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一緒にいてもらえますか?
「ふふっ。これでいい」
「ひ、平野さん……あの……お願いです。外してください!」
「静かにしろって言っただろ。まぁ廊下の電気は消してきたし、ここに俺たちがいるなんて誰も知らないから誰も助けになんて来ないけどね」
「な、なんで、こんなこと……」
「君が悪いんだよ、ずっと目をかけてやってたのに。勝手に恋人を作ったりするから」
「恋人? 僕、そんな人、いません!」
「嘘をつくなっ! 俺はこの目で見たんだ。君が夜遅くにアパートに若い男を連れ込んでるのをな」
夜遅くにアパートにって……もしかして直己さんと荷物を取りに行ったあの時の?
「ちが――っ! あの人は恋人なんかじゃ――」
「うるさいっ! 黙れっ! あんな奴に取られる前に私のものにしてやるんだ!」
「やぁ――っ! 止めっ――!」
目をギラギラと光らせ、僕を床に押し倒すと、平野さんは僕のシャツをビリビリっと引き裂いた。
彼の眼前に僕の半裸が晒され、平野さんがニヤリと笑いながら舌なめずりして見せる。
そのニヤついた笑みのあまりの気持ち悪さに全身に鳥肌が立つ。
「やめ、て……、近づか、ないで……」
手も動かせない状態で必死にもがくけれど、どうにもこうにもできない。
「逃げられるわけないだろ、馬鹿だな」
ククッと笑いながら平野さんの手が僕のズボンのベルトにかかった瞬間、ものすごい勢いで扉が開かれ廊下から差し込む眩い光と共に
「やめろっ!!!」
という怒鳴り声が響き渡った。
その声に驚いて平野さんが振り返ると、そこにいたのは教授だった。
「きょ、教授……あの、どうしてここに……?」
「それは私の方が聞きたいな。君はこんなところで学生相手に何をやっているんだ?」
「いや、こ、これは、ちがっ、違うんです! その、彼に誘惑されて……ここに呼び出されたんです! それで、その……お仕置きを――」
「ふざけるなっ!!!!」
突然怒鳴り声が聞こえたと思ったら、平野さんは
「がはっ!!!」
と呻き声をあげ、僕の左側へと吹き飛んでいった。
そして、床に倒れたまま全く動かない。
なに? 何が一体起こってるの?
そう思ったとき、目の前に見えたのは――
直己さんの姿だった。
「佳都くん、大丈夫か?!」
「な、おき……さん」
「ああ、もう大丈夫だ。私が来たから心配いらない」
そういうと、直己さんは縛られていた紐を急いで外してくれて、シャツをビリビリに引き裂かれて露わになっていた僕の身体を隠すように着ていたジャケットをさっと脱ぎ僕にかけてくれた。
「汗臭いかもしれないがそれをかけていてくれ」
直己さんはそう言って僕を抱き上げると、
「如月 教授、あとはお願いしてもいいですか? 彼を急いで病院に連れて行かないと」
と言うと、教授は腕に抱かれている僕にさっと視線を向け穏やかな笑顔を見せた。
「ああ、そうしてやってくれ。ここは私に任せなさい」
「ありがとうございます。ではよろしくお願いします!」
直己さんは教授に頭を下げ、急いで資料室を出て行った。
この騒ぎを聞きつけたらしい警備員さんが僕たちに駆け寄ってくるのが見えて、
「佳都くん、ちょっと話する間だけごめんな」
とジャケットを顔まで上げて隠してくれた。
僕にはその配慮が嬉しかったし、それに直己さんの匂いがすごく感じられてホッとした。
ジャケットをかけられているからよく聞こえなかったけれど、あの部屋に犯人がいるから警察にという言葉だけは聞こえた。
ひとしきり説明をしてから、
「詳しいことは資料室にいる如月教授にお聞きください。何か連絡があればこちらに」
と僕を抱きかかえたまま、片手で名刺を渡しているようだった。
「誰かに見られたら嫌だから、駐車場までそのままで居てくれ」
「わかりました」
と答えた声は小さくて直己さんに聞こえたかどうかわからなかったけれど、頭を服越しにそっと撫でられたからきっと聞こえたんだろうと思う。
エレベーターを降り駐車場に着くと、直己さんは一台の車に僕を抱きかかえたまま乗り込んだ。
「出してくれ」
「はい」
もしかしてタクシー?
そう思っていると、直己さんが顔を隠していたジャケットをそっと下げてくれた。
「佳都くん、大丈夫か? すぐに病院に行くからな」
「あ、でも特に怪我は……」
「腕に縛られた痕もあるし、暴行を受けたんだから診断書を取っておいた方がいい」
暴行という言葉に思わず身体が震えた。
「ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだが……」
僕の震えに気づいて直己さんがギュッと抱きしめてくれてホッとする。
「いえ、あの、大丈夫です。直己さん……助けてくれてありがとうございました。でも……どうして僕があそこにいるってわかったんですか?」
「実はね、今日はいつもより少し早く仕事が終わったから君にメッセージを送ったんだ。でも何度送っても既読にはならないし、電話しても取らないし、昨日のことがあったから急いで家に帰ったらリビングに佳都くんのスマホが置きっぱなしになっていたから七海に電話したんだ。そうしたら、手伝いを頼まれていた佳都くんの手伝いに行こうとしたら、助手の男に佳都くんはもう終わって帰ったって言われたらしい。君がまだ帰ってないって言ったら、七海も驚いていてね、それで急いで大学に迎えにきたんだよ」
話をしながらも僕が怖がらないようにと抱きしめていてくれる直己さんの優しさがすごく嬉しい。
「如月教授の部屋に行ったら、教授はいらっしゃったが君の姿がなかったんだ。それで七海から聞いた話を教授に伝えたんだが教授は何も知らないと仰ってね、入り口の守衛は君の姿をまだ見ていないと言っていたから、大学にいるのは間違いないと思っていたし、それで教授と一緒に資料室に行ったら、君とあいつの声が聞こえたんだ」
「そう、だったんですか……」
「君を助けられて本当によかった」
「僕……声出したら、殺すって言われて、本当に怖かったんで……直己さんが来てくれて、本当に嬉しかったんです……」
「そうか、怖かったな。もう大丈夫だからな」
あの時の恐怖はすぐには忘れられそうにはないけれど……でも、直己さんの『大丈夫だよ』という言葉は僕を安心させるには十分だった。
しばらく走って車が止まったのはある病院の前。
タクシーだと思っていた車はどうやら直己さんの会社の車だったようで、運転手さんがさっと降りて扉を開けてくれた。
「車を動かして待機しててくれ」
直己さんは運転手さんにそう指示をして、僕を抱きかかえたままスタスタと病院へと入っていった。
「あの、ここは……?」
「友人がやっている病院だから気にしないでいい。もう診療時間は終わっているから、誰にも会わないよ」
いや、そんな時間に行ってもいいの? と思ったけれど僕に尋ねる勇気はないまま、直己さんは診察室へと入っていった。
「さっき連絡した通りだ。すぐに診察を頼む」
「そんなに急ぐな。まずは話を聞いてからだ。彼をそこの椅子に座らせて」
そう言われ、直己さんは僕を抱きかかえたまま一緒に椅子に座った。
「綾城、心配なのはわかるがお前が一緒だと話せないこともあるんじゃないか?」
「佳都くん、そうなのか?」
えっ? 急に2人から視線を向けられてびっくりするけれど、別に聞かれて困ることは何もない。
それに今、お医者さんとはいえ知らない人と2人でいるよりは直己さんがいてくれた方が安心する気がする。
「あの、僕……直己さんが一緒にいてくれたほうが……あの、一緒にいてもらえますか……?」
「――っ! あ、ああ。もちろんだよ。悠木 、彼もこう言ってるから」
「ふーん、なるほどね。わかった。君がいいならそうしよう」
悠木と呼ばれた先生はにっこりと穏やかな笑みを浮かべながら、僕に質問していった。
いくつかの質問に答えると、先生は机に向かってさらさらっとメモを取り、
「わかった。答えてくれてありがとう。じゃあ、次はちょっと身体を見せてもらおうかな」
と言って僕の方を向いた。
その瞬間、平野さんにシャツを引き裂かれた時の恐怖が一気に押し寄せてきて、血の気が引いていくのがわかった。
「佳都くん! 大丈夫か?」
力無く直己さんにもたれかかると、直己さんは焦ったように
「悠木、悪いが少し横になれるところを貸してくれ」
と先生に頼んでくれた。
隣の部屋を使っていいと言われて、僕はすぐにそこに連れて行かれた。
直己さんが僕をそこに寝かそうとしたけれど、僕は直己さんから離れる方がかえって落ち着かない気がして、
「お願い……今は、まだ離さないで……怖い……」
と頼むと、直己さんは一瞬驚いていたものの、
「ああ、わかった。離さないから安心してくれ」
とギュッと抱きしめたまま、ベッドに腰を下ろした。
壁に背中を当て、長い足を伸ばした直己さんの膝に乗せられ身体を預けていると、耳元で直己さんの鼓動が聞こえる。
それを聞いているとだんだんと落ち着いてきた。
「ごめんなさい……さっきはなんだか怖くなって……」
「いいんだよ。佳都くんが気にすることじゃない。無理しなくていいよ」
直己さんはそう言ってくれたけれど、このままだとずっと怖くて何もできない気がする。
だから僕は意を決して恐怖を感じた理由を話すことにしたんだ。
「平野さん……直己さんを、その……僕の恋人だって勘違いしたみたいで……、それで直己さんに……取られる前に、俺のものにしてやる、って……服を破かれて……あの時の、目が……平野さんの目が怖くて……それで……」
話しているうちにどんどん怖くなってきて、ガタガタと身体を震わせていると、
「そうか、わかった。よく話してくれたな」
と優しく抱きしめて頭を撫でてくれた。
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