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痛み──第149話
5年目も同じで、6年目。
ようやく、橘のブレブレだった体調が落ち着き始めた。
そして、お互いに18歳になったのと同時期に籍を入れた。
橘が嫌がるから指には嵌められなかったけれど、あれこれ理由をつけて肌身離さず身に着けるよう誘導できた。
僕は毎晩毎晩、お揃いの指環を眺めては、口づけた。
地毛が少し茶色い君に似合うよう特注した、ゴールドの指輪。
カタチだけではあるけれども、指輪の存在が、泣きたくなるぐらい嬉しかった。
だって、これは僕と橘を繋ぐ唯一のものだ。年に数回、たった数日間、身体を繋げるだけの関係。それでも、焦がれて焦がれて止まない「橘」透愛という人間が、「姫宮」透愛となった事実だけで、もう十分だった。
それに、大学を卒業したら一緒に暮らせるようになるかもしれない。
父が、そう橘を説得してくれたらしい。
橘はしぶしぶながら、僕との同棲を前向きに検討してくれているようだ。
初めて、「父」という存在に尊敬と感謝の念を抱いた。
彼と一緒に暮らせたら、きっと毎日がバラ色だろう。
彼の吐いた空気を吸える。並んでソファに座ってテレビを見たり、一緒に料理をしたり掃除をしたり洗濯をしたり休日に2人でどこかに出かけたり、顔を見合わせて笑い合ったり、もしも関係が上手くいけば、2人でお風呂に浸かることだってできるかもしれない。
浴槽の中で後ろから彼を抱きしめたり、疲れきった火照った彼の身体を、隅から隅まで洗ってあげることだって。
いつも橘は、自分でさっさと身体を洗ってしまうから。
一軒家の豪邸じゃなくてもいい。狭いマンションでもいい、むしろ狭い方がいいかもしれない。最初から大きいと橘が気後れしてしまうだろうし、それに小さければ小さいほど橘をより近くに感じられる。
自室だって不要だ。寝室はもちろん一つでいい。
橘が嫌だと拒んでも、なんやかんやで言いくるめてみせる。突然発情した時に備えてすぐに隣にいた方がいいとか、番にあたる相手が就寝時に傍にいた方がαが睡眠時に出すホルモンの相乗効果でΩの身体も安定するとかなんとか。
あとはなんだ……なんでもいいか、橘の貧弱な脳みそじゃどうせ論文を読んでも理解できまい。
根拠のない適当なことでもいい、丸め込もう。
いっそのこと口から出まかせである。
なにしろ彼は、意外と押しに弱いところがあるのだ。
目が覚めたら、隣で橘が寝ている。寝ている時はすかーっと枕に涎を垂らして、子どもみたいな顔をするからな、橘は。お餅のようなふにふにした触感の彼の頬は、何年経っても弾力が変わらない。
音を立てないように近づいて、こっそり抱きしめて、頬ずりすることも許されるかもしれない。
そんな夢みたいなことを想像するたび、一足飛びに大学に入学しては、秒で卒業したくなった。
たとえ心が伴っていなくとも、橘と暮らせる。
これ以上の喜びが、他にあるだろうか。
それで十分なのだと。
自分に言い聞かせることができるようになるぐらいには成長した、2年間だった。
7年目。
お互いに大学生になり、環境が変わった。
橘に、初めてまともに友達と呼べる存在が出来た。
そのおかげか、彼の笑い方もちょっとだけ昔に戻った気がする。
近くには寄れない。橘が嫌がるから。
けれども、染み付いた王子様スマイルを浮かべているだけでハエみたいにたかってくる周囲の奴らたちは、やはりどうでもよかったけれど。
八重歯を見せて可愛く笑う橘を毎日眺めることのできる大学生活は、僕にとって最高の空間だった。
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