中高とお前の事知ってたけど、その時は別に好きとかじゃなかった」
「じゃあ、いつ?」
「なんでそんなこと・・・」
「知りたい」
「・・・」
困った顔をして石森は頭を掻く。
しばらく黙ってから、
「お前が運命だって・・・言ったから」
「え」
石森は赤くなった顔を必死で隠しながら、
「休みの日に偶然会った時に、お前が『こんなのもう運命じゃん』って、言ったから!」
それから、好きだってはっきりした。
「・・・カッコ悪」
今までで一番顔を赤くしている石森を見つめ。
「可愛いなぁ、石森は」
「なっ」
明久のそのつぶやきに、言い返そうとして顔を上げるが、彼の嬉しそうな顔を見て、それ以上は言わなかった。
後日。
「へえ、じゃあ付き合ってるんですか」
奏太は明久からの報告を聞いて納得した。
何故かって、今の明久と石森には甘い空気がだだ漏れだから。
休憩室でコーヒーを飲みながら明久は嬉しそうに、
「一応、お前の占いのお陰だったから言っておこうと」
照れながら彼は笑う。奏太はそんな明久を頬杖を付きながら見つめ、
「まあ、占いがなくてもどっちみち付き合ってたんじゃないですか?」
「何で?」
疑問符を浮かべる明久に、奏太は平然と、
「だって石森先輩、いつも宮部先輩の事ばっかり見てたから」
「え」
そんな事気が付かなかった。
奏太は手にしているスマホをスワイプしながら、
「きっと2人は占いなくても付き合ってましたよ」
めずらしく少しだけ笑ってそう言った。
その言葉に明久は、
「ありがとう、そう言われるとホッとするよ」
「でしょ」
「じゃあな」
と、コーヒーのカップを捨ててオフィスに戻る明久。
奏太は軽く手を振って見送り、
スマホを見ながらため息を吐いた。
「あれ奏太、ここにいたー」
曜子が奏太を探していたようだ。
休憩室にいる彼を見つけ声を上げる。
「さっき宮部先輩とすれ違ったけど」
「2人付き合うことになったって」
「へえ、さすが相性100%」
「まあ所詮占いだけどな」
「よく言うわ」
曜子は奏太をじっと見つめ、
「そういえば前に100%出た事あったって言ってたじゃない?」
彼女の声に、奏太は冷静を装いつつ内心ギクッとした。
「あれって誰だったの?」
その質問が来ることを回避してたのに、ずっと前だったのに。
なぜ今思い出すかな・・・
「知り合いじゃない」
「なーんだ。まいいや、お昼早く行こ」
「えー?」
「一緒に行く約束してたじゃん」
「別に約束してないだろ。お前が朝勝手にそう言ってたんじゃん」
冷静を装いつつ立ち上がる。
そんな奏太を曜子はじっと見つめ、
「ほんとは嬉しいくせに」
嬉しそうに笑う。
その笑顔に、奏太は固まる。
「・・・早く行くぞ」
「ふふっ、今日何食べるー?」
さりげなく腕を組む曜子。
奏太も特に振りほどかない。
むしろ内心嬉しくてニヤけそうだ。
昔自分の占いアプリで出た相性100%は、
自分と曜子の事を占った時だなんて、
死んでも言えない。
他人の恋路を助ける事が得意な奏太でも、
自分の恋には奥手なのだった。
終。
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