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第32話

「私は……」  既に父は知っているだろうに、アシェルは幼子のように言葉を探しては気まずげに視線を彷徨わせる。  この家から逃れたい。ウィリアムやメリッサから離れたい。その気持ちに変わりはないが、本邸を出る日が近づくほどに、この逃げ出したくなるほど荒れ果てた本邸に父やじぃを置いていくことへの罪悪感が募った。 「わたし、は――」 「構わん」  言葉を探して、探して、それでも何一つとしてふさわしくないように思えて唇を震わせたアシェルの言葉を、父は少し掠れた声で遮った。 「もとより、ウィリアム以外の子らは嫁や婿として、いずれ家から出すと生まれた時より決めていた。その考えを変えるつもりはない。例えお前が足を負傷した今であってもだ」  社交界を重んじる貴族としては、舞踏会で踊ることのできぬアシェルを婿にと望む者は皆無に等しいだろう。いかに侯爵位たるノーウォルトと姻戚関係になれるとはいえ、アシェルとの結婚は利益よりも損失の方が多い。それがわからぬ父ではなかろうに、頑固な父は考えを変えるつもりはないというのか?

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