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恋、自覚のきっかけはキス②
「あっつ......」
遼は授業の合間に、レポートの資料を借りるため、図書館を目指していた。図書館は講義などを受ける教室棟とは少し離れたところにある。と言っても五分もかからないのだが、真夏の日差しに照らされ、少し歩いただけでも汗が吹き出した。中庭を通る時、ある姿が目に入る。
一人の男性がジッと空を見つめていた。
「......」
キラキラと楽しそうに瞳を輝やかせ、空を見つめるその人に足を止める。太陽の日差しが彼の顔を照らしていた。その姿に、遼は思わず暑いのも忘れて見惚れてしまう。
だけど次の瞬間、グラリと彼の姿が傾いた。
「っ......」
気付いたら遼は、彼に向かって駆けだしていた。頭を押さえて彼が地面に蹲る。
「大丈夫?」
「う......ん......」
支えるように彼の体に触れると、ものすごく熱を持っていた。
(もしかして熱中症......)
大変だ、とそう思い、遼は彼の腕を持ち上げると肩にかける。
「ちょっと歩けるか? 俺にもたれてくれていいから」
持ち上げようとするが、遼より大きい彼を持ち上げることができない。隣で彼がハアハアと荒い息を吐く、横にある顔を見上げるととても苦しそうに眉を寄せていた。
「......しっかり掴まって!」
遼は力をふり絞る。半ば引きずるようにして、彼を日陰にあるベンチまで連れていった。
「ハァ......」
無事に彼をベンチに座らせて、遼は息を付く。額に滲んだ汗を拭うとぐったりとベンチに座り込む彼に声をかけた。
「ちょっと待ってろ、すぐ戻るから」
(水、水......いやスポーツドリンクの方がいいか)
遼は飲み物を買うと、持っていたタオルを濡らして、彼のところに戻る。
「はいスポドリ、飲めるか?」
「ん......」
返事をするが、瞳を閉じたまま動かない。遼はペットボトルの蓋を開け、彼の口元に近づける。口を開く彼に合わせペットボトルを傾ける。流れ込む液体を飲み込んで彼の喉元が動いた。彼がペットボトルを持ったので、遼は手を離して隣に座った。スマホを取り出し電話をかける。
「あっ、佐々木?俺だけど。熱中症になってる人がいてさ医務室行って先生呼んできてくれない? ......うん、中庭にいる」
すぐ行くわ、と行ってくれた優しい友人に感謝しながら遼は通話を切った。
「友達が先生連れて来てくれるから」
「ありがと......」
冷たいものを飲んだからか、彼から返事が返ってくる。だけどまだまだしんどそうだ。
「もたれていいぞ」
そう言うと彼は頷く。彼は遼の方に体を傾けると、遼の膝に頭を乗せた。
「っ......!」
肩を貸すぐらいのつもりだったのに、膝に彼の頭の重さを感じて遼の鼓動が跳ねる。完全に膝枕の状況に遼の心臓がドキドキと音を刻んだ。
(いやまあ......そのぐらいしんどいってことだし。思ってもないことだったから、ちょっとびっくりしただけだ)
彼の行動に、ドキッとした自分に言い訳しながら、遼は濡らしたタオルを彼の額に乗せてあげる。それに目を閉じたまま彼が口元を緩めた。
「優しいんだね......」
「別に、これぐらい普通だし」
上がった口角にドキドキしながらも、遼は何でもないように返す。浅く息を繰り返す姿に、遼は無意識でその頭を撫でた。少しでも楽になるようにと思いながらゆっくり撫でていると、その速度に合わせるように彼が深呼吸を繰り返す。すると彼の荒い息が落ち着いて来るのが分かった。撫でる手が心地いいのか、彼が甘えるように頭を遼に寄せる。それが可愛くて遼は微笑むと、落ち着いてきた彼に声をかけた。
「なあ、何であんなとこで立ってたんだ?」
あんな直射日光が当たる場所に立ってるなんて、この時期は危険以外の何物でもない。
「空が、綺麗で」
「......空?」
「あ......うん。それで見てたんだ、一時間ぐらい」
「一時間⁉」
「なんか、時間忘れちゃって......」
そりゃあ熱中症にもなるだろう。しかも空って、こんな大きい図体をして子供みたいな理由に遼は思わず吹き出した。
「ふはっ......」
くくくと遼が肩を揺らす。
妙にツボに入って遼が笑っていると、ふっと彼が目を開けた。彼の瞳がジッと遼を見つめる。至近距離で見つめる彼の瞳と視線が合う。さっきまで閉じられていた彼の目が遼を見つめた。
瞳を開けた彼の顔が息を飲むほど整っていて、見つめる瞳があまりにも綺麗で、遼は一瞬時を忘れた。まるでその瞳に吸い込まれるように遼は動けなくなる。
彼の手が伸びてきて、遼の頬に触れた。優しく遼の頬を指先で撫でると、彼は目の前でふわりと微笑んだ。
「えがお......かわいい......」
「っ......!」
そう言うと大河はまた目を閉じて、安心するように遼に体を預けた。
遼は自分の頬に触れる。
(え......何? 今の......)
瞬間、彼の指先の温度が蘇った。
「~~~~~~」
遼の頬がカァァァーーと真っ赤に染まる。心臓がドクドクと音を刻みだした。
(ちょっと待て、男に可愛いって言われて何赤くなってるんだ)
そう思うけれど、熱を持つ頬を止められない。その時。
「おーい、遼~大丈夫かー?」
「っ、佐々木......」
急に声をかけられ、遼は反射的に立ち上がった。
「ぐっ......」
その拍子に、遼の膝から彼が地面に転がり落ちる。
「あー!ごめん‼」
「だ、だいじょうぶ......」
遼は慌てて転がった彼を支える。大丈夫と言いながらも打ったのか頭を抱えている。遼は条件反射でそこをよしよしと撫でた。
「何やってんだよ......」
宰がそんな二人を見てあきれた声を出した。
「体調が悪いのはこの子かな?」
「あっ、はい」
宰の後ろから校医と先生が姿を見せる。
「大丈夫? 僕の方に腕回せるかな」
「は、い」
「後は僕らが見るから、君たちは授業に戻りなさい」
「え......」
心配そうな顔で彼を見つめる遼に、先生が笑った。
「校医の先生も付いてるから安心して」
そんな遼に校医も安心させるよう笑いかけた。
「......よろしくお願いします」
そう言うと先生たちは、彼を連れていく。
「あ......」
彼が遼の方を振り向こうとする。だけどふらついてしまって、先生に抱え直されると二人がかりで支えられ校舎の中に消えていった。
心配で彼が消えていった先を見つめていると、宰が視界に入ってきた。
「遼、神崎大河と知り合いだったのか?」
「かんざきたいが......?」
「うん、さっきの熱中症の。ふらついててもすこぶるイケメンだな~」
宰の言葉を遼はどこか遠くに聞いていた。
(神崎大河、あれが......)
大河の噂は遼の耳にも入っていた。入学当時から、とんでもないイケメンが同級生にいると。だけど大河とは学部も違うし、イケメンなんてどうせいけすかない奴だろうと、当然のように思っていた。遼は三回生になる今まで、大河と会ったことがなかった。
自分を見つめる大河の瞳、目の前で微笑んだ顔を思い出す。
(あんなの......イケメンなんてレベルじゃ済まないだろ)
思い出すとまた顔が赤くなりだす。胸がどこかキュッと締め付けられる。
遼は初めて感じる感覚に、戸惑いながら自分の胸を押えた。
* * *
それから大学内で大河の姿を見るたび、胸がドキドキして落ち着かなくて、大河が現れたら逃げるように隠れるのが癖になってしまった。なのに少しでも顔が見たくて、いつも遠くから大河を眺めていた。遼が見つめる大河はいつも穏やかで、誰にでも優しくて、そしてどこかどんくさくて。イケメンなんてみんないけすかないと思っていた遼のイメージとは、ほど遠い性格だった。
合コンで大河の姿を見つけた時は、口から心臓が飛び出るかと思った。本当は嬉しかったのだ、これをきっかけに仲良くなれたらなんて思っていたのに。
(なのに......女と間違えられてキスされるなんて最悪だ)
何が最悪かって、それでも大河とキスできたことを喜んでいる自分がいることだった。
(ああもう......)
分かってしまった。大河を見るとドキドキするのも、逃げ出したくなるのに側にいたいのも、全部、全部。
大河のことが好き、だからだ。
「っ......ふ......」
そう自覚した途端、遼の目から涙が零れ落ちた。
大河が好きだ、きっと初めて会ったあの日から。それを分かっていたけれど、認めるのが怖かっただけだ。でもあんなキスされて、もう隠しきるなんてできない。好きだと自覚した途端失恋するなんて。遼の瞳から次から次へと涙が溢れだす。ベッドに体を沈めると自分の体をギュッと抱きしめる。
遼は溢れ出そうになる嗚咽を、枕に顔を埋めて耐えた
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