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第232話
「私が見てまいります。どうぞお気になさらず」
首を傾げるアシェルを安心させるようにそう言って、ベリエルは軽く礼をすると部屋を出た。このロランヴィエル邸には多くの使用人たちがいるため、わざわざ筆頭執事のベリエルが対応する必要はないのだろうが、念には念をといったところか。同時に、エルピスのおねだりから逃げるためでもあるだろう。エルピスは音もなく閉ざされた扉を前に、取れてしまうのではないかと心配になってしまうほど顔を俯かせている。
「エル、おいで」
シュンとしているエルピスが可哀想で、アシェルは苦笑しながら名を呼ぶ。するとすぐに耳をピクピクと動かして、エルピスは待ってましたといわんばかりに駆け寄り、ピョンと軽やかに跳んでアシェルの膝の上に座った。
「すぐに戻ってくるだろうから、一緒に遊んでいよう」
エルピスの頭を撫でつつ、その首につけられたリボンを指でなぞる。柔らかな感触に視線を降ろせば、リボンには金の糸でエルピスの名が刺繍されていた。
「エルピス」
エルピス……、何度も刻み込むように名を呟く。エルピスは名を呼ばれて嬉しいのか、アシェルの胸元に頭を擦りつけながらゴロゴロと喉を鳴らしていた。
どれほどそうしていただろうか、すぐに戻ってくるだろうと思っていたベリエルがなかなか姿を現さず、アシェルは首を傾げる。アシェルの元に戻らず仕事に戻ったのかとも考えたが、あのベリエルに限ってはそれも考えづらい。何かあったのだろうかとエルピスを膝の上に降ろし、車椅子を動かした。
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