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橘 透愛──第3話

「なんだ、まぁたΩネタかよ」 「またってなに」 「女子ってそういうの好きだよな。運命とか、完璧なα(アルファ)の男が地味で平凡なβ(ベータ)女に惚れるとかさぁ」 「αの男はαの女としかくっつかねーだろ」 「そうそう。溺愛? ないない」  綾瀬の一言に瀬戸がうんうんと頷いたことで、二人そろって女子たちに一斉攻撃を喰らった。 「うっざ、話振ってきたのてめーらじゃん。そーいうのわかって観てんだよこっちは」 「そんなんだからモテないんだよ。非モテド平凡ドβのくせに」 「おめーらなんかドラマに出てきてもモブだからな、モブ!」 「え、そこまで言われます?」 「やめて、刺さるっ刺さるから! ったくさぁ、俺らβ男子には人権ねぇってのかよ。なぁ橘」 「……」 「おーい、橘?」  へ? と顔を上げれば、瀬戸に顔を覗き込まれていた。  ──しまった、ぼうっとしていた。  冷えきってしまった手の甲を擦り、へらりと乾いた笑みを零す。 「あー……確かに、運命の番とかはねぇよな。聞いたこともないし」  頬が引き攣らないよう、努力した。 「ある、絶対あるって! あーあ、あたしも隠れΩだったらなぁ……運命の人と番になって、地味逃げのサクトみたいなイケメンα様に溺愛されてたかもしんないのに。生きるのだるっ」 「安心しろって、そもそも選ばれねーから」 「なんか言ったー? 綾瀬くーん」 「いってぇ」  女子に頬をつねられる綾瀬に、瀬戸が「やーい」とけらけらと笑う。 「いやなに笑ってんの、瀬戸も同罪だからね?」 「え、なんで俺に飛び火?」 「チビはいるだけで罪」 「はぁああ!?」 「大丈夫だ、瀬戸。βといえども二十歳までは背だって伸びる、諦めるな」 「風間さん、それフォローになってねえからっ」  喚く瀬戸に、痙攣しながら机に突っ伏す綾瀬。そこに女子たちの笑い声が被さる。 「あ、そういやさ、昨日の美亜たち合コン、ヤバかったんだって」 「えーなに、ハズレばっかりだったの?」 「ちがうよ、Ωの男がきたの」 「えっ、それマジ~?」  女子たちが、ぐいっと前のめりになる。 「マジマジ、普通来る? 雰囲気最悪だったんだけど。本人も緊張しまくっててさ、β共にそそのかされて参加したって丸わかり。あたしより背ぇ低いしさ……マジで身の程を知れっての」 「合コンにΩ男子はきついよ、悪いけど。こっちが苦行じゃん」 「ねー、大人しく2丁目行って足開いとけよ」 「この前Ωの男の人がさ、渋谷でホームレス相手に腰振ってんの見たよ」 「やだーキモ、悲惨」 「しってるー、それ動画拡散されてなかった?」 「番に捨てられちゃったのかな、かわいそ」  好き放題言い合う女子たちの会話が、深く深く、胸に刺さった。 「あのなぁ、好き勝手なこと言うなよ。誰が聞いてるかわからないんだぞ?」 「風間ァ、あんたってめちゃいい奴なのに、なんで今フリーなん?」 「なぜだろう……友達にしか思えないっていっつも振られるんだ……」  風間は人格者なのだが、いい人過ぎて歴代彼女に振られまくってきたらしい。  遠い目をした風間を、この場にいた全員が「よしよし」と慰める。  俺はというと、先ほどの女子の会話がぐるぐると頭の中を回っていたせいで輪の中に入れなかった。 「おーい橘、お前な、自分はモテるからってスルーしてんじゃねえよ。これだから彼女持ちは」 「……だからいねぇっての」 「ウソつけ」 「由奈とはそんなんじゃねぇんだってば」 「あれぇ? 誰も来栖だなんて言ってないんですけど~?」 「う……」  ニマニマしている瀬戸に肩を力任せに突かれたので、突き返す。 「やめろって、いっつもそうやってからかわれるからつられたんだよ!」 「へーへー、そういうことにしといてやるよ。見てろよ? 俺だって次の飲み会で彼女作って、ぜってーおまえより先に童貞卒業してやる! なぁなぁ、どっちが先に卒業するか競争しよーぜ」  何やら熱く燃えている瀬戸に、肩を竦めて笑ってみせる。 「……そんなことばっか言ってっから振られんだぜ~? 瀬戸くん」 「やかましい、ちょーしにのんなこの雰囲気イケメンが!」 「お、ありがとな褒めてくれて。毎朝無造作センター分けっぽくなるよう頑張ってんだけどこれがまた難しくてさァ……って、いててっやめろバカ、俺の命の髪がっ、ハゲんだろーが!」 「ハゲちまえこの金髪っ」  瀬戸にわしゃわしゃされて、やり返して、雀の巣みたいになった髪を綾瀬に盗撮されて、ゲラゲラと笑う。 「ねー橘って本当に経験ないの?」 「見た目遊んでそうなのに、意外だよね」 「……まぁなー、ほら俺、病弱なんで?」 「出たよ、謎の病弱アピ」 「ってかなんで瀬戸たちとつるんでんの? 違くない?」 「え、ちょいまち。違くないって酷くない?」 「あたし橘の髪直してあげる~」 「お、さんきゅー」 「え、俺は、俺はぁ?」  一人の女子にぼさぼさになった髪を、丁寧に櫛で梳かされた。誰か俺にも! と泣きまねをする瀬戸に、風間も綾瀬も、女子たちも明るく笑う。  女子に好き勝手に髪を弄られながらも、全ての話が流れたことにほっとした。

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