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第3話
「じゃ、行ってくるから」
「うん。……いってらっしゃい」
知らない男を拾ったとしても、だからと言って会社を休んでいいわけじゃない。働かなくちゃお金入らないし、入らないと家賃も払えないから頑張らないと。
玄関で挨拶をして家を出る。
「出がけの挨拶か……。新鮮だな」
それに相手の顔がちょっと心細い感じがして、より新鮮だった。それでも百%信用してるわけじゃないから貴重品は身につけた。
『たぶん昨日と同じくらいの時間に帰宅すると思うから』とも伝えた。これで帰ったら、もういませんでしたとなっても後悔はしないと誓う。でも何でか駅への道は軽い足取りとなっていた。
木実は急行で二駅行ったところにある工場に勤めていた。
昼勤と夜勤、昼夜勤があったが、木実は昼勤のみを選んで働いていた。以前は昼も夜も働けるほうが実入りがいいので、そちらを選択していたのだが体を壊してしまったので、今は昼勤のみになっている。でもこうも残業が多いとまた体を壊すんじゃないかと心配もしている。ほどほどと言う言葉が通じるのなら、ほどほどにして欲しいとは思うのだが、今のところそれは通じないらしい。
それでも今日は早く帰りたいかな……。
彼には昨日と同じと言ったが、昨日と同じじゃ疲れ具合も昨日と一緒になってしまい聞きたいことが聞けないかもしれない。木実はその日一日、何故彼があんなところにいたのかが気になって色々深読みしていたのだった。
〇
「ただいま」
「ぁ、お帰りなさいませ、ご主人様っ」
おいっ。
「何その言葉。てか、何してんの?」
「晩御飯。作ろうとしてます」
「そうなんだ……」
「早いね。昨日と一緒って言ってたから、日にちが変わるくらいかと思った」
「うん。その予定だったけど、心配になって早く帰ってきてみた」
「帰って来たらいないとか?」
「まあ、それも有り得るだろ?」
「うん、まあそうかもだけど……。俺は最初からそんなつもりはなかったけど?」
「そう。なら、良かった」
彼・一季はパジャマ代わりのスエットのままキッチンに立っていた。たぶん食材らしい食材はないと思う。なのに健気に何かを作ろうとしていたのは、自分が腹が減っていただけなのかな? と徐々に思う。靴を脱いだ木実はシンクにある物を確認しながら手にした袋をキッチンテーブルの上に置いた。
「一応スーパー寄って来たけど」
「ほんと⁉ 嬉しいっ! なになに、何があるの? 何買ってきたの?」
「ぇっ? えっと……だな」
言いながらマイバッグの中から色々取り出す。何が好みとか何を作るとか考えなしに安い物をカートに入れて、帰ってきてから考えるのが木実のスタイルだった。だから袋の中には目的もなく買った豚肉のスライスと値引きされた人参とキャベツ、ウインナーに総菜のコロッケと菓子が数点入っていたのだった。
「これで何作るつもりだったんです?」
「特に決めてない。安かったから買ってきただけ。えっと……今日だったら、コロッケを主にキャベツの千切りをしてウインナーを焼く。そして豆腐の味噌汁を作って完成、かな」
「駄目ですね」
「は?」
「人参も豚肉もちゃんと使いましょうよ」
「豚肉は今日コロッケあるし、人参は日持ちするから別に今日じゃなくても……」
「豚肉は明日にするとしても……。プラスで人参サラダとか作りませんか?」
「ぇ、別にいいけど……」
別に人参は嫌いじゃなかったからサラダでも全然良かったのだが、料理に関してはもしかしたら相手のほうが長けているのではないかと思った。
「では作ります。木実さんは風呂にでも入ってきてください」
「風呂、湧いてるの?」
「はい。追い炊き出来るっていいですよね」
ニッコリとされて思わずキュンとしてしまう。
こいつは……どうやら別世界からきたんじゃ、なさそうだ。
変に王子様気質でもなく、自己主義でもない。いたって普通の思考回路を持っている奴なんじゃないかと知り、ちょっと嬉しくなった木実だった。
〇
風呂から出るとあらかた食事の用意が出来ていて、そのマトモさから一目置く。
「へぇ、出来るんだ」
「はい、一応。俺もこのくらいは出来ますよ?」
「じゃ、ご相伴に預かりましょうか」
「別に大した物作ってませんから」
「……」 うん、まあ。主菜は総菜コロッケだしな。
コロッケの横に置くはずだった千切りキャベツはなくなっていて、代わりにボイルされたキャベツの葉があった。
「これ何?」
「ああ。ほんとは千切りがいいんだろうけど、人参のサラダが千切りだからキャベツは湯がいてみました」
ちょっと胸を張っているように見えるところが可愛く見えてしまう。木実が思っていた食卓とは多少違っていたが、楽して食べられるのは気分が良かった。
実際彼が作った人参のサラダは初めて食べるもので旨かった。
「料理、やったことあるんだ」
「自炊程度ですかね」
「このサラダ、旨いよね」
「飲食店とかしてた?」
「あいにくです。……もしかして探り、とか入れてます?」
「俺はしてもいい立場だと思うけど?」
「うんまあ。でもしてませんよ」
「じゃあ今まで何してたの? どういう人?」
「今は……言いたくないです」
「じゃあ、これからどうするつもり?」
「どうもしませんけど?」
「ぇ、ずっといるつもり?」
「それなりの働きをして、平行してどうするか考えようと思ってます」
「俺の家はナントカ施設とかじゃないよ? 役所で保護してもらったら?」
「生活保護ですか?」
「一般的には」
「俺は身分を証明するものがないので、それは無理です」
「……あんまり聞きたくないんだけど、俺は君に拘っていい人?」
「どうでしょう」
「どうでしょうって……。君は一体何者?」
「ちょっと記憶にないです。勘弁してください」
「ぇっ、記憶がないの⁉」
「ごめんなさい」
「じゃあ名前も思いつきとか?」
「いえ、それは本名ですけど」
「けど? けどそれから先は言えないの?」
「正確には言いたくないってことです。察してください」
「ぇ……。それって随分都合のいい話だよね」
「はい、ごもっともです」
「でも言いたくないんだ」
「すんません」
笑顔で言われてしまうと返答に困る。
害はないんだろうけど、大丈夫なのかな……と対処に困る。
結果、出た答えは「迷惑かけません」と言う念書を書かせることだった。
俺はたぶん甘い……。
三話終わり
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