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第7話、ヒビが入る
「レオン」
「うわ!」
大広間へ行くと突然背後から抱きしめられてレオンは声を上げた。
前触れなく己に抱き付いてくるのは記憶の中に一人しかいない。
「結局行かなかったのか?」
「行ったよ? でも日付またいじゃったんだよね。レオンに会いたかったから時間軸弄ってこの時間に戻ってきた」
「お前って本当に何でもアリだな」
時間軸を簡単に操るなんて、教師ですら出来る技じゃない。
相変わらずのチート加減にウンザリとした表情を浮かべた。
「その前に、俺ら契約してからは毎日会ってるだろ。しかも三年目だぞ……別に明日でも良かったのに」
会う所か、ほぼ毎日体も重ねている。
卒業間近になってからは一日の回数までもが増えたくらいだ。
「後三ヶ月もしないうちにレオンと離れちゃうでしょ。レオンは俺の。誰にも離したくない。少しの時間だって惜しいよ」
はぁーっと果てしなく深いため息をついた。
「ランベルト……前々から思ってたけど、お前の好きは〝ごっこ彼氏〟の好きなのか? ただ単にお気に入りのオモチャを取られたくないってだけだろ? 最近……度を越してないか?」
自分で言っておきながら、言葉が身に刺さる。
「友達以上恋人未満てこうじゃないの? レオンを好きな設定だけじゃダメ?」
頭痛と眩暈がした。
それなら〝ごっこ〟じゃなくてオモチャの方だ。
——設定、ね。ああ……良いよ。その好きで間違いないんだよ。でも俺が欲しいのは、そういう意味の〝好き〟じゃない。
口に出してしまいそうになるのを懸命に堪えた。
「お前の言う〝好き〟は〝ごっこ彼氏〟じゃない。単なる〝執着〟だよ。お気に入りのオモチャを取られたくないとかそういったものだ。でもさ、俺はオモチャじゃない。オモチャにはそこまで感情移入はしないもんなんだよ。ランベルト……悪いけどもうこのまま自分の部屋に帰ってくれないか?」
心臓が嫌な音を立てている。
その感情の名は知っているけれど、今は考えたくなかった。
「レオン、俺の部屋に来てくれないの?」
視線を伏せたランベルトからの問いかけに緩く首を振る。
「来てくれたのにごめん。行かないよ。それと暫くの間会いたくない」
——ごめんな。俺はお前が好きなんだよ。
契約に抵触してしまっている段階でランベルトとの関係は成り立っていない。
これ以上気持ちに嘘をついて一緒に居れない。気が付いた時点でさっさと切るべきだった。
ランベルトと関わるようになった事を後悔しはじめている。
オモチャと同列に扱って欲しくもない。
「待ってよレオン。何で? 何でそうなっちゃうの。急にどうしたの? さっきまでいつもと同じだったでしょ? また誰かに何か言われた?」
焦ったように腕を掴まれ、そっと離す。
「違う、そうじゃない。どうもしないよ。本当はずっと思ってた。俺も考えたい事があるからもう行くよ。頭を冷やす時間が欲しい」
ランベルトが与えてくる行為や言葉が、遊びの延長線として捉えきれなくなってどれくらい経つのだろう。
言葉にするとまた真実味を増してしまいそうで、それ以降何も言えなくなった。
——契約は切って貰おう。互いの為にならない。
否、つらいから逃げたかった。
次に会った時に話を持ち出してみようと嘆息して、ランベルトを置いて自分のとこの寮へ繋がっているワープゲートを通り抜ける。
自室に戻るとケミルが、呆れたような表情で薔薇を見つめていた。
「なあ……何この大量の薔薇……」
袋を見つめて大きく瞬きしている。
「ああ、ランベルトが授業中にふざけて俺の上に降らせたんだ。勿体無いから母さんに送ろうと思って貰ってきた。ごめんすぐに送る準備をするから、二時間くらい我慢してくれないか?」
「それはまあ良いけど……」
「サンキュ。助かる」
着替えてすぐに取り掛かる。
「折角だからこの部屋にも飾れば?」
「それもそうだな……」
キリの良い本数で十本にしようかと思ったけれど、思っていた以上に結構ボリュームがある。
結局七本にして、先にプリザーブドフラワーへ変えた。
「お、何だレオン。片想い中か?」
ドキリとした。
「え、何で?」
「薔薇って色や本数に意味があるんだよ。赤薔薇の七本は〝密やかな想い〟だからな。で? 誰よその相手。ランベルトか?」
ニヤニヤしながら見つめられる。
無意識な本数にしたつもりだったのに、今の胸の内を曝け出されたような気になって苦笑した。
「ランベルトは友人だよ。アイツ悪ふざけし過ぎるんだ。薔薇の本数は適当に選んだだけだし。へえ、意味があるんだな。因みに青やレインボーだと何か変わるのか?」
興味津々に聞き返すと、どうやらケミルは恋バナがしたかったようで興味を削がれたような顔をしている。
「何だ狙ってなかったんかよ。つまんねえ〜。うーん、青だと本数の意味までは分からないけど、花言葉は奇跡とか夢叶うって意味じゃなかったかな。レインボーにも奇跡って意味あるけどもう一つは、無限の可能性だな」
ランベルトも意図したわけじゃないだろう。
お互い頭が冷えて普通に顔を合わせられるようになったら教えてみようかと思考を巡らせる。
全ての薔薇を魔法でプリザーブドフラワーにして、各自の部屋に設置されている自宅への物質転移装置に入れて、署名の代わりに装置に向けて魔法力を流し込む。一瞬の間に中身が消えた。
——これで完了だ。
時計を見るともう日付けが変わっていた。
——魔法を使いすぎて疲れた。
元々魔法力量が多くないのもあって、満身創痍だった。
シャワーを終わらせるなりベッドに潜り込んだ。
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