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1:野良

「本物ですか?」  やたらと良い声だった。腰に響く低音は理由なく年上なんじゃないかと思う安定感があったが、敬語で丁寧に聞かれたものだから「そだよー」と上から答えてしまった。どうやら俺とヤカモレさんのリスナーのようだった。  俺こと配信ネーム「マキ」は主にFPSゲームを中心に配信を行っているゲーム配信者だ。一人称視点でガンガン人を銃で殺しまくる、CERO:Dのバイオレンス極まったゲームをやってる。今どきのFPSは世界大会も行われてるeスポーツの1ジャンルだ。対人戦だからすげー燃える。  ソロで他のゲームの配信もするけど、FPSをやるときはもっぱら同じ配信者のヤカモレさんと一緒に行っている。一応食えるくらいには配信で稼いでるが、有名な配信者というわけじゃない。特にFPSに関してはヤカモレさんはともかく、俺が下手くそ過ぎて同時接続数が伸び悩んでいた。俺のチャンネルに関しては他のゲームの方が視聴率が良い。でも俺はFPSが好きだ。同接数なんて気にしてなかった。  俺たちがやってるゲームは3人1組のチーム戦で、ヤカモレさんと2人でやっていると必ず野良が1人マッチングする。今までどれだけ配信を回していても俺が野良に本物か尋ねられるようなことは無かった。  ところが、わざわざゲーム固有のオープンボイスチャットを開き、俺の正体を確かめてきたこの野良は俺の返事に一呼吸置いて、 「よく見てます。光栄です、頑張ります」  と言った。  リスナーとマッチングしたのは初めてだった。めちゃくちゃ嬉しい。  しかもこの野良、すげぇ強い。  せっかく俺たちのことを知ってくれてるなら、とヤカモレさんもゲーム内ボイチャを開いて会話をしながら進めていた。そうしたら敵位置とか戦況とか誰よりも早く野良が把握して、丁寧に俺たちに指示を出した。自分たちが有利になる拠点を作り、建物内に籠って籠城していたら「ちょっとダル絡みします」と宣言してスナイパーライフルを構えて、俺たちと同じように籠城している隣の建物のチームに向かって狙撃し始めた。当たる度に「80、144」と与えたダメージ数を報告してくる。え、向こうも建物内に居るよな? あんな小さな窓から数センチこっちを覗いてくるのを狙ってるの? そのまま野良は「割りました」と言った。 「割った!?」  平然と敵の防御アーマーを壊した。後はわずかな肉体ダメージを入れるだけでキル出来る状態になる。それならと拠点から飛び出して突撃した。ところが、近距離キャラを使ってる俺が敵陣に突っ込むと罠が張ってあって、見事に引っかかってあっさり死んでしまった。ヤカモレさんと野良も俺に付き合ってぐだぐだになって全滅。戦況有利だったのに、完全に俺のミスだ。ごめんと謝る。 「惜しかったですね」  野良は優しくフォローしてくれた。  しかも下手くそな俺に対して何をどうすれば良かったのか丁寧にアドバイスする。耳心地の良いイケボはそれだけで何言っても説得力があるのに、俺たちの性格やプレイスタイルも完全に理解した助言は的確だった。どうやら本当にめちゃくちゃ配信を見てくれているらしい。  嬉しい。  もうそれだけで絆された。  上手いし、言葉遣いも丁寧だし、何より声がいい。配信者向けだと思った。 「ねぇ、またやらない? 固定メンバー欲しくてさ」  気づいたら、一緒にやりたいってナンパしてた。俺が勝手に言ったのにヤカモレさんは怒りもせず「いいね、面白そう」って肯定してくれた。そうでしょ。絶対そうだと思う。これからも一緒に出来たら絶対楽しい。  野良はしばらく悩んだ後に「よろしくお願いします」と返してくれ、その後も度々この野良を配信に呼ぶようになった。  ――ところが、野良の言葉遣いが丁寧だったのは、最初だけだった。

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