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帰り道、二人
勉強は嫌いだし、試験自体も好きじゃない。
でも、出席番号順に並んで座れる定期考査期間は好きだ。
試験の解答用紙を埋めながら、俺の前に座っている葉山くんの大きな背中をついつい意識してしまう。
今日は定期考査最終日。この現代文の試験を終えたらもう帰宅。葉山くんは早々と解答を終えたのか、大きな背中が動いたと思ったら机に突っ伏して寝始めたようだ。残り時間はあと15分、俺も見直す段階に入りつつ、前で丸まってる背中に愛しさを感じる。
葉山くんは俺のこの気持ちについて気付いていないだろうし、気付いて欲しいとも思っていない。
ただ俺の片想い…というのも恥ずかしいけど、憧れにも似た特別な気持ちを抱いていた。
時間を告げるチャイムが鳴るとクラス全体の空気が一気に緩んで、あちこちで「終わったぁ」と間延びした声が聞こえる。
俺は試験が終わった安堵感と同時に、この席順で座るのもまたしばらく先になるだろうと少し寂しく思った。
「葉山ぁ、カラオケ行こうぜー」
「うーん…カラオケかぁ…」
葉山くんとよく一緒にいるメンバーたちが連れ立って葉山くんに声を掛けていた。他のクラスメイトたちも、部活に向かう人もいれば、遊んで帰ろうと誘いあってる人たちとさまざまだ。
「いや、俺帰って寝るわ」
「お前徹夜で勉強したんか」
「んー、そんな感じ」
「うそつけ。んじゃまた今度な」
目の前で繰り広げられるやり取りを微笑ましく眺めつつ、内心気軽に遊びに誘える学友たちを羨ましく思う。俺も普通に誘えたらいいのに。
「日野は帰らんの?」
「あ、あぁ、俺は…」
「もし時間あったら、ハンバーガー食いに行かねえ? すっげ腹減った」
「へぁっ? あ、行く!」
まさかそんな誘いがくると思ってなくて、変な声が出てしまった。取り繕うように「俺も、お腹減ったから」と言い訳をしてしまったけど、羞恥で顔が赤くなるのがわかった。
「おう。行こ行こ」
席座れっかな、と言いながら帰り支度をする葉山くんに続き、俺も教室を後にした。
ハンバーガーショップは昼時のピークを迎える直前だったようで、すぐに2人分の席を確保できた。
葉山くんの持つトレーを見ると、大きなバーガーが2つにLサイズのポテト、飲み物もビッグサイズ…俺よりもほぼ倍の量くらい頼んでいて驚いた。
「葉山くんめっちゃ食うね、さすが運動部」
「めっちゃ腹へった。日野、そんだけで足りるの?」
「うん、俺ん家少食家系だからさ」
「そんなんあるの」
他愛もない会話をしながらポテトをつまんで、バーガーに齧りつく。俺にとって最高に楽しい時間だった。
葉山くんの豪快だけど綺麗に食べる姿を盗み見ては、少し見惚れてドキドキしてしまう。緊張も少しはありながら、テンションが上がってる俺は取り止めもない話をしていた。
「思えばさっきのカラオケ、行かなくてよかったの?」
「うーん、俺カラオケってあんま好きじゃない。楽しさが分からん」
「そうなんだ」
「日野は? よく行く?」
「俺は姉ちゃんに付き合って行くことあるけど、まあ嫌いではないかなってくらい」
「へえ…聴いてみたいな、日野の歌」
「いや…全然聴かせられるようなんじゃない」
「そう? 地声が良いから、歌もうまそうだけどな」
想像もしなかった反応にびっくりしてむせそうになる。葉山くんに声を褒められるとは思ってなかった。
どう反応していいのか分からず、手持ち無沙汰にポテトをつまんだところで、ふと葉山くんのトレーがすっからかんになっていることに気付く。
「あ、悪い、俺食べるの遅いな…」
「いや、全然」
はやく食べなきゃと思う気持ちと、この残りわずかなポテトが永遠に無くならなければいいのにという気持ち…確実に後者が強くなっていたと思う。
食べ終わったら、この楽しい時間も終わってしまうのだろう。
「…俺、デザート的なもん食べようかな。なんか物足りない」
葉山くんはそう言うと、注文口のほうに向かっていった。
もしかしたら俺の食べるペースに合わせて葉山くんも少し追加したのかもしれないし、単に物足りなかっただけかもしれない。
ただ、まだここで一緒に過ごしてていいんだと思えて嬉しくなった。
戻ってきた葉山くんの手には、アップルパイとソフトクリームが2つ。
「ほら、アイス食えよ。付き合わせちゃってるし」
「え、悪いよ」
「いらん?」
「…いる。じゃあ今度なんかおごる」
「んー」
肯定とも否定ともとれそうな間延びした返事をしながらソフトクリームをこちらに渡してくる。
ありがたく受け取りながら、今度はこのアイスクリームが溶けなければいいのにな…と思った。
「めっちゃうまい、ありがと」
食べてしまうのがもったいないほどのソフトクリームは口の中で程よい甘さが広がり、少し火照った身体に冷たさが溶けていくように染み渡った。
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