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第2話 謁見と思惑と
「第八王子……とな」
国王の声が、遠くに聞こえた。肝心なところで、とんでもない間違いをしてしまった。アーセールは、なんとか弁明しようとするが、さすがに、この状況では、無理だろう。
第二王女は顔を真っ赤にして怒っているし、この話を持ってきてくれた上司である元帥《げんすい》閣下も、顔を真っ赤にしている。そして、急に舞台の中心に、何の準備もなく上げられてしまった第八王子は、ラベンダー色の瞳にはっきりとした―――この上ない侮蔑の表情を浮かべて、アーセールを見下していた。
「そなた。……これは、男だが」
これ、というのは、第八王子だ。こうなったら、アーセールは腹をくくるしかなかった。
「恐れながら陛下。我が国の法では、婚姻は異性と結ぶものとは明記されていないと、聞いたことがございます」
「たしかか、国務大臣」
皇帝は、国務大臣に確認をとる。国務大臣も、そんなことはすぐに解らないらしく、ちらっと目配せして「少々お待ちを」と恭しく礼をした。
「しかし、また、そなたの言葉は思いつきのように思えるが」
「いえ……、以前、たった一度だけ、第八王子殿下とお話をしたことがございます。その折り、私は、第八王子殿下に勇気づけられ、それから職務に邁進することが出来ました。今回の勝利は、第八王子殿下のおかげでもあるのです」
甲冑の中は、冷たい汗で濡れている。本当に、どうしようもない間違いをしたが、この話は嘘ではない。
「……しらなんだな。王子、そなたは、覚えがあるか?」
話を振られた第八王子は、一度優美に礼をしてから、皇帝に申し上げた。
「申し訳ありませんが、存じ上げません」
「と、申しておるが」
「覚えておいでではないのも、無理のないことです。十五年ほど昔、たった一度です。まだ、殿下は、幼く……私は、まだ何者でもありませんでした。殿下にしてみれば、ただ、気まぐれにお言葉を与えてくださっただけ。けれど……、私は、そのことが心に残っておりますので、以後、私の甲冑には、これを」
と、アーセールは自らの甲冑に飾り付けた、砂獅を見せた。
「あっ」
第八王子が小さな声を上げたとき、アーセールは、心の底から、彼を巻き込んでしまったことを悔やんだが、どうしようもない。口から出てしまった言葉は、撤回出来ない。そして、彼と、一度話をしたかったのは本当のことだし、第二王女と結婚するのは、まっぴらだった。後継者争いなどに巻き込まれるのも、御免蒙りたい話だ。
「おや、そなた、なにか……想い出したのか?」
第八王子は、美しい白皙の頬を薔薇色に染め上げて、恥ずかしそうに言う。
「その、……私の名は、ヴァイゲル国の言葉で、『砂獅』を意味するのです」
謁見の間が、俄にざわめく。
「その話を、過去に、たった一度……した覚えがあります。薔薇園でしたか」
「えっ? ええ……。その通りです」
まさか、とアーセールは胸が高鳴る。たった一度の邂逅を、第八王子が覚えていたのだろうか。
第八王子は、白い薔薇園の片隅に一人でいたはずだった。そして、言葉を、掛けてくれた。その言葉に、十五年も支えられてきたのだった。
その時、国務大臣のもとにそそくさと小走りで駆け寄るものの姿があった。そして、耳打ちをする。
「陛下。確認致しましたところ、この国では、異性と結婚すると定めては居ないとのことです。また、事例はございませんが、同性同士で一生を添い遂げたという例も、多少在るようでございます」
ちらっと国務大臣がアーセールをを見やった。面倒なことをさせて、というような迷惑そうな顔だ。迷惑は掛けた。それはアーセールも理解している。
「ふむ……また、面白いことになったものだ。実は、これは、婿にいくことが決まっておったのだ」
婿、という言葉に第八王子の眉尻が多少動いたようだった。一体、どこの貴族令嬢のところへ婿に入る予定だったのか。その令嬢には悪いことをした。あとで、謝罪に行かねばならないだろう。
「だが、まあ、良いだろう。余に、二言はない。これは、そなたに与える」
「ありがたき幸せに存じます」
アーセールは思い掛けないことながらも、深く礼をとった。
「しかし、男同士で婚姻を結ぶなど、我が国には前例がないことゆえ、さて、どうしたものか」
「……殿下に失礼のないように、万全の準備をしてお迎え致します。儀式のようなものが必要であれば……」
「まあ、そのようなものはいらぬであろう。……しかし、そなたはこれを『妻に』と言ったゆえ……そうだな、持参品は持たせよう。そなたの気が変わらぬうちに、早々に支度をすることとしようか」
ははは、と皇帝は笑っている。第二王女が、これ以上はないほど顔を真っ赤にして、怒っているので、これは、もはや一波乱は避けられないだろう。
第八王子が、なぜ、こちらの話に乗ってくれたかは解らない。ただ、もし、本当に、あの薔薇園での出来事を想い出してくれたのならば、とても、嬉しい。
「ありがたき幸せでございます」
再度、礼を取ってアーセールはお礼を申し上げた。
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