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7 俺はやっぱり……
週末は予定通りドラマを一気観するため、月森は動画配信サービスを始めた。
DVDをレンタルするよりもお得らしい。
サービスのことはなんとなく知っているが、お得かどうかは全くわからない。今までよっぽど関心がなかったんだな。
「うお、めっちゃ観れるなこれ」
「ですね。好きなドラマも映画もいっぱいあります」
月森がキッチンでコーヒーを用意してくれている。コーヒーの香りが部屋いっぱいに広がるこの瞬間が、俺はやっぱり好きだ。
「なんで今まで使ってなかったの?」
「家でのんびりする事ってほとんどなかったから、必要なかったんです」
「ああ、はは。そっか」
残業続きの上に週末はバスケにボルダリングに買い物って、そりゃ必要ないよな。
「月森ごめん、のんびりだと余計にストレスたまっちゃうかな?」
「そんなことないですよ。たまになら全然。先輩とのんびりドラマなんて新鮮で、ちょっとワクワクしてます」
「月森はどんなジャンルが好き?」
「俺は、観るとすればサスペンスとか医療系ですかね」
「ほうほう」
俺はどうだったんだろう。好きだったかな。どうかな。うーん、考えてもさっぱりわからない。
「俺も一緒に観てた?」
「いえ、全然です。たぶん興味なかったんじゃないかなぁ」
「そっか、興味ないのか」
まぁでも今日一緒に観たら変わるかもしれないしな。
「先輩は、SFとかファンタジーが好きでしたよ」
「え、ファンタジー?」
「タイムトラベルとか、超能力とか、幽霊物とか、そういうのです」
「ああ、ファンタジーってそれか。うんうん。そういうの、好きかもなぁって思ってた」
ファンタジーと聞いてメルヘンと勘違いした。あーびっくりした。俺どんな痛い奴かと思っちゃったよ。
「先輩、ドラマなんてほとんど観ないのに、そういうのだけは毎週録画して観てましたよ」
「え、そんなにか」
「はい、そんなにです」
「月森も一緒に観てた?」
「一緒に見れる時は観てましたけど、プロジェクトが別だと時間も合わなかったりするんで、観たり観なかったりですかね」
「ふうん」
じゃあ二人で一緒にちゃんとドラマを観るのは今回が初めてなのか。そっか。
高校からずっと一緒の俺でも、まだ初めてのことがあった。
今日の月森は、今の俺だけが知ってる月森になるんだ。そっかそっか。
「先輩、なんかすごい楽しそうですね?」
いや、楽しいよりも嬉しいなんだけど、それはなんか変かな。変……だよな。
「う、ん、楽しいよ」
楽しいってことにしておこう。
月森はコーヒーの入ったマグカップをテーブルに置くと、嬉しそうに俺の顔を覗き込みながら隣に腰かけた。
二人がけソファとはいえ、ピタリとくっついて至近距離で覗き込まれ、心臓が高鳴る。
……なんか、ちょっと近くないか?
「先輩ってドラマとか実は好きだったんですね。よし、じゃあ何観ます? 本当に俺の好みでいいんですか?」
「うん、月森の好みのが観たい」
「じゃあ俺、もう一回観たかったドラマがあって」
「おっ、んじゃそれで」
月森が選んだのは医療ドラマ。救命医療センターが舞台のものだった。
テレビに映る芸能人は覚えていない。ただ、主演の男に既視感がある。
なんだ? どうして?
「この人、秋人っていうんです。ちょっと先輩に似てますよね」
「あ……」
そうか。毎朝鏡で見る自分の顔に似てるんだ。だから既視感があったのか。
まだ慣れない自分の顔。鏡を見るたびに違和感がある。その顔に似た人物がテレビの中にいる。
「高校の時から、先輩が秋人に似てるってみんなが騒いでて。だから気になってドラマを観るようになったんです」
「ファンなの?」
「そう、ですね。ついつい欠かさず観ちゃいます。なんか先輩を応援するみたいな気分になっちゃって」
「ふうん」
俺を応援するみたい、か。それなら俺だけを応援してくれればいいのに。秋人なんて別にどうでもいいのに。……なんか面白くないな。
もしかして前の俺もそんな気持ちで一緒に観なかったのかな、とふと頭をよぎる。
いや、月森のことは関係ないかもしれない。みんなに似てると騒がれてる秋人のドラマ。俺なら観るかなと考えたら、たぶん観ない。うん、観ないと思う。
月森のおすすめだけあって、このドラマは面白い。続きが気になってやめられなくなる。
ただ、俺が絶対に観なかった理由は、秋人は関係なさそうだと途中で気がついた。
「えっ、先輩顔色悪いですよ、大丈夫ですか?」
「……あー……ダメかも」
「えっ」
俺はどうやら、血がダメらしい。
事故の後遺症かとも思ったが、たぶん違う。ドラマを観ながらなんとなく思い出した。俺は血が吹き出るようなシーンが昔から苦手だった気がする。
月森が好きだというサスペンスや医療ドラマは、きっとこうならないため に観ないようにしていたドラマだったんだ。
「大丈夫ですかっ?」
「……ん、なんとか」
月森が慌ててテレビを消して俺をゆっくりとソファに寝かせ、「水持ってきます!」とキッチンに走った。
「大丈夫ですか? 飲めますか?」
「ん……さんきゅ……」
水の入ったグラスを受け取って喉に流し込むと、少し気分がスッキリとした。
俺が水を飲んでる間にまたキッチンに走った月森は、すぐに戻ってきて濡らしたタオルを額に乗せてくれる。
「はぁ……きもち……。ありがとう月森」
「先輩、もしかして血がダメなんですか?」
「……はは。なんか、そうみたいだわ」
かっこ悪いな俺。
そりゃ月森と一緒にドラマなんか見られないよな。いつも完璧を求めていたらしい前の俺なんかは絶対に。
「そっか。だから一緒に観なかったんだ……」
月森のつぶやきが聞こえてくる。そのホッとしたような、少し嬉しそうな声色に俺はまた嫉妬する。
前の俺を思い出してる月森に、胸が苦しくなる。
今の俺を見てほしい。前の俺のことなんて、もう忘れてほしい。
俺はやっぱり……月森が…………?
記憶喪失のせいで月森に依存しているだけなのか、それとも特別な感情なのか、どうにも判断がつかない。
でも、こんなに毎日一緒にべったりなんて、特別だからできることなんじゃないか……?
もしかして、前の俺も月森が好きだったんじゃないだろうか。
じゃあ、月森は……?
「先輩、落ち着いたら、今度は先輩の好きなジャンル観ましょうか」
「……俺が観たことないやつってある?」
「えっと、そうですね……あ、これ、昨年のドラマだけど先輩観てなかったです。タイムリープものですよ」
「……じゃあそれ観る」
「はい、じゃあそうしましょう」
結局土日ぶっ通しで俺好みのドラマを堪能し、流行りのアニメまで観まくった。
見終わったあとの疲労感に、思わず「……バスケしたい」と漏らした俺に「俺もです。気が合いますね」と月森が笑った。
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