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13 ダンボールの意味
母さんが帰り際、勝手に俺の部屋のドアを開けて中を覗いた。
「おーい、勝手に何してんの」
「いつものルーティンよ。ねぇ、ちょっと陽樹。あんた引っ越すの?」
「え? なんで?」
「だって荷物まとめてるじゃない。ほらあれ、ダンボール」
同居の再スタートからずっとあるダンボール。前の俺が二年もそのままだったんだからと、あえて片付けずに置いてあった。
「いや、ここに来たときのままらしいけど?」
「え? それはないわよ。綺麗に整頓されてたもの。前に来た時はダンボールなんてなかったわよ?」
それを聞いて、ガツンと後頭部を殴られたような感覚がした。
ダンボールは越してきた時の物じゃなかった……?
それ以外にダンボールが必要なことって……。
ドクドクと心臓が鳴る。
もしかして……出ていくため……?
嘘だろ……どうして?
やっぱり俺たちは何かあったんだ。
出ていこうとするくらいの喧嘩……原因はなんだろう。
月森は俺の記憶が戻ることを恐れてる。それは間違いない。理由はこれか? 月森は、記憶を取り戻した俺が出ていくことを恐れているのかもしれない。
でも、いくら考えたところでわかるはずもない。月森に聞いたって教えてくれるわけがないし、記憶が戻らない限りはどうにもできないな。
母さんが帰ったあと、俺は月森を待たずにベッドに入った。できれば眠ってしまいたかった。帰りが遅い月森を待っているうちに、今日は帰ってこない可能性もあると気づいたからだ。
充分にあり得ることだ。たとえ帰ってきたとしても、もし月森がご満悦な様子だったら、俺は平然としていられないかもしれない。
しかし、目を閉じても眠れない。何度も寝返りをうちながら、意識はずっと玄関にあった。女の子をホテルにお持ち帰りする月森を想像しては胸が苦しくなり、今すぐにでも玄関の開く音を待ち望んだ。
何度も確認するスマホの日付がとうとう変わって諦めかけた時、待ち望んだ音がやっと響いて慌てて身体を起こした。
帰ってきた。よかった。月森……っ。
ベッドから降りようとして思いとどまる。月森の様子は知りたいけれど、でも怖い。
耳をそばだてて様子をうかがっていると、ドサッという音とともに静寂が広がった。
これはきっとスーツも脱がずに寝たな。そんなに飲んだのか。楽しい飲み会だったんだな……。紹介された子とはどうなったんだろう。
ぎゅっと痛む胸に気づかない振りをして、部屋を出て月森の様子を見に行った。
月森は案の定スーツのままソファで寝落ちしていた。一見して泥酔してるとわかる姿だ。
こんなになるまで飲む月森を俺は知らない。そんなに酒が好きだったのか。なら俺の前でももっと飲めばいいのに。
「月森、起きて。ちゃんとベッドで寝な」
「ん〜……」
身体を揺すって起こそうとするも、反応はあるが目は開かない。
「おい、月森」
「ん〜……」
「な、起きて」
「ん…………ぁ、せん……ぱい?」
やっと目が開いて視線が合う。
「ほら、ベッド行くよ」
「せん……ぱい……」
「うん」
「せんぱい……ごめん、なさい」
「いいから、ほら」
「ごめ……せんぱい……ごめんなさい……」
みるみる涙をためて、月森が何度も謝る。
「なに、どうした?」
何があった?
「行かないで……。ずっと、ここにいて……せんぱい……ごめんなさい……ごめ……」
ああ、これは俺に謝ってるわけじゃない。前の俺にだ。
そう悟った瞬間、脳裏にぼやっと記憶がよみがえった。
『――――――……俺は、お前が好きだよ』
『先輩……っ』
『俺はお前が、ずっと好きだよ』
『ごめんなさい……っ、先輩……っ、ごめんなさい……』
不意に戻ってきた記憶にグラッとめまいがした。
……ああ、なんだ。俺はとっくに振られてたのか……。
前の俺が出ていこうとしていた理由は、これだったんだ。
月森が思い出してほしくない記憶は、月森への恋愛感情だった。
なんだ、そういうことだったのか……。
これじゃ……もうここにはいられないじゃん……。
振られていたとわかっても居座っていられるほど、俺は強くないみたいだ。
「好きになってごめんね……月森」
記憶を失った俺が再び月森を好きになるなんて、月森も考えていなかっただろうな。
月森が望むように、ずっと友達として見ることができなくてごめん。
せっかく好きだと自覚したのに、あっという間の失恋だったな……。
なんで告白なんかしたんだよ。脈がないことくらいわかるだろ……バカやろう……。
俺は涙のにじむ目をぎゅっと閉じて、前の俺に悪態をついた。
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