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第15話 一生、離さない

 包みの中から現れたのは、繊細に編まれた首飾りだった。細い銀の糸が何本も交差して鎖を形作り、中央には淡く光る石があしらわれている。 「見た瞬間、お前の目の色と同じだなと思ったんだ」  自分を想って選んでくれたことに、嬉しくて礼を言おうと顔を上げたメイリールは、ディートハルトの表情にどこか寂しそうなものが浮かんでいることに驚いて、開きかけた口をつぐんでしまった。 「お前のそばに、俺を思い出せるものがひとつでもあればいいと思ったんでな」  何を言い出すのか、意図が読めなくて、メイリールは首を傾げた。炎で木がはぜる音だけが、やけに大きく聞こえる。ディートハルトが、言葉を探しているのが分かった。 「……俺も詳しいわけじゃないが。悪魔の寿命は、人と同じではないと聞いたことがある」  ディートハルトの言わんとすることがようやく分かった気がして、メイリールはこくりと唾を飲んだ。 「お前にとっては、もしかしたら俺のこれから死ぬまでの時間など、一瞬かもしれない。だから、」  終わりまで、言わせるつもりはなかった。そんなこと、自分の気持ちに気づいた時から、とっくに分かっていたことだ。 「そんなこと、関係ない」  ディートハルトの言葉を遮って、メイリールは言った。 「たとえ一瞬でも俺はディーのそばにいたいし、……それを言うなら、一瞬で終わらせるつもりも、ない」  最後の言葉は、言うつもりがなかったのに、口から出てしまった。案の定、ディートハルトが狐につままれたような顔をしている。 「方法は、あるんだ……もちろん、ディーが望んでくれれば、の話だけど」  もし、もしも万に一つでもディートハルトの心が自分の方を向いてくれることがあるならば、と、半分以上夢物語として、思い描いていたことがあった。ただ、ディートハルトがそこまで自分を望んでくれるのか、それを知るのは恐ろしくもあった。 「ディーが、俺と同じだけの時間を生きてくれるって言うなら……」  駄目押しのように、消え入りそうな声でメイリールが言葉を絞り出した。判決を待つ罪人のように項垂れるメイリールの頬に、ディートハルトの温かい手が触れた。 「聞かせてくれ」  メイリールは驚いて顔をあげた。人の生を越えて、自分と同じだけの時間を過ごしてほしいと願っても、いいのか。 「お前を、失いたくないと思った。お前にも、俺と同じ気持ちでいてほしいと思うのは、傲慢か?」  おどけた口調とは裏腹に、ディートハルトの表情は触れたら壊れてしまいそうなくらい儚い。メイリールはうまく言葉が出てこなくてただ首を横に振った。とてつもなく、大きな決断を迫ることになるのだ。深く息を吸い込んで、震えそうになる声を懸命に堪える。 「悪魔は、血の契りを交わすことで、相手を眷属にすることができる」  血の契り。つまり、互いの血液を体内に入れることで、命を縛る。メイリールにとっても、知識として知っていただけで、実行する日が来るとは思ってもいなかった。 「そうすれば……ディーが俺の眷属になれば、ディーは俺と同じだけ、生きることになる」  言い終えて、メイリールはディートハルトの目を真っ直ぐ見つめた。完全に、自分のエゴだと分かっている。それでも、互いを失いたくないと思う気持ちが、一緒なのだとしたら。 「俺は、もういつ死んでもいいと思っていた」  頬に触れた大きな手が、髪の毛をゆっくりと撫でた。低い声が、穏やかに言葉を紡ぐ。 「もう、自分の命に、意味などないと、そう思っていた。だがな」  少しだけ考えこむそぶりを見せ、さらにディートハルトは続けた。 「お前が倒れた時、自分が間違っていたことを知った」  その時を思い出すように、ディートハルトの目が細められる。 「お前が、もう一度、生きることを教えてくれた。そのお前に望まれて、共に生きる道を与えられて、選ばないほど俺はもうろくはしていないつもりだ」  お前が望むなら、魂だってくれてやる。これ以上ないほどの愛の告白に、メイリールは目眩がしそうだった。同時に、獲物を得た魔族の本能に、牙が疼く。性的な興奮にも似た高揚感に、熱い吐息が漏れる。その様子を見たディートハルトが、問うような眼差しを向けた。 「どこからでも、なんなりと」  どうすればいいのかは、身体が知っていた。両手でディートハルトの顔を捉え、深く口付けて、牙を立てる。自分の唇も噛み切って、お互いの血液が混ざり合った。競うように飲み下して、それでも飲みきれない分が、赤い雫となって顎を伝い落ちる。身体中を熱が駆け巡り、互いの身体が呼応しあっているのが分かった。二人なのに一人のような、境界が曖昧になるような、不思議な感覚だった。 「……っ、は、ぁ……」  真っ赤に染まったディートハルトの唇を舐め取り、名残惜しいが口を離す。血の味に興奮がおさまらない身体を宥めながら、メイリールはディートハルトの手を取った。 「一生、離さない」  もうガキだと、馬鹿にさせない。これからは、二人で一つだから。 「望むところだ」  ニヤッと男くさい笑みを浮かべるパートナーに、たまらなくなったメイリールはもう一度、長い長い口づけを奪った。洞窟の外では、東の空に登った月の光に、白く覆われた大地がキラキラと輝いていた。

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