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03女島

「また俺のところのアビスの数が増えてるぜ」 「…………何体出た?」 「五体だよ、いっぺんにな」 「お前のところにハンターを増やすとダリルがまた煩い」 「でも普通は多くても三体くらいだろう、俺だけじゃそのうち持ちこたえられない」 「分かった、考慮に入れておく」  俺はまた考慮に入れておくかと心の中だけで思った、アコールは良い奴だが考慮に入れておいて、それで何かが変わった試しがなかったからだ。多くのハンターは酒を楽しんでいた、これから夜が来るからそれぞれ自制しながらだが楽しんでいた。酒は大人十五歳になってからだから、さすがに新人のハンターにまでは勧められていなかった。 「話は終った、帰るぞ。オウガ」 「ロン、お酒って美味しいの?」 「美味いことは美味いが、酒を飲むと俺はアビスに負けるから飲まない」 「え!? ここのハンターさんたちは大丈夫?」 「大丈夫さ、皆それぞれ自制して飲んでる。それができない奴は、そもそもハンター失格なのさ」 「うん、分かった。早く帰ろう!!」  ここ二日で俺は随分とオウガに信頼されていた、まぁ売春宿から助けてもらって世話をやかれれば当然かもしれなかった。そうして俺とオウガは夕方になるまでに海の近くの家へを帰り、俺は焼き魚が中心の夕食を作り終えた。そんな時にオウガが波打ち際までいってしまった、俺は大変な注意をしていなかったと思って、オウガの名を呼び走っていってオウガに飛びついた。 「オウガ!! 海に手をいれなかったか!? どこも怪我はないか!?」 「うっ、うん。怪我してないよ、でもあそこに黒石が落ちてるのに、どうして拾わないの?」 「いいか、オウガよく見ておけ」 「うん、分かった」 「木の枝で海の中の黒石を動かすぞ」 「うん」  俺が長めの木の棒で黒石を少し動かした瞬間、赤い何かが砂浜の何もないところをえぐっていった。これがもしオウガの手だったら、オウガは海に引き込まれていた。オウガは真っ青になって俺に抱き着いた、俺はよしよしとオウガの頭を撫でて落ち着かせた。あればアビスの触手と言われている普通の海の生き物だが、一度あれに捕まったら生きては帰れないと言われているのだ。 「ごめん、ごめんな、オウガ。俺が海に対する注意をしていなかった」 「他にも危ないものあったら説明してね、ロン」 「分かったぜ、お前も分からないことがあったら聞いてくれ」 「うん、ロンにまず聞くことにする」 「それじゃ、焼き魚で晩飯だ」 「僕お魚好き!!」  そういうと魚と野菜をいためた俺の適当な料理をオウガは美味しそうに食べていた、俺はいつものように栄養補給だと思って義務的に食べていた、海の傍に住んでいるだけあって魚が美味いがもう感動することはできなかった。その夜もアビスが三体出た、俺は丁度いいと思って三体目だけわざと殺さずに痛めつけておいた、両手足を切られてもまだそいつは生きていた。 「オウガ、俺が見守ってるから、お前が止めを刺してみろ」 「ぼっ、僕が!?」 「決して油断するなよ、両手足が使えなくても攻撃してくるやつがいる」 「うん、分かった」 「首を斬り落とせ」 「うん!!」  オウガは案外度胸があって俺の言った通りに、注意しながら剣でアビスの首を斬り落とした、そうしてそのアビスは黒石だけを残して消えた。オウガはその黒石を拾って星一個だと眺めていた、俺はオウガには良い訓練になったと思った。なかには怖がってアビスに止めがさせない新人ハンターもいる、それに比べればオウガはなかなか気が強い男の子だった、これはハンターとしては良い事だった。 「ロン、手合わせして!!」 「いいぜ、打ち込んできな!!」 「ロン、お魚っていつも美味しいね!!」 「俺はお前の舌が羨ましいぜ」 「ロン、お料理教えて!!」 「ああ、焼いて味付けするだけだぞ」  そうやって俺とオウガの生活は何事もなく過ぎていった、オウガは半年も経てば立派に手合わせができるようになった、ちょっと弱めた雑魚をまわしても用心深く仕留めていった。死にかけのアビスが酸を吐いた時にも冷静に躱して、オウガはその首を剣で叩き斬ってみせた。半年でこれなら十分な成長だった、その間もずっと俺とオウガの寝床は一緒だった、俺の住んでいる掘っ立て小屋が狭くて他に寝るところなんてなかったからだ。 「ロン、今日は何かあるの?」 「お前も知ってるだろ、今日は女島から女船が来る日だ」 「……子作りする日か、ロンも行くの?」 「俺が行くわけねーだろ!? 俺はまだ十七だ!!」 「そうなんだ、それならいいや」 「俺に子どもなんて五年早いぜ、ったくほっぺに食い物ついてんぞ」  俺とオウガは最近は昼食を村の食堂で食べるようにしていた、その方がメニューが豊富だったし、俺の好きな肉料理もあったからだ。しかしこのカリニ村の独特の掟は謎だ、なぜ男女にハンターを分ける必要があるのか分からなかった。そして男と普通の男女は男島で、女とハンターになれる十歳までの子どもは女島で母親だけで育てる、こうして男女のハンター同士で接触ができるのは月に一回だ。これは俺が生まれた時から疑問だったが、その疑問に答えてくれる者は誰もいなかった。 「ロン、早く帰ろうよ。また剣を見て貰いたい」 「そうだな、飯も美味かったし帰るか」 「あら~、ロンったら私を置いてどこに行くの?」 「ロン、その人誰!?」 「ティールかよ、知り合いの女ハンターだ。俺は女船には行かないぜ」 「あらそんな冷たいこと言わないで、私の相手をしてよ。ロン、私は貴方の子どもが欲しいのよ」 「ロン!! 帰ろうよ!!」 「ああ、分かってる。オウガ。それじゃあな、ティール」 「はぁ!? ちょっと本気で帰る気!?」  俺はオウガから右手を引っ張られていて、逆に左手はティールから引っ張られていた。お前ら二人は俺の体をちぎる気かってくらい力を入れていた、でもお店のおかみさんに他所でやってくれと店を追い出された。その隙に俺はオウガを抱えて全速力、アーツの力も使って逃げ出した。ティールからはいくじなしだの、臆病者だの言われたが俺は貞操を守り抜いた、ティールの金色の綺麗な髪も青い瞳も俺には用が無かった。 「おっと、オウガ。大丈夫か? 食事の後だが気持ち悪くならなかったか?」 「うん、全く大丈夫」 「大物だな、お前。ティールは悪い奴じゃないんだが、昔からしつこいんだ」 「昔からの知り合い?」 「ああ、女島にいたときの幼馴染だ。そのせいか、あいつずっと俺を追いかけてくるんだ」 「……仲が良かったんだね」  俺はオウガの言葉を俺の名誉の為に否定しておきたかった、ティールとはアーツを使った勝負で良い勝負だっただけだ。あいつは実力があってそれを隠しもしていなかった、逆に俺は実力を隠していたこのカリニの村の掟がなんだか不気味で、実力を出すと嫌な予感がしていたからだ。現に俺と一緒に村に帰った期待の新人とやらは、半年ももたずにアビスにやられて死んでいた。 「昔は実力が同じくらいだったからな、今ならこの俺が勿論勝つけどな!!」 「それ絶対にティールって人に言ったら駄目だよ」 「もちろんだ!! ティールにはむしろ駄目人間っぽいところしか見せてない!!」 「家まで追いかけてきたりしない?」 「さすがに女島から今日は出入り自由っていっても、俺の家までは来れないさ」 「それならいいや、僕はロンが好き!! あのティールって子は嫌い!!」  俺はオウガが珍しく嫌いと言い張るので気になった、これはあれかお兄ちゃんをとられるような感覚なのだろうか、俺には残念ながら兄弟がいないので分からなかった。さすがにティールも俺の掘っ立て小屋までは追いかけてこず、仮眠をとってから夜を迎えることができた。そうして招かねざる客というものは重なるものなのだろうか、アビスが七体も海からやってきた。 「オウガ、絶対に小屋から出るなよ。さぁ、マジでいってみっか」

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