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第229話
呆然としていれば、朝の支度を手伝うためだろう使用人が入って来て、鏡の前に立つアシェルの姿に視線を彷徨わせ、どう声を掛けたら良いのかわからないのだろう、朝の挨拶も忘れて立ち尽くしていた。その姿に、どうやら自分の目がおかしくなったわけではないことを知るが、だからといってどうすることもできない。
結局、しばらくして何も言わず常を装うと決めたのだろう使用人の手を借りながら、黒のズボンとシャツに着替え、白くなった髪は黒いリボンでひとつにまとめた。朝食の席に姿を見せれば、やはり家族はアシェルの真白な髪に気づいていたのだろう、特に何を言うこともなく異常なほどテーブルを見つめていた。
連日続く異常事態に、皆の心も疲れていたのだろう。重苦しい無言の中朝食を摂り、皆がカトラリーを置いたのを見計らって父が淡々と今後の予定を子供たちに告げる。子供の立場であるアシェルとフィアナは多くをする必要はないが、それでも落ち着いていられたのは朝食の時だけで、それからはいつも以上にバタバタと動き回った。
侯爵夫人であったミシェルの葬儀には、多くの弔問客が訪れた。親しくしていた王妃も、息子のラージェンを伴って訪れ、侯爵邸は人で溢れかえる。
(少しだけ……)
フィアナがラージェンと話しているのを見て、アシェルは人気の無い庭の方へと向かった。ガゼボの椅子に倒れ込むように座る。どうにも身体が重怠くて、上手く力を加減できない。
悲しいはずなのに涙は出ず、最期の姿がよぎっては発狂しそうになるのに叫び声すら喉に張り付いて出てこない。ボンヤリと頭が霞みがかって、それでも不思議と身体は動くが、その実、手も足も鉛のように重くて重くて仕方がない。この白い髪も奇異の目で見られていることがわかって、余計にアシェルを疲弊させた。
疲れて、疲れて、もはや支えられないとばかりに頭を抱え深くため息をついたアシェルを、遠くからフードを被った子供が見つめていたが、それに気づくだけの余裕も、この時には無かった。
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