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27 一番近くに…… ※
「いいんだよ月森。ダメじゃないよ。今の俺は、ちゃんと月森が好きなんだから」
それに、前の俺もやっぱり月森が好きだったんじゃないかと思う。でも、それはただの予想だから黙ってた。もし違ったら、月森を傷つけてしまうから。
「ダメです……っ。だって……俺を好きな先輩が……っ、き……消えちゃう、かも……しれないのに……っ」
月森が痛いほど俺を抱きしめて嗚咽を漏らす。
ああ……俺のせいだったのか……。
ごめん……月森。つい焦って余計なことを言った。今の俺が消えちゃうかもなんて、月森に言うべきじゃなかった。
でも……それでも一言だけ言ってもいいかな。
俺は深く息をついて月森に訴えた。
「なんで……前の俺が優先なの?」
「…………っえ」
「今の俺だって、ちゃんと俺だよ? 月森を大好きな今の俺を優先してくれてもいいだろ……?」
「あ……せ、先輩……っ、ごめ……っ」
やっと胸から顔を上げた月森が、慌てた様子で青ざめた。
気持ちはわかる。前の俺と過ごした時間のほうがはるかに長いんだ。そっちを優先しちゃうのは仕方ない。
俺だって、前の俺が本物で、今の俺が偽物のように思ってしまう時があるんだから。
「大丈夫。謝んなくてもいいよ」
「先輩……ごめ……」
「本当にもういいから。でも、戻るかどうかも分かんない記憶のことなんて……もう考えないで。今の俺を見て……月森」
「先輩……」
月森の頬を両手で包んで涙を拭った。
もう泣かないで。俺のせいで月森をこれ以上泣かせたくないよ。
月森が、くしゃっと顔をゆがめて涙を流しながら、静かに言葉を紡ぐ。
「見てます……ずっと先輩を見てます。前とか今とか関係なく、俺はずっと先輩が好きです」
「……ん」
「ごめんなさい……今の先輩が消えちゃうかもなんて……」
「いや。俺が言ったんだから月森が謝らなくていいよ……ごめんね。でも月森……『ごめんなさい』はもう禁止」
「え……?」
「心臓に悪いから……『ごめんなさい』って……もう言わないで」
俺のお願いに、月森はまたごめんなさいと言いかけて呑み込み「はい」と答えた。
今の俺が消えるかもしれないという問題は俺一人で背負えばいいのに、月森にまで背負わせてしまって本当にごめん。
俺がゆっくり時間をかけて悩んだ問題を、月森はこの短い時間で必死に考えてきっとすごく苦しんだ。
月森の心にどれだけ負担をかけてしまったのかと思うと、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいになる。
「でも、母さんが言うにはさ」
「お母さん……?」
「うん。母さんがさ。前とか今とか、切り離して考える必要はないって言うんだ。どっちも俺なんだから、前の俺がどう思うかなんて、考える必要ないってさ」
俺が救われた母さんの言葉。月森も救われるといいなと願って伝えた。
その瞬間、また月森の目に涙があふれ、俺の胸に顔をうずめて肩を震わせて泣く。
俺は、月森を腕の中に優しく包み込んで抱きしめた。
もしもいつか記憶が戻って今の俺が本当に消えてしまったら、月森を傷つけてしまうかもしれない。俺はまた月森を振るかもしれない。
でも今は、今の俺が消えない可能性にかけたい。
この記憶が残っている限り、俺は絶対に月森を手放さない。
前の俺がなぜ月森を振ったのかはわからないけれど、たとえそれがどんな理由でも、この幸せを絶対に守り抜く。
本当に好きだよ……月森。
何度伝えても伝えきれないほど、好きで好きでたまらない。
月森へのこの気持ちは、絶対に失いたくない。
もしも……万が一……今の俺が消えたとしても、この気持ちだけは前の俺に託したい。月森を想うだけで胸が焦がれるこの気持ちを、たとえ忘れたとしても必ず思い出してほしい。
頼むよ……“俺”。
「月森」
「……はい」
涙声で小さく答える月森の頭を優しく撫でた。
「早く……月森の一番近くに行きたい」
そう伝えると、月森は痛いくらいに俺を抱きしめ、ゆっくりと顔を上げた。
「先輩……」
「月森……早く、俺の中に来て……」
「先輩……っ」
涙で目を潤ませながらも、心の重荷が取れたような表情で、月森が優しく俺の唇をふさいだ。
もう愛しさで胸がいっぱいだ。
このまま永遠に時が止まってしまえばいいのに。
月森を大好きなこの想いを、永遠に俺の中に閉じ込めてしまいたい。
「先輩、大丈夫ですか? 怖くないですか……?」
「全然怖くないよ。それより早く……月森の近くに行きたい……」
「俺も……行きたいです」
「うん、来て……」
涙目で俺を見つめ、愛おしそうにもう一度唇にキスをする。
「本当に大丈夫ですか……?」
そう確認をして、やっと月森が俺の中に入ってきた。
「うぅ……っ、……んっ……」
想像よりもはるかに圧迫感がすごくて息もまともにできない俺を、月森は大袈裟に心配した。
「せ、先輩、痛い? やっぱり今日はやめたほうが……」
「いい……から、大丈夫……。もっと中に……っ、月森……っ」
「でも……っ」
「痛くない……。ちょっと、苦しいだけ……」
「本当に? 痛くない?」
「ん……痛くない」
心配そうに不安そうに俺の頬を撫で、「大丈夫?」「痛くない?」そう何度も確認をしながら、何度もローションを足しながら、ゆっくりゆっくり中に進む。
大丈夫、心配ないよ、そう微笑むと、やっと表情を緩ませた。
「はぁ……っ、あ……っ」
ぶるぶると身体が震える。これは圧迫のせいなのか幸せのせいなのか、どっちかわからない。
心臓が苦しいほど痛いから、たぶん両方なんだろう。
「全部……入った……っ。先輩、大丈夫ですか?」
「…………っ」
「先輩?」
全部入った、という言葉を聞いた瞬間、感情が爆発したように涙があふれた。
「せ、先輩、どうしました? やっぱり痛い?」
「…………れ、で……」
喉が焼けるように熱くて声が出ない。
「先輩……?」
呼吸をするのも困難なほど、涙がどんどんあふれてくる。
涙の先で、月森がおろおろする様子が可愛くて、思わず泣き笑いになった。
「これ……で……っ。月森は……俺のものだ……っ」
涙声でなんとか言葉にして、しがみつくように月森を抱きしめる。
すると、月森も同じ強さで抱きしめてくれた。
「先輩も、俺のものですよ……っ」
「つき……もり……っ」
俺たちは濡れた瞳で見つめ合い、深く深く口付けを交わした。
嬉しくて震えが止まらない。
まだ誰も知らない月森の一番近くに行くことができた。まるで夢みたいだ……。
前の俺よりも先。それが嬉しいと思ってしまった。
ごめんね……“俺”。
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