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4 水族館とあなたの隣とダメな僕2

 あまりにも碧が不憫だ。  なにも知らず、なんの知識もないままでずっと生きて行かせるのは可哀想だ。  家族がなにもしないのなら、彼をこの手で幸せにしてやりたい。  行きたい所も行かせてもらえずにただ閉じ込められたような人生を良しとはさせたくない。  ただオメガというだけで……。発情抑制剤を飲んでいるのだからベータと何ら変わりないだろうし、一般的な生活を送らせてもいいものを。  都内在住で満員電車どころか公共交通機関のなにも知らないというのは異常すぎる。  小さな美術館一つであんなに喜ぶ姿を見せてくれた碧に、もっと色々なものを見せてやりたい。そうしたらどんな表情を見せてくれるだろう。もっと喜んでくれるだろうか。もっと幸せそうな笑みを浮かべてくれるだろうか。喜びのあまりもっと抱き着いてくれるだろうか。そしてそのまま……。  妖しいほうへと向かってしまう思考を慌てて中断させる。  あれほど純真無垢な存在になにを考えているのか。  きっとキスすら知らないだろう子に唇を合わせることへの快楽を教えたらどうなるかとか、色々妄想しそうになるのを慌てて打ち消し、ただ純粋に碧のことだけを考える。 「次はどこに連れて行ってあげよう」  国立美術館がいいか、それとも……。  一輝は立ち上がり、仕事部屋にしている一室に入る。  今日の美術展も昨夜調べ抜き、作品の詳細まですべて頭に叩き込んだ一夜漬けだったのは碧には内緒だ。まさか僅かな知識であれほどまでに羨望されるとは思いもよらなかった。  あの可愛らしい顔をまたみるために美術情報を無駄に優秀な頭脳にインプットさせていく。  もう一輝はどっぷりと「菅原碧」という存在にはまってしまっていた。  菅原家の御曹司だとかオメガだとかよりも、ただ碧一個人に関心のすべてが向かっている。  そんなこと、今までなかった。  30歳目前となったこの年までそれなりに……一般的以上に多くの人と交際してきたし、一夜限りというならもっと多いだろうが、その誰にも抱いたことのない感情が、不思議と碧に向かっている。こんなにも誰かのためになにかをしたいと思ったことはなかった。  興味のない美術関係の情報を漁ったり、なにをしたら喜ぶだろうか考えたり。  いつもは自分の欲望の赴くままに動いていた一輝にはありえないことだった。 (親父、この見合いをセッティングしてくれてありがとう!)  滅多に会わない父親に、この件だけは感謝してしまう。  親の下心が満載の見合いだとわかっていても、なにもない状況なら絶対に碧とは知り合えない事が痛いほどわかってしまった今、神と親の野心にすら感謝してしまう。  深窓の令息である碧は、こんな機会でもなければずっと家に閉じ込められていたことだろう。  この幸運を決して手放してはならないと本能が強く訴えかけてくる。

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