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17 ぼんやり顔

 翌朝。ぱち、と目が覚めた俺は、自分が史也の胸にヒシ、としがみついていることに気が付いた。背中にはちゃんと布団が掛けられている。  ……何がどうなってんだこれ。  目をパチクリさせた。俺の下敷きになっている史也を見る。  史也は仰向けに寝ていた。どうやら俺は、史也の上にうつ伏せになって寝ていたらしい。史也のスウェットの胸元に、見事なヨダレの染みが付いている。どう考えてもこれは、俺が付けたやつだ。  俺の腕は史也の身体に回されている。そうっと背中の下に挟まれている両手を抜くと、クースーと寝息を立てて寝ている史也の顔を覗き込んだ。気持ちよさそうに寝ている。元々目が細いから、あんまり起きてる時と変わらないけどちょっと口が開いて……可愛いなあ。  史也が熟睡しているのをいいことに、まじまじと至近距離から史也の顔を観察した。こんなチャンス、滅多にない。  史也の下唇は薄めだけど、上唇はちょっとぽってりとしていて、笑うとアヒル口っぽくなる。史也が笑うと可愛さが突然増す理由のひとつだと思っていた。  鼻筋もスーッと伸びていて、雑誌の表紙を飾る今どきのイケメン俳優の鼻と遜色ない、と俺は思っている。鼻の頭は尖り気味で、小さくて丸い俺の鼻とは大分違っていて――格好いい。  頬骨はあまり出てなくて、全体的に平坦な顔だ。配置も悪くないし、きっと目をぱっちり開けてくっきり二重にしたら結構モテ顔になると思うんだけど、やっぱり細目のせいでぼんやり感が否めない。  でも、もう涼真みたいなワイルド系イケメンは近距離で見たくなかった。朝になるとびっしり生えている顎髭も、うんざりだ。史也くらい、顎の先にちょちょちょっというくらいのささやかな主張で十分。男臭い色気をプンプン撒き散らすタイプは、本当にもういい。お腹一杯だった。  これくらいのぼんやり顔が傍にいる分には安心できていいし、と考えて、いやちょっと待て俺、なんで史也をそんな目で見てるんだと慌ててその思考を頭の片隅に追いやった。  史也の上に寝そべったまま、暫し思考を全て停止する。……よし、収まった。    それにしても。  よく寝ている史也の顔をやっぱり「可愛いなあ」と眺めながら、この状況はちょっとおかしいぞ、と覚醒し始めた脳みそで考え始めた。  ――俺、何かしたっけ。  よく覚えていない。ふんわり覚えているのは、昨夜のワインが美味しかったことと、紅白を二人で見たら楽しかったことくらいだ。  まさか俺、史也と……?  自分の服を確認する。問題ない。ケツにも他の場所にも違和感はない。史也と触れている部分に衣服の感触があるので、史也もちゃんと着衣しているみたいだ。ホッとした。とりあえず襲いかかった訳じゃないらしい。  俺の中で、史也に襲われるという可能性は、はなからない。何かあったとしたら、けしかけるのは絶対自分の方だ。  とにかく重そうだし、退こう。  史也を起こさない様にゆっくり上から退こうと身体を起こすと、 「んん――……」  と史也が唸り、俺をむぎゅっと引き寄せる。再び史也の上に寝てしまった。 「風邪引いちゃうよ……むにゃ」  どうやら、俺が空けた布団の隙間が寒くて引き寄せたみたいだ。にしても、寝てる時も俺の風邪の心配かよ、コイツ。  ぎゅっとされてしまったし、布団の外はキンと冷たいし、おかんみたいに心配してることだし、だったらもうちょっとこのままでもいいかな。  史也の胸の上で目を閉じると、見た目よりも意外としっかりとした身体の感触をスウェット越しに味わった。史也が息をする度に、胸が上下する。  こうしてみると分かる。史也は背が高くてちっとも太ってないからひょろひょろに見えるけど、それでも俺なんかより全然幅も広けりゃ厚みもある身体つきをしていた。  だって、俺なんか史也の身体の中にすっぽり収まっている。涼真は俺とヤッた後は「こっち向きじゃないと寝れないんだよね」と背中を向けて寝てしまっていたから、こんな風にぎゅっとされて目が覚めるなんて経験は、今回が正真正銘の初めて。  滅茶苦茶いい。俺は史也が全然嫌いじゃないし、史也は俺を男にすぐ抱かれた奴みたいな目で見ないから、安心できて好きだ。 「……ん?」  ちょっと待て、俺。今のは何か記憶にあるぞ。  必死に、昨夜寝る前の記憶を思い起こした。何だっけ、そうだ、紅白の後といえばゆく年くる年。見た記憶がある。テレビの時計を見て、後ちょっとだよなんて史也に言ったら、そうだ、立たされて正面を向いて新年の挨拶をしたんだっけ。  あれはよかったなあ。明けて早々に挨拶なんて、したことあったかな。ないかもしれない。  ……その後、どうしたっけ。  記憶をゆっくりと手繰り寄せる。なんか、史也に言ったような。史也が慌てた顔は何となく見た覚えがある。 「……あっ」  思い出した。あまりにも幸せ過ぎて、俺は史也に大好きだって言って飛びついたんじゃないか。倒れた史也が俺を庇ってくれて、それで。 「そのまま寝た……うわあ」  好きという言葉に記憶がある筈だ。昨夜、大声で史也に伝えたんだから。  ――やばい、どうしよう。そういう意味と受け取られたら、気持ち悪い奴って思われるかもしれない。  優しいおかんな史也に一歩引かれるのは、絶対に嫌だった。でも、史也はきっと覚えているだろう。どうしたらいい、どうしたら。  そして、俺はひとつの結論に達する。  昨夜、俺はベロベロに酔っ払っていた。つまり、酔っ払った俺は別人格だから、完全に忘れたふりをすればいい。それで何事もなかったのかのように今までの距離感でいれば、史也に警戒されることもないんじゃないか。  幸い、あれは告白とは完全には受け取れない程度のやつだと思うから、俺の感謝の気持ちが溢れた結果だと思ってもらえばいい。俺が全くそういう素振りを見せなければ、史也は根がお人好しだからすぐにそう受け取ってくれるだろう。  そうと決まれば、二度寝して俺はさも何も知りませんという顔をしてみせようじゃないか。  俺は再び目を閉じると、史也の体温を感じつつ、二度寝を決め込んだのだった。

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