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第266話

 ザァザァと無数の雨水が窓を叩きつける音が鈍く響き、アシェルは耐えるように強く瞼を閉ざしながら寝台の上で身を丸めていた。頭を抱えようと、拳で叩こうと、耐えきれずうめき声をあげようと締め付けるような、あるいは殴るような頭の痛みはわずかも薄れずにアシェルの身を苛む。胸を喘がせ、自然と涙が零れ落ちた。 「アシェル様、少し身体を起こせますか? 薬を飲みましょう。少し楽になりますから」  白衣を着た男が何かを言っている。でも上手く聞き取ることができない。  彼は誰だ。いや、彼だけではない。己の身体を支えて起こそうとしている燕尾服の彼も、その周りにいる上品な装いの女性達も、誰もわからない。彼らは口々にアシェルの名を呼んでいるから己の事は知っているのだろうが、アシェル自身は誰の顔にも見覚えはなかった。  ドクリ、ドクリと心臓が鈍く痛みだす。ここはどこだ。お前たちは誰なのかッ。  押しつぶされそうな恐怖と痛みに叫びそうになる。否、もしかしたらこの口はあらん限りに叫んでいるのかもしれない。それは救いを求める叫びか。それとも、終わりを求めるものか。 「アシェル様ッ、落ち着いてください。大丈夫です。口を開けて、どうか飲んでくださいッ」  抱き起された身体は強い力であちこちを押さえられている。口元に冷たい何かが触れて、アシェルは無茶苦茶に頭を振ってそれを遠ざけようとした。それは何だ。怖い。放して。飲みたくない。何も大丈夫なんかじゃない。嫌だ、嫌だッ! 「アシェル」  助けて、嫌だッ。そう叫び続けるアシェルの耳に、場違いなほど穏やかな声が聞こえる。その瞬間、痛いほどの拘束は解け、代わりに温かな腕に抱かれた。柔らかさなどないのに、ひどく心地が良い。 「アシェル。アシェル」  名を呼ばれると同時に、優しく髪を撫でられる。変わらず頭は割れるほど痛くて砕け散ってしまいそうであるのに、どうしてかアシェルの身体から力が抜けた。その瞬間、己の口が柔らかなものに塞がれる。僅かに開いていた隙間からトロトロと甘い何かが溢れ、思わずコクリと飲みこんだ。

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