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出会い 1-1

――――やっと、落ち着いた……… それは新居を見て初めて思ったことだった。 相模 夕人(さがみ   ゆうと)は1月の寒空の下、ほどけてきたマフラーを首に巻き直した。 「はぁーーーっ…」 吐く息は白く、鼻と目の奥が、なんだかツンとする。 ーーー雪、降るのかな……。 見慣れない景色に、夕人の心には色んな感情が入り混じる。 「…では、とりあえず1便はこちらで終わりになりますので、これから戻ってご主人と落ち合ってから、家電などの大物運ばせていただきますね、よろしくお願いします!」 引越し業者の年配の男性スタッフは夕人の母にそう伝えると、お辞儀をして足早にトラックに乗り込んだ。 「ご苦労様でした、また午後もよろしくお願いします」 母は深々と頭を下げた後、トラックまで駆け寄りペットボトルのお茶を手渡していた。 ”よかったら休憩のときにでも…” “すみません、ありがとうございます” というやりとりが聞こえてくる。 繁忙期ではないとはいえ、正月明けにも関わらず破格で引き受けてくれた無名の引越し業者は、仕事が早くとてもありがたいことだった。 夕人はトラックの姿が見えなくなるのを待ってから、新居の玄関先に積まれた荷物を手で触って重さを確認した。 「母さん、この段ボール、全部持って入っていいの?」 真っ白な門、庭には人工芝が広がり、隣家への目隠しに南天の木と紅葉が植えてある。 綺麗に手入れが行き届いており、2年ほど先住の人間がいたとは思えないほど、中古にしてはかなりの優良物件と思えた。 今日から、相模家はこの家に住むことになる。   「夕人、大丈夫?無理しなくていいのよ、寒いんだし家の中入ってなさい。業者さんが2便目で来たら、あとはお任せできるし、お父さんもそのうち来れるんだから」 母が夕人の顔色をのぞいて、玄関ドアの鍵のチェックをする。 「二重ロックは付いてるけど、このチェーンちょっと心許ないわねぇ…ここのインターホンの上に防犯カメラ付けようかしら」 転居する前に住んでいた分譲マンションとは勝手が違うため、慣れるまでは少し時間がかかりそうだ。 転勤のない職種である夕人の父が、わざわざ立地の良い分譲を売り払って、車で1時間以上離れた郊外のこの地の中古住宅購入に踏み切ったのは、わけがあった。 夕人は、幼い頃から重度のハウスダスト・花粉アレルギーからくる喘息持ちだった。 季節の変わり目やちょっとした風邪で喘息の発作を引き起こしてしまい、その度に呼吸困難に陥る。何度夜間救急に世話になったか、数えきれないほど。 入院も何度もした。 幼少期の思い出は、幼稚園で友達と遊んだりすることよりも、病院のベッドの上で過ごした記憶の方がはるかに多かった。 まだ、それでも、幼い頃は良かった。年を重ねるに連れ、入院する度に、勉強には遅れが出て、イベントにも参加できない。 症状が軽快して退院しても、遅れを取り戻すために補習に通い、友人と遊ぶ時間などないに等しかった。 体育の授業なんてまともに受けられたこともない。 運動に制限があり、マラソン大会で力いっぱい走っている同級生をいつも羨んで見ていた。 ーーどうして、俺だけ。俺ばかり…… 色白で、痩せっぽちの体。 食も細く、食べることへの楽しみも特に感じない。 同い年の、同性の男子とは体格にも差が出てしまうのは当たり前だった。 幸い、学校内で、そんな夕人をいじめたり、からかったりするような人間はいなかった。 ただ、まるで腫れ物を扱うようにクラスのみんなが自分に話しかけてくることへ感じるのは、疎外感以外の何物でもなかった。 同情、憐れみ。 心配してかけてくれる声すらも、偽善ではないかと疑心暗鬼になった。 “大丈夫?” ーー大丈夫、なんかじゃない。ちっとも。

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