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夏祭り──第48話

「優しい貴方が好き、好きなの」  由奈の手は、震えていた。きっと、緊張からくるものではない。 「私のこと、仲のいい友達って思ってくれてるんだよね。わかってるよ、今だって遮ろうとしてたもんね。言ってほしくないんだろうなって、わかってたよ……」  なんとなくこうなる予感はあった。さっき抱きとめた華奢な体が、思った以上に熱かったから。  だからこそ俺は、由奈の足の手当をしながら顔を上げられなかったのだ。 「でももう、限界だったの。友達の先に行きたいって、思っちゃったの。ごめんね」  心のどこかでは、このまま逃げ続けることが出来るんじゃないかって。気の合う友人として、やっていけるんじゃないかって。  大事な友達だから失くしたくないのに、なんで言うんだよって。  そんな身勝手で、惨いことを考えている。  最低だな、俺は。 「少しでも私に好意を持ってくれてるなら、考えてほしいの。ちょっと子どもっぽくて、それでも優しい透愛が好きだよ。もう、友達だけじゃ満足できそうにないの。もう……無理だったの」 「……由奈」 「それとも透愛、私のこと嫌い……?」 「嫌いなわけ、ないだろ」  由奈のことは好きだ、人として。  それに、浴衣の袖からのぞく細い手首。俯いて見えた由奈のうなじも確かに色っぽいと思う。そこからふんわり香ってくる女性らしい匂いにも男心がくすぐられる。  肩を抱いたら、すっぽり腕の中に収まってしまいそうだななんてことも、考えるくらいだ。  異性にときめく。そんな気持ちは俺の中にちゃんと残っているのに。  潤んだ瞳で俺を見上げる由奈を前にして、どうして俺は。    今、ここにはいない男のことばかり考えているんだろう。 「由奈、俺は……」 「こっちくんなってば!」  聞き覚えのある声に顔を上げる。 「はぁ? なにしやがんだこのガキっ」 「やぁっ、ゆうくん!」  ばっと振り返れば、何やら屋台から外れた場所で揉めごとが起きていた。転んでしまった少女を庇うように、荒っぽい恰好をした男たちに立ち向かっている少年の顔には、見覚えがあった。  鼻水、また垂れてんじゃん。 「な、なんだろあれ……家族、じゃないよね?」 「由奈、人呼んできてくれ」 「え? 待って……透愛!」  由奈に並んで買った食べ物を預け、下駄で石畳を蹴って、走る。  せっかく買ってやったカキ氷、またぶちまけるようなことさせやがって、あの野郎共。  * 「悠真!」  真っ先に、男たちを睨みつけている少年に声をかけた。  突然の第三者の乱入に、少年を囲い込んでいた男たちの視線が一斉にこちらを向く──ぎゅっと、拳を強く強く握りしめて堂々と近づく。 「あのさ、悠真が何かした?」 「……なにアレ、おまえの兄貴?」  ヤンキー座りの男がくい、と親指で俺を指さした瞬間、悠真の涙腺が決壊した。  真っ赤な目尻から涙がボロボロ溢れ、ついでに鼻からもまぁ垂れる。 「さっき、の、おにいちゃん……」  俺を呼ぶか細い声までもが涙声だ。輩系みたいな恰好をした男たちの前にぐいっと割り込み、転んだままの浴衣の少女(たぶん凛花)と悠真を背後に隠す。 「悠真、とりあえずその子連れてあっち行け、な?」 「は? いやいや待って、行かれるの困るわ」 「俺らが用あんのその子なんで」  後ろの悠真がびくりと震えた。  ガキ相手に寄ってたかって、なにやってんだこいつら。 「悪いんだけど説明してくんね、この子らがなにしたって?」 「いい髪色してんね、オニイサン」 「どうも。あんたもまぁ似合ってるぜ。で、理由は?」 「カキ氷投げつけてきたから叱ってあげてた感じ」 「ほら見て、靴汚されちゃってちょっとイライラしちゃってるんだよね。発散させてもらわないと割りに合わないから……その子ちょうだい」  なァ、と後ろの仲間に同意を求める男共の顔は、イヤらしい。 (まともな会話が通じる連中じゃねーな)  しかも、じゃらじゃらと大人びた格好をしているが顔も10代っぽい。まだまだ幼い雰囲気が残っている。同い年の大学生か、社会人になりたての若者か、もしかしたら年下かもしれない。 「わけもなくブン投げるはずねぇだろ。悠真、理由言えるか?」  後ろ手でちょいと説明を求めれば、がしっと腕を掴まれた。  縋るように掴んできた手はぶるぶる震えていて、痛いぐらいに冷え切っている。

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