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13_魔物の巣

 何が起きたのか分からなくて呆然としてると、上から聞き覚えのある声が降ってきた。 「遅くなった」 「……っえ、る……?」  自分をあの場所から引っ張り出したのは黒い剣士だった。それがエルだって認識した瞬間、鉛みたいに固まってた体が急にガタガタ震えだして。 「お、そぃぃ……っ……」  思わずしがみついて何とか絞り出した声は、情けないくらいに小さかった。  攻撃が外れて機嫌の悪そうな魔物がまた跳び跳ねる。勢い良く降りてくる脚をエルの剣が受け止めて、横に払うと魔物が横に弾き跳ばされていった。  何回かそうやってやりすごしたと思ったら、威嚇してくる魔物を睨むようにエルが目を細める。  じわりじわりとエルから黒いモヤみたいなのがにじみ出てくると、その瞳が少しだけ赤くなって。 「         」  エルが低い声で何か魔物に向かって言う。  ……だけど、その意味は理解できなかった。  皆の話してる言葉は何もしなくても分かったのに。今の言葉はただの音でしかなくて、何を言ったのかが全然分からない。    だけどその声にビクッと反応した魔物は少し距離を取った。しばらくの間うろうろしてたけど、急にくるりと背中を向けて森の方へ走り去っていく。  しんと辺りが静かになって、ぽんぽんと肩を軽く叩かれて体から力が抜けた。力一杯エルの服を握ってたせいで手が真っ赤だ。 「突獣と戦っている奴らもそろそろ余裕が出るだろう。落ち着いたら向こうに合流しろ」 「えっ。エル、は」 「アイツを追う」 「えっ!?」  言うが早いか、黒い服を翻してエルは走っていってしまった。  向こうを見るとサイみたいな突獣の角に苦戦しながら倒していってる。逃げ回ってた僧侶の団体も戦闘のサポートをしてるみたいだ。  だけど、エルは一人であの魔物を追いかけて行ってしまった。 「ひ、一人で行ってやっつけ負けしたらどうすんだよ……!」  すぐアイテム回復サボるくせに。魔法でもアイテムでもサポートは俺に全部させてるくせに。 「貴重な薬草置いてってんじゃねーぞ馬鹿ッ!」  追いかけなきゃって思ったら、動けないくらい重たかった体が少しだけ軽くなった。あいつらの体力ゲージが見えてる内に追い付かないと探し回る羽目になる。  転んで落とした杖を拾い上げて、森の方へ全力で駆け出した。    元気になった気になって勢い良く走り始めたけど、すぐ疲労に追い付かれてしまった。というか散々獅子型から逃げ回ってたのを忘れてた。忘れてたけど物凄く脚がだるい。  しっかり見えてた体力ゲージがもうすっかり薄くなってしまっている。まずい、走ってきた道なんか覚えてない。合流できなきゃ迷子になる。  頭を横に振って嫌な予感をかき消しながら早足で歩いてると、段々道が細って余計に不安になってきた。ウルフの森で似た展開になった記憶がよみがえってくる。  確か獣道みたいな所に追い込まれて、デカイ樹があって。その根本が何だか巣みたいになってて――ふと、黒い後ろ姿が目に入った。 「! え……る……?」  エルの周りには魔物がたくさん居た。その背景はやっぱりデカイ樹で、洞穴みたいな空洞がぽっかり口を開けてる。多分ウルフの森と同じだ。中は巣になってるんだろう。  だけど、さっきまであんなに機嫌悪そうな顔で攻撃してきてた獅子型がご機嫌でエルに撫でられている。 「………………なんで?」  あれだけ魔物が居るのに、誰もエルを威嚇してない。むしろ甘えるというか、懐いてるように見える。  不思議な光景をガン見しすぎて、足元の小枝が微かにパキッと音を立てた。  小さい音なのに向こうにはバッチリ聞こえたらしい。ぶわっと魔物の視線が一気にこっちへ向く。  煙みたいな鬣の獅子みたいな奴の他に、影みたいな真っ黒い――エルみたいに黒目黒髪黒服ずくめな訳じゃなくてマジで真っ黒な影が動いてる感じの奴、ウルフに似てるけど2倍くらいでかい奴、顔だけの某アクションゲームで上から落ちてくる岩みたいな奴……他にもダンジョンの奥に居そうな奴が集まってて圧がやばい。  ウウウ、と獅子型の魔物に唸り声で威嚇されてまたバキッと体が固まる。じりじり近付いてくるのに足が全然動かない。ステータスで逃げ足特化しても動けなかったら何の意味もないのに。  獅子型はまた飛び跳ね攻撃をするつもりなのか、体をぐっと低くした。 「     」  またあの音が聞こえて、目の前の魔物は威嚇する姿勢を解く。その後ろに見えたエルの瞳は黒じゃなくて、鮮やかな赤い色をしていた。  目の色が赤くなるだけなら、うぉぉファンタジー!って大興奮してたかもしれない。だけど急に言葉が分からなくなって、なのに魔物はエルの言葉を理解してるみたいに振る舞ってて。  目の前に居るのが俺の知ってるエルなのか分からなくて……少しだけ、怖くなった。  ゆっくり近付いてきたエルが手を伸ばしてくる。思わずビクついて避けると少し驚いたような顔に変わった。  「……震えているくせに、よく追い付いてきたな」  そう言いつつ帽子の上から乱雑に頭を撫でてくる表情はどこか寂しそうで。いつもの声にほっとした反面、さっきの行動にちょっと後ろめたさが沸いてくる。 「す、すぐ回復サボるから……わざわざ追っかけてきてやったんだろっ」 「ずいぶんと行動力のある薬草だ」  上手く言い返せなくて口をへの字に曲げた。魔物に囲まれてる状況じゃ薬草呼ばわりに怒る気にもなれない。抗議の声を上げた瞬間周りの魔物に威嚇されるに決まってるから。  人が黙ってるのをいいことに、エルの手は頭のあちこちを撫で回す。ムツゴロウさんかお前は。 「うわっ!?」 「        」  大人しく撫でられてると、急に横っ腹にぶつかってきた獅子型の頭で軽く吹っ飛ばされかけた。軽くぶつかった感じだったのに力が強い。  分からない言葉で何か言うエルに一瞬顔を下げた後、撫でろと言いたげに魔物はすりすりと手に頭をすりつけにいく。  何か、じいちゃんの所の構ってちゃん犬が似たような行動してた気がする。俺を押し退けてじいちゃんに構ってちゃんしに行ってたような。  ……ひょっとしてあの魔物もデカイ犬みたいな習性なんだろうか。そう思うと、ちょっとだけ可愛く見えなくもないような。 「ヴヴヴ!!!」 「ひっ!?」  前言撤回! ムリムリ唸り顔怖すぎ!!  じっと見てる事に気付いたのか、獅子型は表情を一変させて睨んできた。何回も襲いかかられた事もあって体が自然に逃げようと距離を取る。    と、後ろの何かにぶつかった。  後ろに木なんかあったっけと思いつつ振り返ると、後ろは真っ暗で。  「ぃギャアァぁぁッッ!?」  いつの間にか真っ黒い影みたいな魔物が後ろに回り込んでいた。ぶつかった俺の肩を掴んで、ずいっと顔っぽい部分を俺の顔に近付けてくる。  何となくガン飛ばされてるだろうなってことは分かる。目玉がないから視線の向きは分からないけど、こんな近くに来てて別方向見てることはないだろ。 「その魔物に敵意は無い。……お前に興味があるようだ」 「ホントだろうな嘘だったら化けて出るぞ!」 「ばけ……?」  子供みたいに首を傾げるエルに、まくし立てるちょっと勢いが削がれた。この世界に化けて出るって概念はないらしい。 「嘘だったら絶対許さないってこと!!」 「ああ、なるほど」  頷いたエルが軽く宙で指先を払う仕草をすると、影の魔物はするりと俺から離れて空中に浮いた。でも何か視線みたいなのは感じるから、めちゃくちゃ観察されてる気がする。珍獣か俺は。 「なんでコイツまとわりついてくんの」 「お前は僧侶と同じ服装をしているから気になるんじゃないか。あと偵察をしていた名残だろう」 「偵察って……スパイ? 何の?」  確かに影は何処にでもあるから、混ざっちゃえば分からないんだろうけど。でもスパイなんて一体誰の。 「ちょっおま、人の影で遊ぶなよ!」  いつの間にか影の魔物が俺の影に出たり入ったりして遊んでいた。しかも魔物が重なってると俺の影が魔物に合わせて動き始めて、絵面が結構なホラーだ。    やめろと声を上げるけど言葉が分からないからか、ますます調子に乗って俺の影を踊らせて遊ぶ。 「人間の、だな。そいつは魔王が小飼にしていた偵察要員だ。人間側の動向や作戦内容を持ち帰っていた」  偵察。動向。作戦内容。ちょっと待て。 「……コイツひょっとして俺の言葉分かるんじゃねぇの」 「分かっているだろうな」  やっぱりそうだよな。作戦内容は言葉が分からないと周りに伝えられないもんな。  振り返ってギッと睨むと、俺の影があっかんべーをしたように見えた。 「てンめぇぇぇー! やっぱ止めろつってんの分かってんじゃねーか!!」  叫ぶ俺を笑うように俺の影が揺れる。捕まえようとしても上手く掴めない。  完全にからかわれてんだろコレ! むかつく!! 「       」  エルが何か言うと、ピタリと影の魔物が止まった。 「何なんだよもー! 魔物といい馬といいエルの言うことばっかり聞きやがって!!」 「馬は知らん。魔物は言葉が分かるのだから仕方ない」 「え。まじかよ」    何か今、しれっと凄いこと言ったぞ。

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