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第66話 誓い

 タイガは今日、カツラを特別な場所に連れていくつもりで彼を誘いだした。どこに連れていくのか、カツラにはまだ内緒にしている。一時間ほど車を走らせ、一番近くの港町にきた。ここは幼い頃タイガが育ったタイガの地元だ。小学校から寄宿学校に通っていたので、あまり記憶には残っていないのだが、年に一度は必ず足を向けていた。ここには幼い時に亡くなったタイガの母の墓地があるのだ。  海と山に囲まれた町なので、山の中に作られた墓地は平地からでも場所がすぐわかるところに見える。目的の墓地までそのまま車で向かう。しばらくすると、鬱蒼とした木々に囲まれた中に広大に切り広げられた美しい緑の敷地が現れた。そこからは遠くに街並みと海が見えている。等間隔にバランスよく点在した墓石から目的のものを見つけカツラに説明する。 「母の墓地なんだ。今日はカツラを母に紹介したくて。」 あまりしんみりとならないように努め、なるべく明るく話をする。重たいやつだと思われていないか。カツラの表情をこっそり伺う。彼は母の墓石に視線を向けたまま黙って続きを待っているようだ。 「カツラ。」 「ん?」 カツラが墓石から目を離し、こちらに顔を向けた。タイガはポケットから小さな黒い箱を取り出した。それは母の家に代々伝わるリングケースだった。おもむろにカツラにリングケースを指しだした。 「これ、カツラに持っていてほしいんだ。」 なにごとかとカツラが箱に意識をむけた。 「え?」 戸惑いながらカツラが差し出されたリングケースを受け取る。 「開けていいか?」 「もちろん。」 蓋を開けるとそこには翠の宝石が細かくちりばめられた美しいリングが入っていた。カツラの瞳と同じ翠。 「これ、もしかして翡翠か?」 タイガはカツラの問いかけに照れながら答える。 「そうなんだ。ずいぶん前に作られたものらしいんだけど。母から娘に受け継がれてきたものだって。母の代で娘が産まれなかったから、父が俺の大切な人に渡すようにって。母の大切な形見だから。」 タイガの最後の言葉を聞いてカツラが驚いて顔を上げた。 「そんな大切なものを俺が持つのは。」 カツラは要領がいいくせにたまに鈍いところがある。ただ預かってくれと言っているわけではないのに。自分の話を聞いていたのかと確認したくなる。しかしこのシチュエーションでくみ取れないカツラの鈍さにタイガはまた愛おしさが増した。 「それは俺が産まれる前から存在していたんだ。リングの色がカツラの瞳と同じ翠なんだ。運命的だろ?」 そう言われてカツラはやっとピンときたらしい。カツラには珍しく顔を赤らめうつむき黙ってしまった。 「この場所に父と叔父以外、来たことはないんだ。カエデも来ていない。カツラだけだ。」 カツラが顔を上げ、揺れる瞳でタイガを見つめた。 「カツラ。俺の生涯の伴侶になってくれ。俺がカツラを選んだんだ。だからそのリングはカツラに持っていてほしいんだ。これからもずっと二人で旨い酒を飲んで過ごそう。カツラが勧めてくれるいろんな酒をもっと一緒に飲みたいんだ。」 カツラとの出会いをつないでくれた様々な酒。この思い出をいつまでも忘れずに大切にしていきたい。そしてこれからの生涯をカツラと供に歩みたい。カツラの返事を待つ。  カツラは大きく息を吸いタイガの目を見た。手には大切にリングケースを持っている。そしてタイガに聞こえるようにはっきりと声に出し伝える。優しい笑みを湛えながら。 「タイガ。もちろんだ。」  カツラと付き合い始めて一年が経とうとしていた。職場が近くなるという理由でタイガは今はカツラのアパートで一緒に暮らしている。タイガにとっての一番の理由はなんといってもカツラと一緒にいたいからなのだが。  今日はフジキが携わった例のレストランの一周年記念だ。店には馴染みの客だけが招待される。フジキの関係者として今夜タイガもカツラと一緒に招待された。そこにはもちろんフジキも来る。そしてカエデも。  カツラがカエデに改めて会うのはあの日、薬をもらった日以来だ。カエデは遠い町で仕事をしている。あれからすぐにまた予定が入ってしまって『desvío』にも結局カエデは行けずじまいだった。タイガがフジキからレストランの話を聞いた時、タイミングよくカエデが会社に顔を出したので、無理を承知で声をかけてみた。するとカエデも都合が付き、せっかくなのでカツラに会いたいということになり、四人でレストンで落ち合うことになった。    目的のレストランは遠く続く石段を上がった高台にある。すっかり日も暮れて街頭に明かりが灯りだした。「しかし、この石段がきつい...。」タイガは身軽にさっさと石段を上っていくカツラに必死について行く。息も上がり上に行くにつれて体はつらくなる。 「タイガ。もうすぐで石段も終わりだ。大丈夫か?」  カツラが振り返り心配してくれる。タイガは息切れで話すのもつらく、片手をあげ大丈夫だと意思表示をする。「カツラは何故息切れしないのだろう?あの最中は結構息も絶え絶えなのに...。」タイガはカツラと結ばれてからは直ぐに甘い妄想にふけってしまう。  カツラが振り返った瞬間に首元にかけたネックレスチェーンが月の光を受けてキラリと輝いた。チェーンの先は服の中に隠されたままだが、そこには翡翠のリングが掛けられている。 カツラは石段の一番上でタイガを待っている。ようやっとカツラに追いつき、横に並び立ち眼下に広がる街並みを一緒に見下ろす。町に灯った明かりが宝石箱のように町を彩っている。しばらく無言で眺め、カツラの手をとる。 「行こうか。」 「ああ。」  満月の下、隣には月明りに照らされ優しく微笑むカツラの笑顔がある。タイガの大好きな特別な笑顔。そして二人は共に歩み出した。 ―完―

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