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第20話 聖夜の贈りもの

 月明かりが広がる静かな室内に、小さな寝息が聞こえる。さすがに積極的だった志織も、雄史のしつこさには勝てなかったのだろう。  眠りは深いように見える。  あのあと奉仕してくれる姿に我慢できず、お願いしてもう一回させてもらった。好きなだけしてもいいなどと言っていたが、これは癖になる、と思えた。  これからは小出しに、がっつかないように、あんなねちっこいセックスはしないように。  そんなことを一人誓っている雄史だが、それが守れる自信は毛頭ない。  しかし風呂から上がって、一緒にケーキを食べて、少しだけシャンパンを飲んで。二人で話をしているうちに、ベッドに横たわった志織は眠りに落ちた。  いくら体力があると言っても、初めてなのに無理をさせてしまったと、いまになって反省する気持ちが生まれる。  けれど寝顔をじっと見つめて、安らかな表情を眺めていたら、頬が緩んでしまった。  普段まっすぐに見つめてくる、ブルーグレーの瞳。それが見えないのは寂しいが、寝顔まで整って美しいと、うっとり見惚れるように雄史は目を細める。 「この人が、俺のもの……って考えると、たまんないな」  好き、大好き、愛してる――そんな言葉を口先で呟いて、そっと唇を寄せる。まぶたにキスをして、頬に口づけて、唇を重ねた。  小さく身じろぎをした彼に、慌てて身を引くけれど、目を覚ましたわけではないようでほっと息をつく。 「そうだ。クリスマスプレゼント、いつ渡そう」  ケーキを食べ終わって寝る前にでも、と思っているうちに志織が寝てしまって、タイミングを逃した。  ふと思い出したものを、床に放られていた鞄を漁って取り出す。シルバーの小箱にゴールドのリボンがかけられた、小さなラッピングボックス。  彼のために、雄史が特別に用意したプレゼントだ。しばしそれを見つめて、小さく唸る。そして彼の耳元へと視線を向けた。 「朝起きてからが無難、なんだろうけど」  もう一度近づいて、雄史は寝ている志織に顔を寄せる。さらに額に口づけて起きないのを確認すると、ラッピングボックスのリボンをほどいた。  蓋を開けたそこにあるのは小さなプラチナのピアスだ。  いつもリングのピアスをしているので、その形がいいかと考えていたのだけれど、店頭で見かけたこれに決めた。  ピアスに付いた石は、グレームーンストーンという種類らしいのだが、中でもこれは青みが強く出ていて、志織の瞳とよく似ている。  さらには猫の目のような模様があるキャッツアイだ。  これ以上のプレゼントはないだろうと思った。  それほど大きさのない小さな宝石だけれど、光を受けて煌めく――それは彼の瞳のように、美しい。そっとピアスを彼の耳元に寄せると、そこで輝く姿が想像できて、だらしなく口元が緩んでいく。  一人勝手にうん、と頷くと、さらににじり寄る。風呂上がりでピアスを外しているそこは無防備だ。  部屋の照明を少しだけ明るくして、その明かりを頼りに、恐る恐る小さな穴にピアスのポストを差し入れていく。  耳に穴など開けたことがない雄史は、ほんの数ミリの厚さの耳たぶ、そこにピアスを通すのも戦々恐々だった。  それでもつけているところが見てみたい、その一心だ。 「わぁ、やっぱり似合う」  じりじりとピアスと格闘して数分。彼の両耳につけたピアスに、一気にテンションが上がる。いそいそとスマートフォンのカメラを向けて、そこに志織を収めた。 「んふふ、いいね。もう一枚、いいかな」  撮った写真におかしな含み笑いをしながら、もう一度カメラを向ける。けれど意識が目の前へ向いていた雄史は、背後の気配に気づかなかった。  シャッターを切ろうとした瞬間、背中に覚えのある重みがかかる。 「ニャーッ!」 「わっ、にゃむっ! ちょ、ちょっといまは駄目。志織さん寝てる、し!」  遠慮もなく背中をよじ登って、肩にまで上がってくる彼女に、返す声が上擦った。  雄史を足蹴にして、ご主人様の元へ行こうとする小さな身体を掴まえたら、ぶにゃっ、とにゃむは変な声を上げて毛を逆立てる。 「志織さん、いま疲れてるから起こしちゃ駄目。……って、俺のせいだけど」 「ミャーッ!」 「痛いよ、にゃむ、ごめんってば」  言葉が通じているのかは定かではないが、思いきり猫パンチが飛んできた。連打されるそれを避けつつ、なだめすかしつつ、雄史はもう一度鞄に手を伸ばす。  そしてそこから小さなリボンの付いた袋を取り出した。 「ほら、にゃむのもあるよ」  ジタバタする身体を優しく抑えて、彼女の首輪にチリンと音の鳴る飾りを付ける。エメラルドグリーンのリボンにシルバーの鈴。  それにはご主人様のピアスと同じ小ぶりな宝石が付いている。 「うん、可愛い可愛い。よく似合うよ」  固まっているにゃむの首元をカリカリと撫でて、雄史は満足したように笑う。アクセサリーショップに、無理を言って作ってもらった特注品だ。 「写真撮っていい? って、あっ! にゃむ!」  大人しくなっている隙にとカメラを向けたら、我に返った彼女は雄史の手をがぶりと噛んで、飛んでいってしまう。  さらにみゃーみゃーと鳴きながら、志織が寝ている布団へ潜り込んでいった。 「……んっ、にゃむ?」 「あ、起きちゃった」  布団の中でまだ鳴いているにゃむの声に、寝ていた志織が反応した。ゆるりとまぶたが持ち上がり、瞬いた灰青色の瞳が雄史へと向けられる。  ふっと細められた目は、寝起きでまだ明るさに慣れないのだろう。じっと目をこらす志織へ雄史は手を伸ばした。 「雄史? ……いま、何時?」 「えっと、四時過ぎです。まだ寝てていいですよ」 「……え? 四時って、もしかしてあんた、いままで寝てなかったのか?」  頬を手の平で撫でて、そっと鼻先に唇を寄せたら、眠たそうにしていた目が大きく見開かれた。二人でケーキを食べたのが深夜二時過ぎくらい。  それから二時間以上も、雄史は志織の寝顔を眺めていたことになる。 「えーっと、あはは」  誤魔化すように笑うと、大きなため息とともに伸びてきた手が、雄史の頬を引っ張った。目の前の恋人は、珍しく少し怒っていようにも見える。  寝顔を何時間も眺める男など、ドン引きかもしれない。それに気づいて、あたふたとする雄史に、志織はまたため息をついた。

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