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第5話、貴方にラブソングを
視線が絡んだ気がして見つめ合う。
絡む程の距離にいないのもあって、気のせいだと前方に視線を戻した直後だった。
『ξκιβ κα ηκρΰ ακν τκπ(貴方にラヴソングを)』
——へ?
何の呪文なのかは分からなかったが、ランベルトの音声で紡がれた呪文と、何かのメロディーが直接脳内に響いた。
「う、おっ⁉︎」
瞬間、鮮やかな青い薔薇の花が優しい香りと共に大量に頭上から降ってくる。
魔法では青い薔薇の生成は加減が難しい。
それをこんな大量に瞬時に作り出した上に、枝の棘まで綺麗に取り除くという器用さと技術と技量に脱帽だ。
さすが魔法大学院創設以来初と謳われる程の魔法力を有しているだけある。
箒も使わずに浮遊して、軽やかに窓まで移動してきた。
普段はランベルトに横抱きにされたまま飛行しているのもあって、目の前で見るのは片手で数えるくらいしかない。
——本当に空を歩いてるみたいだ。
全てを自由に、自分の思い描くままに操る魔法師。ランベルトは理想像そのものだった。
——いいな。どうやっているんだろ。俺もランベルトみたいだったら良かったのに……。
勝手に劣等感と、多大な憧れを抱いている。
顔には出さないように気をつけて、ランベルトに向けて口を開く。
「ランベルト。お前何の嫌がらせだ?」
一時も視線を離さずに問いかけると、ランベルトは箒を手元に呼び寄せてその上に腰掛けた。
お腹を抱えてケラケラと器用に笑っている。
「似合ってるよ〜。レオンの青い髪と瞳みたいでしょ? そうやってるとどこかの国の皇子様みたいだね。俺、レオンの色大好き」
——精霊族の本物の皇子様が何言ってんだか……。
周りが騒めき、口笛が鳴り響く。
「ね、見てて?」
続けてそう告げられた。
薔薇の数があっという間に増え始め、ある程度の本数までくると、今度はまるでワインのような真紅の赤薔薇へと変わったのだ。
問題はその過程だ。
青がレインボーに変わり、その後で赤になった。
レインボーの薔薇は、作ろうと思って作れるものじゃない。
魔法化学クラブの連中らがこぞってランベルトを欲しがる理由が身に染みて分かる気がした。
規格外過ぎて驚きを通り越し、もう意味が分からない。
——本当に何でアイツ、俺にあんな契約なんて持ちかけてきたんだ……。
自分で評価するのは気が引けるが、容姿は多少褒められても数える程度だ。ゆえ、普通と称していいだろう。
魔法力は中の下で大した事ないし、筆記でも中の中くらいで頭脳においても突出した魅力はなかった。
比べてランベルトは、入学試験も魔法力共に周りの追随を許さず首席で合格し、在学中の試験も全て満点、容姿、人柄も良い。好奇心旺盛な所がある為、多少問題児ではあるものの、家柄は精霊族の王族第二皇子という最上級以上のランクだ。
大学院にいる間に胡麻を擦ってでも繋がりを持ちたがり、仲良くなろうとする輩が多い。あわよくば玉の輿を狙っている。
七割は男しかいないが、医療魔法の発達で、魔法で擬似的子宮を作れば男も出産可能になっている現代では同性婚も珍しくない。
法でも万国種別問わずに同性婚はきちんと認められていて、合法的で安全に使える子宮を作る魔法もちゃんとある。
ランベルトなら男も女も選びたい放題だというのに理解に苦しむ。
——なのに、何で俺……?
未だに理由がわからない。
「全部レオンにあげる」
教室内の三分の一が薔薇で埋まっている。これをどうとらえて良いのか分からなくて、一層のこと現実逃避したかった。
——この薔薇を俺にどうしろと?
態々花の色を二度も変えた意味もわからない。
そこはもういつもの思いつきのイタズラなんだろうと勝手に解釈した。
もしかしてこの薔薇、全て自分が片付けなければいけないのかと思うと胃が痛い。
「ランベルト・イルサル、レオン・ミリアーツは放課後に教室の掃除をするように。今日の授業はここまで」
大きなため息を零した教師が、呆れた口調で言って教室を出て行った。
ランベルトはもう既に居ない。レオンだけが誰に向けるわけでもなく「はい」と返事する。
——だよな……。でも一人で片付けるわけじゃなくて良かった。
同じくため息が零れた。
ランベルトと合わせてとった合同魔法薬学の時間となった。
大学院内にある温室で調合に使う薬草や花を集めていく。
「レオン見て。この花可愛い」
終始機嫌の良さそうなランベルトに視線を移した。
作る魔法薬には必要のない花をランベルトが摘んでいた。
「ランベルト、それは使わないぞ?」
間違える筈がないのは知っているので、不思議に思って問いかける。
「ねえ、たまには違うもの作ってみようよ。案外新しい薬が出来ちゃったりするかもよ?」
——出た……。
ランベルトの好奇心旺盛なとこはこういう所でも発揮される。
「それやると怒られるだけだからな?」
釘を刺すと無邪気な笑顔で返された。
魔法薬学は出来上がる物が決まっていて、材料もきっかりとグラム単位で決まっているので、ランベルトには退屈なんだろう。
別の授業を選択すれば良いのにと思ってしまうのが常だ。
「お前経済学とか攻撃魔法とか防御魔法を受けた方が良かったんじゃないか?」
「だってそこにはレオン居ないじゃん。それだけでやる気出ないよ。退屈すぎて欠伸がでちゃう」
「……」
ランベルトの頭の中が見てみたい。その言葉に返す言葉が出て来なくて、項垂れる。
——卒業したら会えなくなるのに、この男はどうするつもりなんだろうか?
鼻歌を歌いながら、一人楽しそうなランベルトを見つめた。
「ほら戻るぞ」
腕を引いて教室へと連れ帰る。ランベルトはまだ摘んだ花を手にしたままだった。
「で、それ使って何を作るんだ?」
「レオンにケモ耳と尻尾を生えさせる薬作るの」
「ランベルトが飲めよ……。お前容姿だけは良いし、もし犬耳と尻尾が出て来たら首輪つけて散歩くらいなら一緒に行ってやる。絶対似合う」
真顔で言うとランベルトが笑いを吹き出す。
「それ褒められてんの? 貶されてんの?」
「両方だ」
「じゃあ、一緒に飲もうよ。気分の変わったプレイが出来そうでしょ? 楽しいよきっと」
耳打ちされ、意味深に微笑まれる。同じ様にニッコリと微笑んでやった。
「絶対嫌だ!」
ランベルトに遊ばれるだけ遊ばれて終わりそうで、即座に却下する。
文句を言いながらも、ちゃんと授業で使う薬草を探して集めてきたランベルトの頭を撫でた。
「ちゃんと出来て偉いなランベルト」
「何か俺小さい子みたいな扱い?」
大差ないな、と笑うと今度はランベルトが項垂れた。こういう所は可愛いなと思う。
材料を持って帰り、調合していると上手くいったまま最後まで来ていた。
「レオン〜」
悪戯を仕掛ける子供のような顔で笑ったランベルトが、もうすぐ完成という時に、ぐつぐつと煮立っている瓶の中にさっきの花をドサッと混ぜる。
「あ、バカ! やめろ!」
ランベルトを止めようとした時にはもう既に遅くて、ビンの中が発光し始めていた。
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