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17_まるで嵐のような
心の中でSOSを出しまくっていると、酒飲みのおっさんが何度目かの正直で猪系女子をテーブルから引き下ろした。
「おいこら、それは優先順位が違うだろうが。まず街道を通さねぇと何も始まらん」
救いの神だ。おっさんなんて言ってごめん。おっさんじゃなくて、おじさまだ。救世主のごとき酒飲みのおじさまだ。
だけど猪系女子は引き下ろされてもめげない。おじさまと空中で手を掴んだり振り払ったり、地味な攻防戦を繰り広げている。
「だーかーらー! 街道復旧のために機械を修理するんだってば」
「はいはい」
「パワーショベルが完成すれば作業も効率化出来るんだから!」
「はいはいはいはい」
わぁわぁ声を上げる猪系女子をやりすごすおじさまはマタドールみたいだ。何か妙に手慣れてる気がするけど、ひょっとしてこの攻防戦はいつもの事なんだろうか。
「ん? パワーショベル……?」
ふと、急に知ってる単語が出てきた事に気付く。
ファンタジー世界にもパワーショベルってあるのか。それとも俺が知ってるのとは全然違うブツなんだろうか。
「何なんだそれは」
エルが不思議そうに首を傾げた。
……どうにもパワーショベルって単語自体が存在しないっぽい。
「気にすんな、コイツの働いてる工房で作ってるキカイとかいう変なやつだよ。でっかいスプーンで土を掻き出すんだそうだ」
あれ、それって俺の知ってるパワーショベルに近いんじゃないのか。でっかいスプーンって辺りが何か笑えるけど。
だけどエルもレティもいまいちピンと来ないらしくて返事が鈍い。俺だけ置いてけぼりになりがちなのに今は逆。珍しい光景だ。
「わざわざ鉱石を集めて作るのであれば、今は魔法や人の手で良いのではなくて? 人手もありますし、土木作業用の魔法ツールもありますでしょう」
「そうなんだよそうなんだよ! もっと言ってやってくれ嬢ちゃん!」
不思議そうに言うレティにおじさまは物凄い勢いで首を縦に振りまくる。
「違うのー! 思ってるよりずーっと大きい機械なんだから! 人でちまちま掻き出すよりずっと効率良いんだからー!!」
「はいはい」
「おじさん達、機械を馬鹿にしすぎじゃない!? 防衛システムだって土壌や気候の観測装置を兼ねてるんだよ!? 二次災害のリスク減らせるの! 単なる魔物避けじゃないんだから!」
二次災害。地震とか土砂崩れとかのニュースで出てくる単語だ。観測装置も分かる。
あれ、猪系女子の言いたいことが何となく分かる気がする。キミツナ世界の単語って基本ゲーム世界に繋がるのに、あの子が今言ってる単語は日本に繋がってる気がする。凄く変な感じ。
だけどそんな気がするのは当然俺だけで、エルもレティも絡んできた酔っぱらいを見る目で猪系女子を見ている。
おじさまに至っては駄々っ子を宥める親みたいだ。
「はいはい分かった分かった。しかしなぁ、お前の依頼なんぞほぼボランティアじゃねぇか。そんなもんに応じる冒険者が居るかってんだ」
大して報酬も出ねぇのによぉ、と言うおじさまに初めて猪系女子が口ごもった。
なるほど理解。だから皆ギルドに出してるあの子の依頼を受けないし、ここでも必死で目を合わせないようにしてる訳だ。
今は報酬がいいっていう復旧工事の依頼があるから余計なんだろうな。
「魔物も退治されたし、それは街道が元通りになってからゆっくりやればいい。鉱山探索は暇になったら俺も手伝ってやる」
「ぜんっぜん分かってないじゃん! おじさんの馬鹿! ぽんこつ! 飲んだくれー!!」
バシバシバシバシおじさまの頭を叩きながら、本格的に駄々っ子みたいになりつつある猪系女子は文句を言う。
たけど、あの子の言ってることが本当なら。俺の知ってるパワーショベルなら、絶対に人力より早い。
そしてそれを知ってるのは、あの子以外だと多分俺だけ。
「あぁあ、ぁのっ!」
急に出した声は思ったより大きかった。しかも微妙に裏返ってしまって、その場に居合わせた面子からの視線に恥ずかしさが増してくる。
「あの……それ、受ける」
「は? 何を言っているんだ薬草」
「お待ちになって、コータ」
「ほんと!? やったぁ、ありがとう!」
止めようとする周りを押し退けて、猪系女子はぐいぐい身を乗り出してくる。
三人がかりの制止を突破してしまった姿はマジで猪。そしてその勢いのままガッとすんげぇ握力で肩を掴まれた。ちょっとどころか結構痛い。
「じゃあ明日、お昼からお願いしてもいい!? 午前中には準備済ませとくから! あ、これギルドの依頼票!」
「う、うん分かっ……え、準備?」
「明日、街外れの工房に来てね。絶対だよ!」
依頼票とかいう紙を握らせて、猪系女子は俺の手を握った。
……って言うと何だかいい雰囲気な字面だけど、実際は握るどころか握りしめる。いっそ握り潰す勢いで全然キラキラする感じはない。
所詮ただのオタクに用意された展開はそんなものである。無念。
「あっはい……え、ちょっ」
「よろしくねー!!!!!」
勢いに圧される俺が何とか頷くと、それに満足したのかさっさとドアを開けて出ていった。めっちゃくちゃ満面の笑顔浮かべて全力でブンブン手を振りながら。
大声で騒いでた犯人が居なくなってシーンとその場が静まり返る。
はっと我に返った俺、猪系女子についての情報が全く無い事に気付く。
握力がやけに強くて、押しが強すぎて圧倒される程で、重機推しっぽいって事くらいしかない。本気で何も分からん。
「いや、え……? 名前すら聞いてないし……街はずれの工房ってどこ……」
「アイツは道具職人のサナだ。道具つってもヘンテコなもんばっかり作ってやがる変人だが」
「そ、そうなんすか……」
やっちまったなぁとため息をつくおじさまにジワジワ嫌な予感が滲み出てくる。
パワーショベルってワードに反応して勢いで手を挙げたけど、そんなヤバい子なんだろうか。勢いがヤバいのは嫌ってくらい分かったけど。
「アイツの親方も頑固で偏屈な変人でな。変人工房って聞いたら街のモンなら誰でも分かる」
「はぁ……」
その呼び方はちょっとどうかと思うけど、猪系女子とその親方はよっぽど街の人から浮いてる人達っぽい。分からなくはない。うん。
「サナは愛想が良いが調子も良い。上手い事こき使われないように気を付けろよ」
「き、気を付けます」
酔っ払いのはずなのにやけに神妙な顔をするおじさまに、そこはかとなく嫌な予感しかしなかった。
今日はギルドが取ってくれた近くの宿で一泊する事になってたらしい。
ベテラン勢は外で警戒に当たったりするらしいけど、平均レベルが低い俺達は戦力外。何かあった時に足を引っ張らないよう休んどけ!って山賊みたいな見た目のリーダーからお達しを受けた。
「……本当にボランティアに協力するつもりなんですの?」
ずっと黙ってたレティがぽつりと口を開いた。その顔はとても浮かない顔。ぼったくり商人とのトラブルの時ですら余裕綽々に笑ってたのに、どうしたんだろう。
「街の生活を考えれば街道の復旧が最優先のはずですのに」
「でも力仕事は俺もレティも向かないし。だったら機械の材料を集める仕事の方が向いていると思う」
「それは、そうですけれど」
もごもごと歯切れの悪い様子はレティとは思えないくらい弱々しい。
ここまで気乗りしない雰囲気なのには理由があるんだろうけど、付き合いの浅い俺にはそれらしいものは思い付かなくて。
「レティ、どうしたんだよ。何かちょっと様子が変だよ」
「いえ……なんでもありませんわ」
顔を覗き込むと、何だか泣き出しそうな顔をしていた。驚いて驚いて何も言えずにいる間にレティは先に宿屋へ入っていってしまって。
俺はエルと首を傾げるくらいしか出来なかった。
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