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22_鉱山の天使
入り口で感じた嫌な予感は当たる事なく、至って順調にダンジョンを進んでいた。道中怖いくらいに平和でサクサク深い階層へ潜っていく。
「まっ、待って……」
サクサク進みすぎて俺の体力も面白いくらいに減っていった。というか俺が大丈夫じゃなかった。
一番戦闘で何もしてないのに、いつの間にか一人でヘロヘロ。戦いながら進んでいく皆に着いていくのがやっとだ。
「コータほんと体力無いねー」
「い、今悲しいくらいに痛感してるから言わないでほしい」
魔法使いのレティにすら負けてる現実がつらい。といってもあっちが平気そうな顔で居るのは、魔法で微妙に浮きながら移動して消耗を抑えてるからだけど。
息を吸うように魔法を使うからそういうもんだと思ってたけど、よくよく考えると討伐隊で移動中にへばってた魔法使いが居たんだ。もしかしてレティのあれもチートみたいなものなんじゃないだろうか。
そうすると異世界転生三人組の中で俺だけが回復ができる村人A。一般市民にそこはかとなく近いのである。不公平すぎる。
「おんぶしたげよっか?」
「要らないしっ! 俺のなけなしのプライド砕きにくんなよぉ!」
「おうおう頑張るねぇ、そいじゃチャキチャキチャキチャキ歩け歩けー頑張れ頑張れー」
ニヤニヤしながらからかってくるサナを睨むと、それはもう楽しそうに笑ってスキップしながら前の方に進んでいった。
さすがブラック卒。励ましてんのか煽ってんのか追い込んでんのか分からない。
更に階段を降りると、途切れた地面の近くに四角い鉄骨で組まれた箱の骨格みたいなのが置かれていた。上から下へ鎖が下がってて、箱の一部には操作パネルっぽいのがついてる。
「すげー、エレベーターみたいだ」
「あったりー! さすがコータ」
ピンポーンと口で効果音を言いながらサナはエレベーターに寄っていく。
鍵みたいな形の棒をパネルの近くにある穴へ挿して、ぱちぱちと軽い音を立てながら何か操作すると鎖が動いた。ガコガコ音が鳴り始めてしばらくすると下から箱が上がってくる。
箱のドアを開けると挿してた棒を外して、中へ乗り込んでいった。振り向いて来い来いと手招きをしてくる。
「いちいち鍵挿したり外したりメンドそう」
「手間はあるけど、忍び込んだ盗賊とかに勝手に操作されにくいからねぇ。あと物理制御は故障しても症状見やすいし」
システム制御は無理無理と笑うサナは、俺達が乗り込んだのを確認すると内側の操作パネルに開いた穴の方へ鍵を挿した。またぱちぱちとボタンを操作すると、今度はドアが閉まって箱が下へ降りていく。
「ここを降りると目的の採掘場だよ。入り口近くはもう掘り尽くされてるから、もう少し奥に行かなきゃだけど」
そう言ってる間に一番下まで到着した。
少しひんやりした空気と水気を含んだ濃い土の匂い。燭台の火はほとんど消えてるせいで上より薄暗くて、かなりダンジョン感が強い。
ちらりとサナの方を見ると、案の定今にも走り出しそうな顔で待て奥を見つめていた。
「ううー! やっば、ほんとダンジョンだわテンアゲ待ったなし……!!」
「今更ですけれど見取り図はありますの? こういう場所は迷い込むと、魔法を使っても脱出に時間がかかりますわよ」
「ばっちり持って来たよ! ちょっと古いけど設備の見取り図もあるから、移動には困らないと思う~」
地図読むの苦手なんだけどね、と微妙に不安になる言葉を付け足しつつサナは笑う。レティも嫌な予感がしたのか、目を閉じてこめかみを抑える仕草をした。
サナの地図はレティが取り上げて、俺が読む担当になった。回復担当だから攻撃担当のレティが持つより急な戦闘になった時の対応がスムーズだし。
あと、俺は他の人と見えてるものが違うっぽい。魔物や皆の頭の上に浮いてる体力ゲージとか、レベルとか、魔法や溜め技使ってる時のゲージとか。ゲーム画面のシステム表示みたいなものは、エルにもレティにも見えてないみたいだ。
「あぁーッ待って待って! この先に宝箱と採掘ポイントがある! ちょっと採掘させてー!!」
またかという顔で前を歩いてる二人が立ち止まった。
いくら時間があっても足りないとこぼすレティだったけど、これが当たるって分かってるから歩き出したサナに渋々ついていく。
もう一人の元日本人は俺より色々見えてるらしい。体力ゲージはもちろん、一度歩いた場所のマップやら、魔物とか宝箱とか採集ポイントの位置やら。
しかも俺は集中しないとよく見えないのに、サナはいつもくっきりハッキリ見えてるとか。プレイヤーが見るみたいに、ウインドウを切り替える感じで見る情報も切り替えてるんだそうだ。
もしかして、サナは本気で異世界転生チート主人公キャラなんじゃないだろうか。エル推しヤバ腐女子な設定はバグか何かのエラーで。
「うぉっひょぉぉぉぉ虹銀! こんな浅い層に出るのここ! 神じゃん!!」
現実逃避してた頭はサナの雄叫びで現実に引き戻された。手に銀色の石を持ってはしゃいでいる。発掘してたのか、足元にはトンカチみたいな道具が転がっていた。
「普通に銀じゃないんだ、これ」
虹って言う割に、見た目は普通の銀色が混ざった石だ。
何も考えずに思わずつぶやくと、サナの目がきらんと光ってハッとした。
やばい。スイッチ踏んだ。
「虹銀は見た目こそ普通の銀と酷似してるけど特殊な光を当てると反射光が鮮やかな七色になるんだよ! 通常の銀よりも魔力の含有量が高くて魔法石を通した特定の光を当てると反射光の分解反応で七色に分かれるんだけどその反応が常時発動するように加工すると七色に輝く飾りが作れてとても綺麗で」
「アーッ分かった! 仕組みはともかく七色の光が綺麗な変わった銀ってことだろ!」
「うんまぁ子供に説明するくらい雑に言うとそんな感じ」
興奮してるサナにうっかり質問するとすぐマシンガン語りが始まってしまう。まぁ、まだ話を遮るとスンッと落ち着くからマシだけど。
嬉々として地面を掘るサナをレティと一緒にゲンナリしながら監視してると、エルが居ないことに気が付いた。
うっすら見える体力ゲージを辿って歩いていく。突き当たりになってる所で見えた黒い後ろ姿はしゃがみ込んでいて。
「エル?」
振り向いたエルの足元には小さな犬がお座りしていた。
金色の毛並みがキラキラしてて、首周りの毛がふわふわした雲みたいだ。だけど急に出てきた俺にびっくりしたのか、きゅうっと鳴いてエルの向こう側に隠れてしまった。
「 」
俺の分からない言葉でエルは金色のふわふわに話しかける。ゆっくり撫でられて安心したのか、隠れてた頭がまたひょこりと顔を出して。チワワみたいなうるうるした目がじっとこっちを見つめてくる。
だけどエルの言葉に一瞬あれっと思って、ひとつの可能性にたどり着く。
「えっ、ま、魔物なのその犬!? そんな可愛いのに!?」
「フェルドウルフの子供だ」
……犬じゃなくて狼だった。
マジか。これがウルフみたいなおっかない魔物になるのか。
恐る恐る近付いてしゃがみこむと、探るみたいにこっちを見てくる。黒い目の中にゆらゆらと赤い炎みたいな模様が見えた。
唸られたり威嚇されたりはしてない気がする。ひょっとして撫でられたりしないかなって思いつつ、そっと手を出してみた。指先が魔物の口にすっぽり収まって一瞬ビビったけど、咥えられてるだけで牙が立てられる感じはしない。
無意識に息をつめて魔物に指を咥えられたまま硬直する。何せ小さいとはウルフの子供。そして指の根本には牙があるのだ。変に刺激して食いちぎられたら一大事である。
緊張しながら見守ってると、指は無事魔物の口から解放された。ついでにぺろぺろ舐められている。
「え、エル……あの、これ」
「危害を及ぼさないと判断されたようだ」
「ふおぉぉぉマジでか……!」
指に鼻先をすり寄せてくる金色の小さなウルフに顔の肉が垂れ下がっていくのを感じた。顎の下を撫でてやるとコテンと地面に寝転がって、小さな脚で指にじゃれついて遊んでいる。
いやもう構わずに居るとか無理だろ。可愛すぎるだろこれは。
「はぁぁー、何かだこれ天使か……ん?」
気付くと金色の天使は俺のウエストポーチの匂いを嗅いでいた。何か入ってたっけと記憶を掘り起こして、貰い物の飴の存在を思い出す。
「これかな」
包み紙から取り出して鼻先に持っていってやると、少し匂いを嗅いでぱくんと食べた。ころころと口の中で音をさせながらぴょんぴょん飛び跳ねている。
天使に餌付け出来てしまった……ありがとう素材職人のおじいさん。ナイスすぎる。まじ神。
そこまで思って、ふと昔自分のおやつをじいちゃんちの犬にあげてめちゃくちゃ怒られたのを思い出した。
「……な、なぁエル……魔物に飴って……あげて大丈夫だったのかな」
「この鉱山は人も来ないと聞く。人間の食べ物の味を覚えても襲う相手が居ないし大丈夫だろう」
「いやそうじゃなくて。体に悪かったりとか」
人には良くても動物には毒になったりするって聞いた気がする。何が良くて何が悪いかは全然覚えてないけど。
エルはちょっと変な顔をして、少し考えた後頭を横に振った。
「魔物はそこまで脆弱ではない」
「だ、だよな! だよなっっ!!」
そうだよな、普通は人間より強いもんな。
俺のせいで天使が死にそうになったりしたら立ち直れない。よかった。
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