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体格差を思い知らされる
しばらくしてペットボトルの水を持って戻ってきた直己さんはそっと僕を抱き起こしてくれて、溢さないようにゆっくりと飲ませてくれた。
コクコクコクと一気に半分ほど飲み干すと、身体中に水分が行き渡っていくのがわかった。
「ふぅ……おいしぃ」
「ふふっ。よかった」
「すみません、何から何までありがとうございます」
「いや、それはいいが……明日からはあまり無理はしないようにな。掃除や洗濯はお願いすることになるだろうが、買い物は私と一緒に行こう。これから暑くなるのに、1人で荷物を持って歩くのは大変だからな」
今日は特に買い込んでしまっただけで、いつもだとそこまで大変なことにはならない気もするんだけど……まぁ、真夏はちょっときついかもしれないけどな。
それにしたって、直己さんを荷物持ちに使うのはどうも気が引ける。
「でもそれじゃあ、お忙しい直己さんにかえって迷惑なんじゃ……?」
そう断ろうとしたけれど、
「迷惑なんてあるわけないだろう? スーパーはこれまであまり縁がなかったが、佳都君がどんなふうに食材を選んでいるのかも良い市場調査になるからな。これもまぁ何かの仕事に繋がるよ」
なんて言われれば、どう返して良いのかもわからない。
「そう、なんですか……? まぁ、それなら……はい。確かに1人で運ぶのは大変だったし、それに田之上さんにお願いするのもちょっと気が引けたので……」
「田之上くんに? どういうことだ?」
「実は、今日いっぱい買いすぎてふぅふぅ言ってたら、マンションからサッと出てこられて持つのを手伝ってくださったんです。手伝ってというか、結局全部持ってくれて玄関の荷物置きまで運んで下さって……それで、重いものを買うときは家に届けますからって仰って下さったんですけど、買い物なんかでそんなお願いするのはどうも気が引けて……」
「そうか。なるほど。よくわかった。じゃあ、買い物はやっぱり私と行こう。週末に一緒に行ってまとめ買いをして、平日の細々 とした軽いものだけ佳都くんにお願いするとしよう」
こんなに雇い主に手伝ってもらったりして良いのかなと思いながらも、疲れすぎて迷惑かけちゃったのは本当だし、無理してまた迷惑かけることになれば目も当てられない。今度こそクビになっちゃうかもしれないし、ここはちゃんと直己さんのいうことを聞いておかないとね。
「はい。わかりました。それでお願いします」
「よし、じゃあそれで決まりだな。身体もまだ本調子じゃないだろうし、佳都くんはもう休んだ方がいい」
「はい。ありがとうございます。じゃあ、トイレだけ行ってから……」
そう言ってベッドから下りようとして、ふらっと倒れそうになってしまった。
「わっ――! えっ」
そのまま床に落ちそうになる前に、大きなものに抱き込まれた。
「まだ本調子じゃないって言ったろう? トイレなら、私が連れて行こう」
そう言って、軽々と僕を抱きかかえてくれた。
えっ……これって、いわゆる……お姫さま、抱っこってやつ……?
うわーっ、直己さんの顔がすっごく近いんだけど……!
「ぃや……っ、あの……自分で、いけますから……」
「今無理したら明日も起きられないかもしれないぞ」
「う――ぅ、お願い、します……」
そう言われたら大人しく抱っこされるしかなく、恥ずかしいなと思いながらお願いすると、直己さんはなぜかニコニコと上機嫌でトイレに連れて行ってくれた。
流石に中までは入ってこなかったからホッとしたけれど、よく見ると僕は直己さんのパジャマの上しか着てない……。
太ももの真ん中よりも長く裾があるから下着は全然見えないけど、どうりでさっき抱っこされた時に足がスースーすると思ったんだよね。
お姫さま抱っこされたのにびっくりして見落としてたけど……。
でもなんで上だけだったんだろうな……と一瞬思ったけど、理由はすぐにわかった。
上だけで裾がこんなになるほど大きいんだ。
ズボンを穿かせてもらったところで長すぎて歩けないに決まってる。
ゔぅ……っ、なんだか、直己さんとの体格差を思い知らされたようで複雑な気分だ。
一応僕も大人の男なんだけどな……。
まぁ、軽々抱っこされちゃったけどさ。
終わったらまた寝室まで抱っこされて連れて行かれて、もう軽々と抱っこされすぎて抵抗するのが無駄だと思ってしまうくらいだ。
抱っこされて思ったけど、直己さんって思ってた以上に筋肉質なんだな。
余計な脂肪なんか一切なくて、つくべき場所に綺麗な筋肉がついてて……僕の理想通りの体型してる。
僕は筋肉がつきにくくて、食べても全然太らないし……なんでこうも違うんだろうな。
「――っ!」
思わず近くにある胸板に手を当ててしまって、直己さんの身体がピクリと震えた。
「あっ、ごめんなさいっ。つい……」
「いや、いいよ。突然だったから驚いただけで。どうしたんだ? 何か気になったか?」
「いえ、綺麗な筋肉してるから羨ましいなって思ったら、つい触ってみたくなって……」
「ふふっ。そうか。そんなことなら、いつでも触ってくれていいよ。別に気にしないから」
どうぞ、どうぞと言われてるとそれはそれで恥ずかしい気もするんだけど……。
「あの、じゃあ……今度ゆっくりと触らせてください……」
断るのも勿体無い気がして、直己さんを見上げながらそういうと、
「あ、ああ。いつでもいいよ」
と目を逸らしながらそう言ってくれた。
あれ? やっぱりこれって社交辞令、ってやつだった?
「あ、あの……」
「ほら、佳都くん。今日はゆっくり寝て身体を休めたほうがいい」
急いでさっきの言葉を取り消そうとしたけれど、すでに寝室についてしまっていて僕はベッドに寝かされて、優しい言葉をかけられていたのでそのまま
「あ、はい。おやすみなさい……」
というしかなかった。
あーあ、今日は一日失敗ばっかりだったなぁ……。
そう思いながら、僕はそのまま眠りについた。
朝、目覚めると隣には直己さんがいて昨日と同じくギュッと抱きしめられていた。
ほんとペットだな、僕は。
でも、直己さんがベッドに入ってきたのも気づかなかったし、よっぽど熟睡しちゃってたんだな。
そのおかげか、頭もスッキリしてる。
僕は、抱きしめられている腕をゆっくりと離して寝室から出た。
自分の部屋に入り、時計を見るとまだ6時前。
いつも起きてる時間だから、目覚ましなくても起きられたことに感謝しつつ、ああ、寝坊せずによかったと思った。
これなら朝食とお弁当作りはなんとか間に合いそうだ。
急いで借りていた直己さんのパジャマを脱ぎ、自分のTシャツとズボンに着替えた。
サイズがピッタリでこっちが着やすいはずなのに、直己さんの大きなパジャマじゃなくなったことになんとなく寂しさを感じてしまった。
って、なんで?
よくわからなくなってきた自分の気持ちにモヤモヤしながら、僕はキッチンへと向かい朝食の支度を始めた。
昨日はなんの支度もせずに寝ちゃったからな。
今朝は何にしよう……。
うーん、昨日卵をいっぱい買ったし、オムレツにしようかな。
よし、じゃあ朝は昨日買っておいた食パンで洋食だ!
朝食が決まれば次はお弁当。
まずはお弁当用のご飯を水につけている間にお弁当のおかずを考えよう。
安い鶏肉を買っておいたから、それで唐揚げとアスパラのベーコン巻き、それからほうれん草の胡麻和えと、やっぱり彩りで卵焼きとミニトマトは欲しいよね。
今日はおにぎりにしちゃおうかな。
よし、メニューも決まったしさっさと作ろう!
そこからはバタバタと怒涛の勢いで作り始めて、完成したのはもうすぐ7時になろうかという頃だった。
ああ、よかった。
間に合った〜!!
急いで直己さんを起こしにいくと、ぐっすり眠ってる。
ふふっ。
やっぱり無防備な直己さんは可愛い。
「直己さ〜ん! 起きてください、7時ですよ〜」
昨日と同じような声かけで起こすと、今日は昨日みたいな戯れもなくゆっくりと目が開いた。
「うん? おはよう。佳都くん、体調は大丈夫か?」
朝の挨拶も早々に僕の体調を気遣ってくれる直己さんの優しさに嬉しくなりながら、
「はい。おかげさまでバッチリです! もうご飯できてるので起きてきてくださいね〜」
と言って寝室を出た。
すぐに起きてくれてよかったと思いながら、今朝は昨日みたいにチューされなかったな……と思ってしまう自分がいて、なんとなく変な気分になってしまった。
なんだろう、僕……ほんと、よくわかんないな。
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