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至れり尽くせり介護されて……
脱衣所で一旦下ろされて、服を脱いだらタオルを腰に巻いておくようにと言われ、その通りにした。
もしかしたら直己さんも一緒に入ったりとか……?
と思ったけれど、直己さんは袖とズボンの裾を捲るだけで準備を終えたようだ。
本当に介助みたいなものか。
少しホッとしながら、
「直己さん、準備できました」
と声をかけると、お風呂場へと手を引いて連れて行ってくれた。
「佳都くん、ここに座って」
洗い場に置かれた椅子に腰を下ろすと、
「髪から洗うね」
と声をかけられた。
「あ、髪なら自分で……」
「うーん、多分無理だと思うよ。腕、少し上に上げてごらん?」
そう言われていつものように髪を洗う感じで腕を上げようとすると
「――った!」
背中にズキズキと痛みが走った。
「ねっ? 言っただろう? ちょうど肩甲骨の辺りを打ち付けてるんだ。だから腕を動かすと痛いんだよ。髪を洗うのは私に任せなさい」
「はい。お願いします」
僕がそういうと鏡越しに直己さんが嬉しそうに微笑んだのが見えた。
直己さん、髪洗うの好きなのかな?
とっても嬉しそうだ。
「どうだ? 強すぎないか?」
「いえ、すごく気持ちいぃです……」
「――っ! そ、そうか。ならよかった」
直己さんの指の動きは滑らかで頭皮を優しく撫でられているようですごく気持ちがよかったから洗い終わって泡を流された時、少し淋しいくらいだった。
「じゃあ、次は身体を洗おう。私は背中に刺激を与えないようにゆっくりと洗っているから、佳都くんは前を洗って」
「は、はい」
もしかしたら前も直己さんに洗われちゃうのかと思っていたから、ホッとした。
僕は柔らかなタオルに泡を撫で付け、首や腕、胸を洗っていく。
下はどうしようかと思って鏡越しに直己さんを見ると、真剣な表情で丁寧に背中を洗ってくれているのが見えて、これならタオルを外しても見えないだろう。
その隙にさっと洗っちゃえばいい。
よし、と意気込んで僕は腰で結んだタオルを外し、ささっと泡をつけて洗い始めた。
だけど、
「佳都くん、洗い終わった? シャワーで流していい?」
と耳元に顔を近づけられて、思わず
「うわぁーーっ!」
とあたふたと前を手で隠しながら大声を上げてしまった。
「あっ! ごめん、ごめん」
慌てたように顔を逸らす直己さんを見て、
「す、すみません。驚いてしまって……」
謝ったけれど、
「いや、私こそ配慮が足りなかったな。悪かった」
と逆に謝られて申し訳なく思った。
僕は急いで腰にタオルを結び、
「もう大丈夫です」
と声をかけると、ホッとしたようにこちらを向いてシャワーをかけてくれた。
背中の打ち身が全然痛く感じないのは直己さんがシャワーから出てくる湯を一度手で受け止めてくれていうからだと気づいて、こんなに優しくしてくれる人にあんなに騒ぎ立てて本当に悪かったなと自己嫌悪に陥ってしまった。
「さぁ、あんまり温めすぎるのも良くないからそろそろ上ろうか」
「はい。あの、さっきは大きな声出したりしてすみませんでした」
「ああ、いいんだよ。私が悪かったんだ。佳都くんくらいの年の子は人に裸を見られるの慣れてないだろう? 恥ずかしくて当然だよ」
「いえ、あの、僕……実は銭湯とか温泉とかも行ったことなくて、誰かと入るのも初めてで……。今まで誰にも言ったことはないんですけど、実は昔、トイレで隣にいた人に覗き込まれてから、それからずっと誰かに見られるのが怖くて……」
そう、あれは中学1年生の時……商業施設のトイレでいっぱい空いているのにわざわざ僕の隣に立ったおじさんが覗き込んで僕を見ながらニヤリと笑ったんだ。
あの時のゾワゾワと感じた恐怖は今でも忘れない。
今日僕を見つめる平野さんの笑みがあの時のおじさんと重なって、それで余計怖くてたまらなかったんだ。
それを思い出して、身体を震わせていると、
「そんなことが?! くそっ!!」
と本当に怒りに声を震わせながら直己さんがそっと抱きしめてくれた。
「な、直己さん?」
「ああ、いや悪かった。嫌なことを思い出させたな。もう佳都くんに嫌な思いは絶対にさせないから安心してくれ」
自分の服が濡れるのも厭わずに、濡れたままの僕を抱き寄せて優しく抱きしめてくれて、僕はなぜか恐怖よりも安心したんだ。
タオル一枚のほとんど裸な状態なのに、直己さんには恐怖を感じなかったのが僕には不思議でたまらなかった。
そのまま僕を抱き上げ脱衣所で濡れた身体を綺麗に拭ってくれて、着替えまでしてくれた。
あまりにも流れるようなその手際の良さに驚いている間に、僕はリビングへと連れて行かれた。
さっきと同じように抱き枕を抱いたままソファーに寝かされたのと同時に、ちょうどいいタイミングでデリバリーの食事が届き、直己さんがささっとダイニングテーブルにその食事を綺麗に並べてから僕を連れてダイニングへと行ってくれた。
椅子の背もたれに背中が当たるといけないからという理由で、直己さんの膝に横抱きに座らされたまま、
「佳都くん、どれから食べる?」
と尋ねられた。
目の前に広がる見たこともないような豪華なオードブルに思わず喉が鳴る。
全て一口サイズの小さなレンゲのようなものに乗せられていて、
「じゃあ、これ……」
と手を伸ばしそれを取ろうとすると、直己さんがさっとそれをとり僕の口へと
「ほら、あーん」
と運んでくれた。
差し出された料理があまりにも美味しそうで抗うこともできずそれをパクッと口に入れた。
「うわっ、美味しいっ!!」
「ふふっ。よかった。なんでも好きなものを食べてくれ。次はどれにする?」
「じゃあ、これ!」
促されるがままにこれ! というだけで直己さんが僕の口に料理を運んでくれる。
まるで雛鳥の餌付けのようなそれがおかしなことだとも思う暇もなく、僕は美味しい料理にお腹を満たされた。
「ふぅー、もうお腹いっぱい」
「佳都くん、よく食べてくれたね」
「だって、すごく美味しかったですよ」
「ああ、そうだな。だが、私はやっぱり佳都くんの料理が何よりも美味しいよ」
「そんな、直己さん……お世辞でも嬉しいです。ありがとうございます」
「お世辞じゃないんだけどな。まぁ、いいや。食べてすぐ寝るのも消化に悪いから、ソファーでゆっくりしてて。その間、ちょっと私は仕事があるから。背中に刺激を与えないように気をつけるんだぞ」
「わかりました」
直己さんは僕の返事に頷くと、ソファーまで連れて行ってくれた。
目の前のテーブルには僕のスマホが置かれたままになっている。
そうか、ここに忘れてったんだ。
そっとスマホを手に取ると、翔太からも七海ちゃんからも、そして直己さんからも山のようにメッセージと着信が入っている。
七海ちゃんにこんな時間にメッセージを送るのはダメだな。
翔太に連絡しておけば、七海ちゃんにも伝えてくれるだろう。
そう思って、僕は翔太にメッセージを送ることにした。
<翔太! 心配かけてごめん。いろいろあったけど、今は無事に家にいるよ。心配しないでね。レポートは書けた?>
これでよしっと。
スマホをテーブルに戻そうと思ったらすぐにピリリと音が鳴った。
えっ? はやっ!
まさか翔太じゃないよね? と思って画面を見たけどやっぱり翔太。
慌ててメッセージを開くと
<こんな時に俺のレポートの心配なんかすんな! いろいろってどうしたんだ? まだアパートの電気点いてないみたいだけどいつの間に帰ってきたんだ? もう寝てるのか?>
といつも簡潔に一言メッセージの翔太にしては珍しく長文が返ってきていた。
翔太の住んでいるアパートとは目と鼻の先で、翔太の部屋から僕の部屋の明かりがついているかどうかがわかるんだ。
<いろいろありすぎてメッセージには書けそうにないから、今度会った時にでもゆっくり話すよ。今日はアパートには帰ってないんだ。七海ちゃんのお兄さん家に泊めさせてもらってる。だから心配しないで>
平野さんのことはまだ自分でも気持ちの整理がついてないんだ。
とりあえず今は大丈夫だよと言いたくてメッセージを送ると、まだすぐに返信がきた。
<そうか。わかった。今日はゆっくり休めよ。七海の兄ちゃん家にいるなら安心だろうけど、一応気をつけるんだぞ>
???
気をつけるって何に?
よくわからないけど、とりあえず、
<わかったよ、ありがとう>
とだけ返しておいた。
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