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第61話 銀狐、思い知る 其の七

            ***        「──え」    (こう)は飛び起きた。  何が起きたのか分からなかった。  いま自分のいる場所すら、分からなくなって戸惑う。  知らず知らずの内に、詰めてしまっていた息を吐き出して呼吸を整えれば、少しずつだが晧は落ち着きを取り戻した。   (そうだ……昨日は)    霽月(さいげつ)の家の離れに泊まらせて貰ったのだ。  そのことをようやく思い出して、晧は隣の寝台を見る。  すでに白霆(はくてい)は起きてしまったのか、寝台は蛻の殻だ。  だが今は白霆がいなくて良かったかもしれない。  もしここにいれば何も考えなしに、問い詰めてしまったかもしれない。   「……まさか、そんな……」    有り得ない。  有り得ないというのに、あの香りをどう説明すればいいのか分からない。  たかが夢だ。  しかも覚えのない記憶だ。  だが部屋に残された香りが少しずつ、記憶を断片的に引き連れてくる。  あの時、熱出したことは覚えている。白竜(ちび)が寝台のそばにいたことも覚えている。  その理由があの夢の通りなのだとしたら。  白霆は……。   「──晧?」    呼ばれて晧はびくりと身体を震わせながら、敏速に声のする方を見た。  すでに着替えを終えた白霆が、引き戸を開けて部屋の中に入ってくるところだった。彼もまたびっくりした表情で晧を見ている。   「……おはようございます。どうしました? 晧」 「──っ、いや何でもない。おはよう」 「朝餉の用意が整ったと、家の者が教えて下さいました。行きましょう」 「……着替えたらすぐに行く。先に行っててくれないか?」  「部屋の外で待っていても? 一緒に行きましょう」    白霆がにこりと笑って、そんなことを言った。  これ以上強く言う理由もなくて、わかったと応えを返す。白霆が部屋を出て、引き戸を閉めたのを確認してから、晧は深い深いため息をついた。  眠衣を脱ぎ、いつも着ている旅装束に着替えながらも、晧の頭の中は色んな感情が入り混じる。  全てが憶測でしかない。しかも根拠が曖昧な記憶と泡沫のような夢だ。だが自分の思っていることが真実なら、この香りと霽月の言っていた縁に納得がいく。   (……話を、しよう)    順調に旅路が進んだなら、今晩は紫君(しくん)が勧めてくれた温泉のある宿に辿り着くだろうから。   (そこで、ちゃんと……話をしよう)        晧は寝台を整えると、眠衣を綺麗に畳んでその上に置いた。  いつも通りを装って部屋の外で待つ白霆に声を掛ける。  どこかいつもと違う彼の表情に、晧は安心させるように微笑んでみせたのだ。     

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