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第9話
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「帰って来ない」
いったいどうしたって言うんだ……。
鍵を渡して数日。外出する時には施錠していく必要があるから渡した鍵ごと彼は帰って来なかった。鍵自体は予備の鍵を持ち歩いていたので事なきを得たが、肝心の彼が帰って来ない。
数日待ったけど帰って来ないところをみると何か心情に変化でもあって、ここにいたくないと思ったのではないかと言うことだ。そう考えないと彼の行動はおかしいし、自分自身を納得させられなかった。
「……行くか」
今までいたものがいない感覚になかなか慣れない。
彼がいた空間が埋めきれないまま会社に行くのに玄関先で指さし確認をする。そして最後に意図せず溜息をつくと駅までの道を急いだ。
あの日彼を拾ったゴミ収集所の前を通る。通りすがらチラリとそっちを見てみるのだが、案の定彼は落ちていなかった。
当たり前だな。
そんなに都合よく自分の思い通りにはならないのも分かってる。だけど突然いなくなったその理由が知りたい。欲を言えば彼にもう一度会いたい。もう一度彼との生活がしたい、とか思ってしまっていた。
駅まで来ると、平日だと言うのにいつもとは違う風景が広がっていた。
「ロケ車?」
ロータリーの中に見慣れない車が何台も止まっていて人も慌ただしく動いているのが見えた。木実はそれを横目で見ながら時間を気にして構内に入ろうとしたのだが、見知った顔を発見してしまい脚を止める。
「ぁ」
それは一季と行った芸能事務所のマネージャーだった。こちらが気付いたのと同時にあちらも気付いたらしく笑顔になってこちらに駆け寄ってくる。
「おはようございますっ!」
「お……はようございます」
「ぁ、お返事せっついてはいませんからね。彼はお元気ですか?」
「ぁっと……それが……」
彼がいなくなってしまったと告げると、とたんにマネージャーの顔が曇る。
「それは……私たちが接触したからなんでしょうか……」
「分かりません。ただ……日常から彼が消えてしまったと言うだけで……」
「すみません。私たちがゴリ押ししたから……」
「そんなことはないと思うんですが……。正直訳が分からないんです。何故彼が突然いなくなってしまったのか……」
「あの、今晩お暇ですか?」
「ぇ?」
「今晩伺ってもよろしいでしょうか」
「でも……もう彼はいませんよ?」
「分かってます」
「……」
「いいですか?」
「それは……いいですけど……」
「では今晩。ゆっくり話しましょう」
「ぁ、はい……」
彼が何を話したいのかは分からなかったが、ひとりぼっちの家に誰かが来てくれるのは気持ちがパッと明るくなる。だからその日一日はちょっとウキウキもしていたのだった。
一季が声をかけられた芸能事務所のマネージャー。名前は清海照善(きよみ-てるよし)。見た目は一見木実同様地味だが磨けば光るんじゃないかと思うほど整った顔立ちをしていた。
会社から帰って食事を済ますとちょうどいい時間に彼は来た。
「お時間取っていただいて申し訳ないです」
「いえ。でも……」
何の用事なのかが分からない。玄関入ってすぐにあるキッチンテーブルに向かい合って座るとさっさく彼が話し始めた。
「一季さんはこんなことよくあるんでしょうか」
「あるも何も僕のところにいたのは一、二週間くらいでして……。その前はたぶん同じようなことを繰り返してたんじゃないかと思うんですが……聞いてみないと分かりませんね」
「もう戻って来ないと思いますか?」
「どうして出ていってしまったのかが分からないんで、何とも言えないです」
「そうですか……」
「で、あの……今回はどうして……」
「もしかしたら戻って来てるんじゃないかと淡い期待をしたりしたんですが、まあそんなことはなく。……そこで僕は考えてきた案を出したいと思います」
「?」
「木実さん」
「はい」
「あなた、今の仕事に満足してますか?」
「は?」
「今の仕事、好きですか?」
「……好きかどうかは分かりませんが、暮らして行かなきゃいけませんからね。嫌ではないですが、好きかどうかは分かりません」
「よろしかったら、僕たちの事務所に来ませんか?」
「……それは、マネージャーとしてですか?」
「違いますよ。僕はマネージャーですけど、わざわざマネージャーをスカウトしには来ませんよ?」
「でも俺はスカウトされるような人材じゃありませんよ?」
「磨けば光ると僕は思います」
「何として……ですか?」
「俳優」
「俳優? ぇ?」
何言ってるんだろうこの人は……、と思ってしまうほど呆れた。
「主役を張ると言うよりも、その主役を助けるバイプレイヤー的な人材って、いるようでなかなかいないんですよ」
「はぁ」
「木実さんは見た目絶対主役ってタイプじゃないです」
「ぇ、それは……」 単にディスってるだけじゃ……。
「でも、物語って全員主役じゃお話にならない。でしょ?」
「まぁ」
「それぞれの置かれた立場ってもんがあるって言うか、見せ場があるって言うか……。要するに僕はあなたは中心じゃないところで輝くタイプだと思ったんです」
「……それ以前に俺の気持ちは?」
「はい。お返事をもらえてからの話です。もしOKをいただけてもすぐに俳優として働いてもらうつもりはありません。基礎からしっかりやっていただいて、それからの話です」
「はぁ」
「ウチの事務所はそういうところしっかりしてますから大丈夫ですよ。たとえ見習いの時期でもちゃんと安定したお給料は出せます。一度、考えてはもらえないでしょうか」
「はい。でも突然のことで……動揺してるって言うか、信じられないって言うか……」
「花形ではないですからね。その点は力を抜いてもいいと思います」
「……」
「これで一季君が戻ってくれればワンセットになるんですけどね……」
「ワンセット……ですか?」
「ええ。この間のお二人を見て、いい感じだなと思いまして。ぁ、ワンセットって言っても売り出し方がってことじゃなくて、心の支えって言いましょうかね。同期は必要ですからね」
「はぁ」
「一緒に頑張ってる。そういう存在って案外必要なんですよ。特に次はいつ、なんてなる商売だと自分の立ち位置が分からなくてグラつく。そんなの当たり前ですから」
「……」
「もちろん僕らはそんな役者さんのメンタルも十分に考えられる体勢を……」云々。
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言うだけ言うと答えは急がないと付け加えてマネージャーの清海は帰っていった。その後ろ姿を見送って本当にひとりになると急に腰が抜けたような感覚に襲われる。
「なになに……何、今の話……」
突然過ぎて頭が混乱する。
役者とか、無理だから。
今までそんなこと考えたこともなかった。だけどちょっとだけ憧れはある。でもそれはただの憧れでそれ以上にはならないだろうことも知っていた。そもそもは一季がスカウトされたのがきっかけだったはずなのに肝心の彼がいないのは何故か。
「なんでお前いないんだよ……」
床を見つめながら口にしてみるが、原因ひとつ分からない。
もしかしたら今帰ってくるかも、とか思ってしまうほどに彼のいない生活は味気なかった。
元々いなかったはずなのに、彼のいない生活は寂しい。
帰って来ないから寂しさは増すばかりだ。もう帰って来ないかもしれないのに、それを待つのは辛い。いっそ引っ越ししてしまおうか、とも思うが今はそれだけの余裕もないし、どこかで彼を待っていたいと思ってしまうところもある。気持ちの整理がつかないまま平静を装って日々を過ごす。
「疲れた……」
週明けに残業二時間は体がキツイ。それでも腹は減るので食材を買って家に戻る。明かりのついていない部屋の鍵を開けると重い足取りで土間部分で靴を脱ぐ。後ろ手で玄関ドアのカギを締めるとキッチンテーブルに買ってきた食材の入った袋を置いて風呂の追い炊きボタンを押した。
買ってきたのは鍋の材料。手っ取り早く何かを口にしたい時にはこれが一番だと思えた。鍋に材料をぶち込んで火にかければ勝手に出来上がってくれるから重宝してる。
でもちょっとだけ疲れた体を休ませたい。そんな思いで食卓の椅子に腰かけるとテーブルに突っ伏した。
風呂が沸くまで。目を瞑るとそのまま眠りについてしまうのも分かっているのにそうしてしまう。ウトウトではなくぐっすり寝てしまうような気がしたが止めようがなかった。そしてハッとして目が覚めると慌てて時計を見る。時間はあれから二十分ほど経っているだけだった。立ち上がると同時に風呂が沸いたチャイムが鳴ったので、それに従ってノロノロと風呂に入った。
「あー、腹減ってたんだっけ……」
気が付いたように鍋を作ると口にして腹を満たす。風呂に入って食べるものを食べてしまうと後はもう本格的に寝るだけ。明かりを消して寝室に向かうとベッドに潜り込んで。
「えっ! なっ、何⁉」
ムニュとした感覚に飛び退こうとして一歩引いた時に手を取られて引き寄せられた。
「ギャッ……」
「木実……」
「えっ⁉」
「俺……」
「ぇ、一季?」
「うん……」
「何、ぇ……なになに、どうして……」
「ごめん……。眠い……」
「ぁ、ああ。俺も眠いけど……」
「寝よ」
「ぅ、うん……。まぁ……まあいっか……」
そういえば鍵持ってたっけ……。
などと思いながらも安堵してしまったのと疲れているのが重なって二人して抱き合って眠ってしまった。
明日……早く起きよう……。話はそれからだ。
半分眠った頭でそんなことを思うと口元が緩む。
「良かったよ……」
そう口にして眠りについた木実だった。
しかし。翌日起きたのはギリギリの時間で、隣に寝ていた一季はまだ夢の中だった。だから木実は舌打ちしたい気持ちいっぱいで泣く泣く会社に向かった。
「帰って来るまでいなくなるなよっ」
「ぅ……ん……」
会社に向かいながら自販機でスープを買うとそれを飲みながら駅に向かう。
普段ならこんなにギリギリの電車など乗るはずもなく木実は腕時計で時間を気にしながらの出社となった。髪もボサボサだし、服も昨日と似たような感じがする。それでもどこか気持ちが浮かれているのは、やはり彼が戻ってきてくれたからだろうか。
嬉しい。単純に嬉しい。でもこれて帰ったらいなくなってました、だったら泣くに泣けないよな……。
などと思いながら帰りたい気持ちを抑えて一日仕事をこなした。そして就業時間が終わると残業をパスして急いで家路に着く。
「いや、買い物しないと」
晩飯の材料を何か買っていかないと今日は二人分だし。
いつものスーパーでさっさと買い物を済ますと小走りで自宅に向かう。
家に近づいたところで部屋の明かりが点いているのを確かめると、やっと気が緩んだ。
「いる……」
確認するとやっと安心する。外階段を上りながら顔がニヤついているのが自分でも分かるが止められない。
いいじゃないか、そのくらい。
相手がやっと帰ってきてくれたことにただただ嬉しさを感じる。
「ただいま」
「おかえり」
「夕飯の食材買ってきたぞ」
「いちおう、あるもので出来るもの作っておいたけど……」
「ぁっ……」
見るとガスコンロには土鍋が置かれていて、中には鳥鍋が作られていた。
「旨そう……」
「ホントに⁉ 良かった……」
「うん」
「じゃ、食べよ」
「ああ」
素早く手洗いをして食卓テーブルに着く。向い合せで座ると時間差なしの状態で食事が始まる。
「ポン酢? つゆ?」
「どっちでもいいけど……ポン酢、かな」
「じゃ、俺もポン酢で食おうかな」
勢いよく食べ始めてあっという間に食事が終わる。それから熱いお茶をすすり出して初めて木実は口を開いた。
「何で帰ってきた? てか、何で急にいなくなった」
「ごめん。見つかっちゃって」
「かくれんぼ?」
「……」
「じゃ、ないよな?」
「あーーっと、何から話せばいいのかな」
「いいよ。ゆっくりでも」
「俺と出会ったの、覚えてる?」
「出会いって言うか、ほとんど転がり込んで来たんだよな。俺がゴミ捨て場で拾ったって言うか」
「うん。感謝してる」
「それと関係あるのかな」
「あるような、ないような」
「はっきりしろよ」
「うん。あの……俺ちょっと逃げてたからな」
「何から?」
「うーん。ある組織から?」
「組織?」
「うんまぁ……。俺、親に借金のカタに売られたんだ」
「ぇ、何言ってんの? 今時日本じゃそんなことありえないだろ」
「うん。表面上はな」
「うそだろ?」
「嘘じゃない」
「ぅ、うーん……」
正直どう反応していいのか分からなかった。だから顔を引きつらせているくせに無理して笑おうとして変な顔になっていたと思う。正面に座った一季は湯呑を両手で包みながら俯いてゆっくり話し始めた。
「俺の親は、ぁ、俺親父と暮らしてたんだけど、その親父が仕事でヘマして相手の信用をなくした。で、相手の損失分として俺は親父に売られたらしい。俺は大学行くつもりで支度してたんだけど、実際行ったのは娼館でさ」
「娼館?」
「ああ。知らないだろうけど、高級住宅地の一画にあるんだよ。政治家とか社長とか相手にする宿が」
「うーん」
「俺、そこで男相手にしてた。ケツ掘られてた」
「……嘘」
「嘘じゃない。それしないとどうなるか分からなかった。でもある日気付いたんだ。他の部屋の奴らが知らない間に少しづつ変わってるのを。今までいた奴らはどこに行ってしまったのか。用済みになったら闇に葬られてるんじゃないかと思ったら怖くなって逃げた。でもどこにも逃げ場はなくて……金もないし凄く困った。で、行き倒れになってた時に木実に拾ってもらった」
「そんなの信じられない。てか信じたくない」
「うん。ごめん」
「だから芸能事務所は嫌だったんだ」
「うん。世間に認知されたくなかった」
「……どうしたらいい? 俺に出来ることあるから戻ってきたんだよね?」
「今まで俺、追われてると思っていつも緊張してた。でも見つかっちゃったんだ」
「ぇ、逃げたんじゃなくて?」
「見つかっちゃった。しかも案外偉い人に。で、仕方ないから戻った。木実にまで危害いくの嫌だったし」
「……」
「木実はこんな俺、嫌い?」
「嫌いじゃない。心配してた。いなくなって訳分かんなくて、どうしたらいいか分からなかった」
「良かった……。俺がここに戻って来れたのは、見つかった時に素直に帰ったからなんだ」
「どういう……」こと? と泣きそうな顔をしながら首を傾げる。
「なんか……俺の考えてたのとは結構違ってて思ったよりも良心的なところだった」
「?」
「ほら、俺言っただろ? 部屋の奴らが変わってるって」
「ぅん」
「それ、単に年期が明けたってことらしい。だいたいあそこにいる奴らは俺と同じ状況だから、年期が明けても帰る場所なんかないんだよ。だから引き続きあそこで働くか、誰かが見受けしてくれればそこに行く場合もある。誰もいなくても外に出る奴だって余裕でいるし、スタッフとしてそこで働きだす奴もいるんだって」
「一季は……」
「ここに戻ってくる選択を選んだ」
「うん……」
「つまり俺、年期明けるところだったんだ。早とちりで逃げちゃったけど、ちゃんとボスと話したし、残りの日数もこなしてきた。だから俺、もう逃げなくていいし、帰らなくていい。木実がここにいていいよって言ってくれるなら俺」
「いいよ。いいに決まってるっ。むしろ待ってた。もう、いなくなるなっ」
「うん。ごめんっ」
「一季、あの仕事どうするつもりだ」
「ん?」
「芸能事務所の誘い」
「今までしてきた仕事の都合上、俺あんまり表舞台に立つの駄目だと思う。言っただろ? 俺の相手してきたのは政治家とか社長連中だぜ? 何かと口にして欲しくないことだってあるだろうから、俺は世間に認知されちゃ駄目な人間なんだよ」
「そっか……。まあ最初から乗り気じゃなかったし、もっと堅実な方向で仕事探そうか」
「うんっ。俺、木実みたいに工場がいい」
「ぇ?」
「だってそうすれば休み一緒じゃん?」
「そりゃそうだけど……」
世間が放っておくだろうか。答えは否の方向に傾く。けど、今までの仕事を考えると一季の考えは正しいと思う。一個人が足掻いてもどうにもならない時だってある。そんなこと言ってないと言っても信じてもらえない時のほうが怖い。報復が怖い。波風立たせずに今後の人生を送りたいと一季は思っているんだろうと木実は思った。
「じゃあ正式に断るとして、しばらくは現状維持でいいんじゃないか?」
「現状維持?」
「俺が働いて一季は家のことやりながら」
「ぁ、俺退職金みたいなのもらった」
「へぇ」
「だからもっといいトコに移ってもいいんだけど……」
「お金は大切にしような」
「ぁ、うん。じゃあいざと言う時のために取っておこうかな」
「それがいい。で、いくらもらったんだ?」
「一千万くらい?」
「えっ‼」
「他にもお客からのチップでオンラインバンクに一億とかあるらしい」
「らしいってお前……」
「どっちも数字しか見てないから、あんまり信用してないんだけどね」
はははっと笑う一季に素直に笑えない木実だった。
〇
日を置かずにまたあのマネージャー・清海が訪れていた。
今回は一季もいたので良かった良かったと嬉しそうに反芻していたが、仕事の話になると顔つきが変わった。
「最初は付き人からとか、どうですか? 普通の仕事よりもいい自給出せますよ」
「いえ。俺は正式に断らせてもらいます」
「ぇ、どうしてですか⁉ 自給ちゃんと出ますよ⁉」
「そういうんじゃなくて、俺全面的に芸能界ってのに関わりたくないって言うか」
「どうしてですか⁉ 前はそんなこと言ってなかったのに」
「ちょっと事情がありまして、芸能界の仕事は遠慮しておこうと決めました」
「どうしてですか。木実さんだって俳優さんとしての勉強していただこうと思ってましたのに」
「ぇ、そうなの?」
「話はいただいたけど、俺はとてもとても」
「そんなことないですって」
「俺の話はいいですから、一季と話してください」
「木実、木実にも話来てたの⁉」
「いや、俺の場合は一季を繋ぎ止めるためだけのスカウトだから」
「そんなことありませんよ⁉ 木実さんは木実さんでいい役者になれると思いますし」
「でも本人にその気がなければ、いくら素質があったとしても無理ですよね?」
「それは……そうですけど……」
言いながらも分が悪いと判断した清海は「この程度では諦めませんよ」と口にして立ち上がった。
「また、折を見て伺います」
「はぁ。でももう俺たち全然興味ないですから」
「いえ。そんなことないと思いますっ。また来ます。失礼します」
「……ご苦労様」
清海がいなくなってから二人して顔を合わせる。
「どうする? あの分だとなかなか諦めてくれそうにないよ」
「でも……俺、やっぱり芸能界は無理だから」
「分かった。じゃあ今後も拒否の方向でいこう」
「ごめんね、手間かけさせて」
「ほんとに。ヘタに顔がいいと苦労するよな。風呂、入ろうか」
「うん。背中流す」
「頼もうかな」
「任せろ」
〇
「じや、明かり消すぞ」
「うん」
ひとつの布団で向かい合って横になる。抱き合って寝ないととてもじゃないが満足に布団に入り込めない。だから必然的に抱き合う形になるのだが、一季が遠慮がちに聞いてきた。
「あのさ……」
「なに」
「木実、俺のこと嫌いにならないの?」
「ぇ、何で?」
「だって俺……男に掘られてたんだぜ?」
「俺、そういう趣味ないから大丈夫」
「いや、大丈夫じゃないって」
「なにが?」
「だって俺の方がその気になったら……」
「……その気なのか?」
「うーん。……あのさ、疑問」
「なに」
「木実って極端に淡泊?」
「普通」
「でも俺、一緒にいる時オナってるの見たことない」
「そういえばしてないかも」
「……」
「え、変?」
「健全な男なら週に二、三回してもおかしくはないよね?」
「あーー。疲れてんのかな……。そういえばしてない」
「俺、解消法知ってるって言ったら?」
「なに? そんなの解決できるの知ってるの?」
「……知ってる。でも」
「ん? でもなに?」
「きっとやったら怒る」
「ぇ、やってみないと分かんないよね?」
「だったら、やってみてもいい? これ、絶対に解決するから」
「そう?」
「いい?」
「信じよう」
気を許したらこれ、と言うようなことってあると思う。それが今木実の元にきていた。
「ぇ、……ちょっ……なにするっ……んっ、ん」
木実は下半身をスルッと脱がされると、あっという間に股間のモノをしゃぶられていた。口に含まれて舌で転がされると甘噛みされたり吸われたりしながら脚を大きく割られて尻肉を広げられ秘所を晒された。一季は木実のモノを口に含んだまま何かを言ったのだが、置かれた現状を把握するのに精一杯な木実のほうは顔を真っ赤にするばかりだった。やがて一季の口から垂れた汁が秘所を潤し、知らない間に指が入り込んでくる。
「ぇ……ぁっ……一季っ……な……んで?」
「入れるね?」
「ぇ、ちょっ……待って。俺、そっちは」
「経験ないって言うんだろ? 大丈夫、俺がついてるから」
「そういうんじゃ……あっ、あっ、あああっ……んっ、んっ、んんっ」
「俺さ、入れられてたからよく分かる。木実の気持ちいいトコ聞かなくてもちゃんと分かるし、これからは俺がしっかりそういうの管理していくから、安心して」
「ぇっ……? あっ、あんっ……んっ、んんっ、んっ」
アッと言う間にいいトコを突かれて一季の手の中で射精してしまう。木実は何が何だかよく分からない内に一季の生身のモノを体内に入れて、その熱さや硬さ、しなやかさなどを感じて戸惑っていた。
「ああ……それにしても……木実の中は熱くて柔らかくて、スゲー好きかも……」
それに答えるだけの言葉が今見つからない。
つまりあっぷあっぷな状態で息の吸い方や吐き方を忘れてしまいそうな、そんな感じだった。風になびく木の葉のように体が揺れる。中で何とも言えないモノが出し入れされる。初めての感覚に必死になって相手にしがみつく。抱き締められながらも挿入は相変わらずで、知らぬ間に涙まで出てしまいながら彼の首元に顔を埋めた。
「ああ……もうすぐ。もうすぐ俺も昇天するっ」
ぐちゅぐちゅと卑猥な音が繋がっているところからひっきりなしに聞こえてくる。
こんなに簡単に挿入されてしまい出し入れされるたびに感じてしまっているのが自分でも信じられない。一季が言葉を吐いてから腰を数回動かしたかと思ったら中に勢いよく射精する。木実はたっぷりと腹の中に精液を注がれて無意識に自分のモノをしごいていた。
「うっ……ぅぅぅっ……ぅっ、んっ……ん」
「木実っ……さいこぅっ……」
また出るの? としごいているのを見つめられて尻を突き上げられると、うっとりとした表情で二度目の放出をしていた。
「……ぅぅぅっ……ぅぅ」
〇
「お前……何してくれるんだよ」
不意打ちの性行為にやっと正気を取り戻した木実は、彼に肩を抱かれながら横たわりちょっとムッとしていた。
「ぇ、ムラムラ度の回復ってか性欲の調整って感じ? これからは任せて」
「いつ俺がケツに突っ込んでって言ったよ」
「怒んないって言ったよね?」
「そ……れは、そうだけど」
「俺のいる意味、考えて。俺は木実のところに戻りたかった。木実も俺がいない間寂しかったよね?」
「まあそうだけど……」
「だったらやっぱり。俺の存在意義はこれだよ」
「また勝手なことを」
「いやこれ絶対だって。だって木実だって二回も昇天してるし」
「そ、それは……だな」
「気持ち良かったでしょ?」
「初めてだから分かんないよっ」
「でも俺しか経験ないのにこれって、かなり相性いいと思う。俺もこっちのほうが向いてるんだって今分かったし」
「……」
「も一回する?」
「やめろ。明日会社行けなくなるから」
「分かった。ふふふ」
改めて抱き締められて頬ずりされると怒れなくなる木実だった。
これが正解かどうかは分からないけど……、とりあえず彼が帰ってきてくれたんだから良しとしよう。
これからは二人でいられるんだから。
終わり
20240402
タイトル「ゴミ捨て場で美青年を拾ったモブの話」
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