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3 美術館とバベルと初デート7

「碧くんはなにがしたい?」  一輝が優しく訊ねてくる。  したいこと……。  少しだけ欲が出る。 「もっといろんな絵を……今日みたいに見てみたいです。あと、絵の中の場所にも行ってみたい……」  物語の一場面を切り抜いた絵は無理だろうけど、今日見た絵の中に実際の街並みを描いたものも多く、そこに立ってみたいと感じていた。家と学校以外の風景がこの世界にはたくさんあって、自分は本当になにも知らない状態だと突きつけられたような気持ちになる。  もっといろんな世界を見てみたい。できるならそれらを描き写してみたい。  でもきっとダメだ。  そんな遠いところに行って病気で倒れてしまったら大勢の人に迷惑をかけてしまう。  輝いていた顔がすっと暗くなる。 「できるよ」 「え?」 「行きたいなら私が連れて行ってあげる」 「でも、僕は病気で……」 「君の病気のことは私がなんとかする。だから碧くんはどこに行きたいかを考えてくれ」 「本当に?」 「約束しよう」 「ぁ……一輝さんありがとう!」  諦めなくていいんだ。  それが嬉しくて、兄たちにするように一輝に抱き着いた。  無邪気に抱き着かれた一輝が困った顔を浮かべているとも知らずに。 「諦めなくていいんだ……」  本音がポロリと零れだす。今まで疑問を抱かないようにそっと諦めてきてばかりだったから、とても嬉しくて今にも踊り出してしまいたくなる。こんなに嬉しいこと、今までなかった。 「立ち止まったら通行の邪魔だからね。行こうか、碧くん」  さりげなく碧を引き離した一輝に素直に従う。  だが嬉しい気持ちが止まらなくていつもよりも足取りが軽く感じられる。  一輝に連れられて行ったのは宮益坂から少し入った隠れ家のようなフレンチレストランだった。全席個室となっている。まるで家にいる雰囲気に、初めてのレストランというのも忘れて料理を楽しんだ。ランチにしてはボリュームがあり、店を出た時には二人とも少し食べすぎたと笑ってしまうほどだ。  車を降りた時に言った買い物も忘れていなかったのか、一輝が好きだというブランドの店舗に入りネクタイを選んでくれと頼まれた。あーでもないこうでもないと二人で話し合いながら一つのものを選ぶのは今までにない経験で、想像していた以上に楽しく、帰る時間が迫ってきてももっと一輝といたいと思ってしまう。  地下駐車場で二人をずっと待っていた車に乗り込んだ時、またこの車に乗れると喜ぶ半面、もうすぐ別れなければならないんだと寂しくなった。 「どうしたんだい?」  運転する一輝に訊かれてつい、本音が漏れる。

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