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傷跡 2-4

塾の校内は個別指導・完全マンツーマン制を謳うこともあって、 各席はパーテーションで仕切られており、一つの机に講師と生徒が1人ずつ着席する、という形をとっていた。 密室とまではいわないにしても、極力、他の生徒が受講内容を聞いたりはできないよう、ある程度防音面も配慮がされていた。 「あの、風間さん。ここ、問3の解き方ってーー」 夕人が机越しに座った風間に向かって、問いかける。 「うん、どこ?」 『ガタッ…』 そう言うと風間は、席を立ち、夕人のすぐ隣へと移動する。 「ああ……ここはね……」 風間の顔が、吐息が聞こえるほどに近づいているのがわかる。 ーーなんで、こんなに近いんだろう。 わざわざ移動しなくても、すぐ目の前にいるんだから、そのまま教えてくれればーーー…。 夕人は気まずくて、いつも、視線を問題用紙に落としたまま、風間の指導を聞いていた。 「相模くん、君、もしかしてお宅はxx区?」 「え……?なんで、ですか?」 突然の風間の問いに、夕人は戸惑った。 「いや、昨日見かけたんだよ。   僕、ドライブが趣味でね…休みの日はよく走ってるんだ。 ーーー相模くん、昨日は通院してたんじゃないかい?x x区立総合病院の呼吸器内科、とても名医がいると評判だよね」 「ーーーー!」 ーーーなんで…知ってるんだろう? 昨日は確かに、2ヶ月に一回の定期健診の日で…… 担当医に診てもらうため夕人は区立総合病院へと行っていた。 だけどそれを誰にも話したことはない、まず、塾講師の風間がそんなこと、知るはずがない。 「え、あの………」 夕人が返答に困っていると、風間はくすっと笑って、 「はは……当てずっぽうに言ってみただけだよ。 そんな驚いた顔しなくても。 あ、見かけたのは本当だけどね。あの辺り、とても治安も良いし評判が良いよね。」 「えっ…あ、はい……。」 少し安心した様子の夕人の顔を、風間はじっと見つめた。 「病院の話も、名医っていう噂は本当だから…安心して大丈夫だよ」 少し怖くなった夕人は、風間の顔を見る。 いつもと変わらない、眼鏡の奥の瞳は、優しそうに微笑んでいる。 「じゃあ、ひとまず今日はここまでだね。 おつかれさま、また来週にね」 「あっ…はい。ありがとうございましたーー」 夕人は安堵の息を吐き、塾を後にした。

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