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第75話
「せっかくですが、ようやく結婚の許可を貰えた婚約者を今日は一秒たりとも放っておきたくないのです。どうか私の我儘をお許しください。あぁ、あなたをダンスに誘いたいとあちらの伯爵がずっとこちらを見ていますよ」
ルイが〝婚約者〟と口にしてダンスを断った瞬間に、可愛らしいご令嬢は物語に出てくる魔王のような鋭く恐ろしい視線をアシェルに向けたが、すぐに自分を誘いたいと思っている伯爵を紹介されて、照れたように微笑みながら満足げに伯爵の手を取って中央の方へ向かった。
向けられた一瞬の視線は恐ろしいものであったが、それよりも躊躇いなく微笑みさえ浮かべてご令嬢をあしらったルイの姿に、アシェルは〝流石は公爵。慣れてるな〟と妙な感動を覚える。
「今、何かすごく私にとって残念なことを考えていませんか?」
音楽が鳴り始め、相手の手をとってクルクルとドレスの裾を膨らませながら踊る令嬢を眺めていれば、クルリと振り返ったルイがニコニコと笑みを浮かべながら妙な圧をかけてきて、アシェルは思わずビクリと肩を震わせる。
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