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第1話 こんにちは、ハルさん

東京から電車とバスを乗り継いで3時間。 廃れた田んぼや大きな木々を通り抜けた先に、小さな宿がひっそりと佇んでいるのが目に入った。 「あれか」 ハルはふうっと息を吐いて、やっと目的地に着いた、という達成感に浸った。 歩くたびに枯れ葉や枝が折れる音に、少し心地よさも感じながら宿の門をくぐった。 受付を済ませ、部屋に案内される。 部屋の窓は開いていて、まるで絵画にありそうな美しい海が一面に広がっていた。 この宿の近く(といっても徒歩30分ほど歩くが)には崖がある。 旅行雑誌にも口コミサイトにも載っていない情報だ。 宿に泊まった人たちのsnsから崖の存在を知り、ここに座りたい、ハルはそう思っていた。 そしてまたふうっと一息ついて、崖へ向かった。 崖に向かって歩く度に、視界が海で埋まっていく。 空は水色、海は青色。とても、とても美しかった。 これは人に教えたくない場所だ、というか秘境並みだな、なんて思いながら、しばらくの間海を見つめた。 自然を綺麗だなんて思う心がまだ自分にはあるのだな、と少し嬉しくも感じていた。 またしばらく海を見つめていると、 「あのー……」 後ろから声をかけられた。 振り返ると、男が立っていた。 男は自分は変質者ではありません、とでも言いたそうな、気さくな笑みを浮かべていた。 「えっ、あっ、はい」 ここで人と会うなんて……とビックリし、そして少し気持ちが萎えた。 男の身なりはパーカーにデニムパンツ、荷物はなし。自分と同じように、近場の宿に荷物を預けてふら〜っとやってきた感じか、と察した。見た目もハルと同年代のような気がした。 「急にすみません、ほんと。驚かせちゃって。あっ不審者じゃないです!って……不審者は自分のことそう言いませんよね。すみません」 「はあ、いえ」 「あと、きっと一人で居たいでしょうに、話しかけちゃってすみません」   「ああ、いや、大丈夫ですよ」 言葉の間、選び方、トーンで、なんとなくヤバそうな人ではないかなと察した。 「なんでしょう?」 「ほんと怪しまないで欲しいんですけど……少し話……しません?少し」 「あ……はあ。はい」 「いやその、ナンパってわけでもないですからね!?あ、ほら、こんな場所で会ったのも何かの縁とゆーか、てか男性にナンパがどうとかってのも変ですよね、すみません!」 「ぇえ?ははっ」 自分の発言に自分で突っ込んで焦っている姿に、ハルは思わず笑ってしまった。 「大丈夫です。時間はいっぱいあるし、大丈夫です」 「すみません……ありがとうございます」 「いやいや、そんな」 そうして、男はハルから人二人分離れた場所に腰を下ろした。 何を話してくるのかと思いつつ、自分は絶望な気持ちからここに来たとゆうのに、いったいこの男はどんなハズレ縁を引いたんだ、と可笑しくも感じた。 「ありきたりですけど、どこからここに?」 男が聞いた。 「あ、東京です」 「おお!一緒です。僕もです。もしかして癒しを求めて?」 「まあ、そんな感じです」 目線を下にそらし、ニコっと笑いながら答え、そして今度はハルも聞いてみた。 「そちらは、どうしてここに?あっその前に、お名前は聞いても大丈夫です?」 「あ、名乗り忘れてました。自分から声かけてきたくせに。僕はヨシタカ。タカって呼ばれてます」   「タカさん。僕はよくハルって呼ばれてます」 「ハルさん。僕ね、実はずっとここに来たくて。でも事情があって来れなかったんですよね。でも、やっと来れたんです」 急に満面の笑みでタカは答えた。 「そうなんですか」 ここはその事情とやらを聞くべきか……いや……聞かないほうがいいか。ハルは黙ってタカの次の言葉を待っていると 「ほんと、ずっと来たかったんですけど、僕だけの気持ちじゃどうにもならなくて。でも来れるタイミングがやっときて。今だなって」 よく分からないが、初対面相手に詳しく言う内容じゃないんだろう。そしてタイミングって確かにあるよなと思い、ハルも同調した。 「タイミングってありますよね。僕もなんか、海見たいな〜なんて思って。今までそんなこと思ったことなかったのに」 「へえ〜。そうなんですね」 タカは、少し目を細めて一瞬視線を海に向け、そしてハルの方へ戻した。 「ハルさんは、どうしてここに来たんです?」 「ああ……」 言葉に迷った。

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