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第64話 朱色の酒

 一時間後。二人はカツラの自宅前にいた。タイガの無理な要求にやはりカツラは応じた。カツラもタイガと体を重ね愛し合いたかった。今日のこれまでのできごとが幻でないことを身をもって実感したかったからだ。  鍵を開け自宅に入る。タイガがここへ来るのはいつ以来だろうか。数か月前のことを思い出し、リビングまで来たところでとりあえずなにか飲み物でもと言おうとしたら、タイガが背後から抱きしめてきた。そして唇を求め、そのままお互い絡み合うように激しいキスをしながらベッドへ行く。ようやく二人の愛を確認するときがきた。  あれからどれくらい時間が経ったのか。自分の上に横たわった少し荒い息遣いのタイガの背中にそっと手を置く。夢ではない。本当にタイガと。愛する人と交われた。 今まで経験してきたものとは全く違う。気持ちがあるとこうも違うものなのか。タイガと深くつながった瞬間、身も心も満たされ、あまりの衝撃に一瞬意識を失いかけた。そして一定のリズムを刻むタイガの存在を己の中に感じながら強烈な快感と幸せの感情の渦に飲み込まれ、涙が出そうになった。気が狂いそうな程の心地よいタイガの動きに「このままずっとこうしていたい。」そんな思いに捕らわれながらついに達し、そしてそれと同時に欲望のままに吐き出されたタイガの熱い思いを体の奥に感じとった。たまらない幸福感に包まれ、ようやっとタイガを自分のものにできたとカツラは興奮と満足で半ば放心状態となった。  しばらくしてタイガが体を浮かせ優しくカツラの顔を覗き込んだ。カツラもいましがたの行為で呼吸が少し乱れていた。瞳は潤み、余韻で頭の芯がかすかに痺れている。 「大丈夫か?」  タイガの薄いブルーの瞳に見つめられるとなにもできなくなってしまう。激しく求めるときは少し濃さを増すその瞳に抗うことはできない。まだタイガを中に感じながら幸せを噛みしめて答える。自然と笑みがこぼれる。 「問題ない。」 「タイガ。」 「ん?」 タイガの頬に軽く手をのせ今まで伝えられなかった思いを口にする。 「好きだ。愛してる。お前とずっとこうしたかった。」  タイガはカツラの言葉を聞き、愛おしさが爆発した。カツラの唇は先ほどの一連の行為で余計に赤みを帯びていた。その唇に強く吸い付き深くキスをする。首筋を通り唇を下へ下へと這わし再び激しくカツラと愛を交わす。「くっそっ、こんなにいいのか。」  カツラとの行為はタイガにとっても初めての快感と感情を与えるものであった。何故もっと早くにこうしなかったのかと無駄にした時間を後悔した。すれ違い結ばれるまでに苦労したからなのか、もともと相性が良かったからなのか、カツラとの愛の営みはこの上なく心地の良いものだった。 彼の肌も髪も絹のように滑らかで、同性なのに自分とはまるで違う。カツラの生まれ持った美しさに圧倒されていた。タイガはカツラとの契りで生まれて初めて得る感覚に夢中になり、カツラの内深くまでを貪欲に味わった。 カツラの細く長い手足がタイガを絡め取る。もう二度と離さないというように。タイガもそれに応えるため自分の気持ちのままにカツラを求め続けた。そうしてカツラに包まれたまま今までの溢れる思いをすべてカツラの内側に放出した。 今の二人にはなんの隔たりもない。一切の制限を受けず欲望のままにお互いを求め合い混ざり合った。  気持ちのままに愛を重ね続け、気付くともう夕方になっていた。空が赤く染まり、夕日の色が部屋に落ちてきた。汗ばんだ体のまま横たわる二人。心地の良い気だるさにこのまま眠りに落ちそうになる。その時、盛大にタイガの腹の虫が鳴った。 「くっくっくっくっ...。」 なんとも今の雰囲気にそぐわない大音量に、思わず自然にこみ上げる笑いを必死に堪えようとした努力もむなしくカツラは吹き出してしまった。 「あはははははは...。」 「仕方がないだろ。朝からぶっ通しなんだから。カツラは腹減ってないのか?」 タイガが腹を両手でおさえながら恥ずかしそうに言う。 「タイガ。お前、本当にかわいいな。」  そう言って自分からタイガにキスをする。何度も何度も。タイガとのキスを堪能する。タイガの奥まで深く。彼の吐息まで逃さぬように。幸せすぎて離れられない。どれくらいそうしていたのかタイガの腹の虫が今度は小さく鳴り響いた。「いけない。また離れられなくなってしまう。」先ほどから二人はこれを繰り返していた。少し話してはキスをしまた激しく求めあう。 離れがたいタイガの下唇を優しく甘噛みし、今度こそタイガから体を離す。タイガは腹が減っているようなので起き上がり食事の用意に取り掛かることにした。すると腕を掴まれた。振り返るとタイガが優しい眼差しで見つめている。 「カツラ。すごくよかった。」 「ああ。俺も。」  今までにない充実感に包まれ、タイガのために料理の腕を振るう。今頃店は開店準備で慌ただしくなっているだろう。働き始めてから初めてずる休みをした。自分の代わりに業務を変わってくれたウィローに感謝しなければ。といっても、もともとは彼の仕事であったのだが。ウィローの体調不良のおかげでタイガとヨリを戻せた。これからはより一層目を掛けてやらないと。  鼻歌を歌いたい気分で手際よく料理を仕上げていく。気づけば五品も作ってしまった。汗を洗い流していたタイガが彩鮮やかに出来上がった料理を見て驚きの声を上げる。タイガは全て綺麗に平らげたくれた。食後ふと思い出しグラスを二つテーブルに置く。 持ってきた酒瓶は研修前にタイガに渡そうと店長から買い取った酒、カツラがタイガに一番最初に出した朱色の振る舞い酒だった。タイガにフラれてからは悲しい思い出でしかないその酒は目に着かないところに隠していたのだが、今となっては二人の始まりの酒である。タイガとめでたく結ばれた今、一緒にこの酒を飲みたいと思い、出してきたのだ。グラスに酒を注ぎこむ。美しい朱色の酒を目にしてタイガが声を上げた。 「これは!」 「そう。気付いた?」 やはり覚えていてくれた。タイガの反応に満足し話し始める。 「主に♦♦♦国で作られている酒なんだ。ココナッツの花蜜を発酵したのち蒸留してつくられる。優しい甘さだけどアルコール度数は高い。普通は色は透明なんだけど♦♦♦国と取引している業者が共同開発してなにか隠し味を使って朱色を酒に着けたらしい。その風味も相まってより一層いい味に仕上がっている。」 「なるほど。面白いな。」 「さぁ、飲もう。」 グラスを上げタイガと笑顔で乾杯をする。 「これからの俺たちに。」  今、目の前には愛しい人がいる。タイガは今日のできごとを振り返りながら満ち足りた気分で朱色の酒を一口飲む。口と喉に懐かしい味わいが広がる。一番最初に『desvío』に行った記憶が蘇る。どうして頼んでもいないのに酒が出てきたのかと不思議に思っていた。今ここにいるカツラが自分のために用意してくれた。元気になるようにと。ずっとずっと思ってくれた。タイガはグラスを置き、再びカツラにキスをした。そしてカツラの耳元で優しい声で囁いた。 「ありがとう。愛してる。この先もずっと。」

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