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ふたつの嵐──第225話
姫宮はしばらく、黙っていた。
「どう、しよう」
「ん?」
「君には一生、敵う気がしない」
「なら一生負けてろって」
笑みが自然と深まる。
「そしたらなんか、釣り合い取れんじゃね? 俺ら」
姫宮が、喘ぐように唇を震わせた。
「本当、に? ぼくを、幸せにしてくれるの……?」
「ああ。死が二人を、わかつまで……いや、違ぇか」
うん、とひとつ頷く。
「死が二人をわかつとも、かな?」
お日様を見つめるように、細くなった目。
──こいつの、俺を見つめるこの目が好きだ。俺のこと、すっげぇ好きだなって表情。
俺も今、きっと、おんなじ目をしてんだろうな。
「困ったな……」
「なにが?」
「まさか君に、キレイだって言ってもらえる日がくるとは思ってなかったから」
「……そーかよ」
そんなところも同じだったとは、恐れ入った。
「うん……だからまた君に、惚れ直してしまった」
これには、噴き出してしまった。
「ばぁか、これ以上惚れんな、収集つかなくなんだろー?」
「今、おかしくなってもいいって言ったくせに」
「それはそれ、これはこれ」
「そう言えばなんでも許されると思ってないか?」
「思ってるー」
「君ね……」
「はは、なぁ、そんなことよりさ」
ここは階段だ。姫宮も、あの日ぐちゃぐちゃに絡まったまま放置していた俺たちの糸を解き直して、新しく紡いだ糸を重ね、一本にしてくれた。
となれば、俺だって。
「──今から一緒に、遊ばねぇ?」
7年前の再現に、姫宮が一瞬虚を突かれたような顔をした。
次いで……優しく口元を綻ばせて、目を伏せた。
「……なにを、しようか、君と」
俺の頬も、同じように緩む。こつんと額をくっつけあって、こそこそと笑い合う。
「ムズカシイ本読むのは却下だぞ」
「そうだね、みんなでわいわい遊ぶよりも二人がいいな」
「あ、サッカーでもすっか?」
「ボールがないね」
「デビハン?」
「残念ながらもう廃盤だ」
「うーん、じゃあ……ドッジ? 枕とかつかって」
「それは枕投げだ。それに怪我をしているからやめた方がいい」
「竹馬とか?」
「もう乗れないと思うよ……鉄棒は?」
「それだってやべぇじゃん。逆上がりとかできる気がしねぇわ……あっ、あれなんだっけほら、校庭の……」
「滑り台?」
「違う……あっそーだ、うんてー!」
「跳び箱も懐かしいな」
「おまえにケツ覗き見られてセクハラされるから嫌だ、却下」
「……じゃあ縄跳び」
「縛られるからそれもヤダ」
べぇ、と舌を出せば、姫宮が「……、ぅ」と小さく唸った、呆れる。密着してるからわかるけど、こいつまた勃ちかけてんな? 縄跳びって、俺たちにとっては結構アウトな単語だろうが。
ホントどうしようもねぇなこいつ。
「あーあ、この年になるとそれっぽい遊びって限られてくんなー」
「じゃあ、クラシックでも聞こうか」
「えっ、クラシック? カラオケとかじゃなくて!?」
「カラオケは行ったことがない」
……うん、マイク握って歌って踊る姫宮とか想像つかねぇ。タンバリン叩いてる姫宮も。
今度瀬戸たちに声かけて連れてってみっか。
「クラシックとかつまんなそ~、どこの坊ちゃんだよ……いや、お坊ちゃんか」
「僕は定期的に演奏会に行くんだ」
「マぁジでぇ?」
「ああ。父の知り合いの関係でチケットを頂くから。乱れている心が穏やかになる」
「ウソだろ、穏やかになってそれかよ」
「うるさいな」
「あ~むりむり、俺いびきかいて足おっぴろげて寝る自信しかねぇ」
「……君とは絶対に行きたくないな、恥をかく自信しかない」
「もっとオブラートに包めよ、じゃあ今度行って確かめてみるか?」
「君が寝るかどうか?」
「そ」
「……始まる前に寝て、最後まで起きないに賭けようかな」
「俺もそれに賭ける」
「それじゃあ賭けにならないじゃないか」
「ふ……ふふ」
何の身にもならないくだらない掛け合い。こんな時間がずっと続けばいいなぁなんて思っていると──はっと思い出した。
「っあー! ドラマ忘れてたっ、今何時?」
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