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37_君と繋ぐ架け橋

 突然放り投げられた俺にぎょっとした顔になったエルが、聞き取れない言葉で影魔を叱り飛ばしつつキャッチしてくれて事なきを得た。だけど二人とも床に倒れ込んでしまってエルにのし掛かる格好になっている。  色々台無しじゃん申し訳ねぇ。俺のせいじゃないけど。 「……無事か」 「う、ん……でもあの………………腰が……」  ジェットコースター馬車ですらダメだった俺は、案の定放り投げ空中ダイビングで腰が抜けていた。早く退かなきゃって思うのに、立ち上がろうにも全然力が入らない。 「そうか、落ちるのが駄目だったなお前は」 「ううぅうるせぇぇぇぇ……!」  チクチク刺さる視線が痛い。この空気に耐えられなくてエルに抱きつくと、クスッと笑う声が聞こえて。しかも何を思ったのか俺をお姫様抱っこ状態で抱えて立ち上がった。  ちょっと待て。何だよこの晒し刑。 「あれは、お城の神官様……? どうして黒の君と」  必死で顔が見えないようにしがみついてみたけど、近くに座ってた顔馴染みの人には今更だった。ガッツリばれてて恥ずかしさで死にそう。  ていうか明日からどうしたらいいんだよ俺。大事な式典邪魔した上に腰抜かしてお姫様抱っこされるとか過去最高に恥ずかしいじゃん。お城歩けないじゃん。  もうこうなったら引きこもりニートになるしかないんじゃないだろうか。    そんな心情を知ってか知らずか、エルは抱きついてる俺の頭に頬擦りをしてくる。 「この者は魔物の言葉を理解することは出来ないが、魔物に接することが出来る。癒しの奇跡を操るというのに」  エルの言葉に広間の空気がざわめいた。  魔物と神殿は対極だって言われてるから、仕方ないといえば仕方ない。  まぁ俺は全然神殿と関わり無いけどな。ちょっとくらい修業するべきかなと思ったりもしたけど、エルの補佐官だからって神殿の入り口くぐるのすらやんわり拒否られたし。 「私が魔王の称号を戴こうと思えたのは、私以外にも魔物と接することが出来る人間が居ると知ったからだ。私に家族以外の人間を教えてくれた、この者が居たからだ」 「……える……?」  何か雰囲気が変だ。声が甘ったるく耳に残る。  恐る恐るエルの方を見ると、とろけそうな微笑みを浮かべた顔があった。至近距離でそんな顔を見たもんだから、一気に体温が急上昇して心臓がバクバクと危機を訴え始める。  やばい。息が苦しい。 「私はいずれ、お前を伴侶として迎えたいと思っている。どうか考えておいてほしい」  ぴきりと、俺の時間が止まった。 「は……っ、りょ、って……」 「お、よ、め、さ、ん! お嫁さんの事だよコータ!!」  うるせぇぇぇぇ知ってるわそんな嬉しそうな声でトドメ差すな激ヤバ腐女子ィィィィィィィッ!  睨んでやりたいけど振り返るのが怖い。たぶん俺めちゃくちゃ変な顔してるし、下手したら火に油注ぎそう。  おまけに全然声が出せない。必死で酸素を吸って息を整えるけど、沈黙状態になりかけ!みたいなブツ切れの声しか出てこない。 「な……ん、も……きいて、ない、けど……」 「そうだろうな。今初めて言った」  ざわつく広間をものともしないでシレッと言うエルは涼しげだ。何でだ。どうして俺だけ一人こんなにテンパって動揺してるんだ。 「なっ、なん、何でここ!? 言うならもうちょいシチュエーションあったんじゃないか!?」 「ここが一番最適な状況だと思ったが」 「何でだよ! こっ、こんな人前っ」 「その方が無かったことにされるリスクが減るだろう?」  にいっと口角をいつもより吊り上げてエルが笑う。逆光になってるせいもあって、初めてエルが魔王に見えた。  つまり、あれだ。  さっきの意訳は衆人環視の状況で宣言されて逃げられると思うな、だ。何が考えておいてほしいだよ。逃げ道塞ぐ気満々じゃねぇか。 「ば、っ……馬鹿エルぅぅぅ――――っ!!」  そもそも逃げる訳ないって知ってるくせに。そうじゃなきゃエルに会いたいって帰ってくる訳ないから。  いちいち俺の反応見て楽しんでやがる。何で突然いかにも元魔王様とか元悪役令息みたいなムーブするんだよ。  おまけにこう、ちょっと嬉しいのがムカつく……!    盛大にテンパっている間に、気が付けば式典は終わっていた。  何か国王陛下が上手い感じに進めたらしい。具体的な所は誰も教えてくんなかったけど。何か気遣わしげな感じに嫌な予感がして、深く突っ込むのもやめておいた。  無事大事な行事が終わったのに、エルに戴冠させる企みが上手く行って満足そうな陛下と、アクシデントに便乗したエルと、それに大興奮してたサナ以外はどことなく頭が痛そうな雰囲気だった。大神殿から戻った人の話がわぁっと広がると王都が一気に大騒ぎになって、その日はあちこちで号外が出て。  見出しは当然、魔物を引き連れたエルが魔王として戴冠したという話題。  それと……城に勤める神官が、新たな魔王と婚約したという話題。   「気が早ぇよ何の返事もしてねぇわ馬鹿ァァ――――――!!」    号外を床に叩きつけて騒ぐ俺を、事情を知る周りの人間は誰も咎めようとしなかった。ただ生暖かく見守る視線を向けてくるだけで。  おまけに魔王の婚約者を探そうと王城は人で溢れてしまって、サナに冷やかされながら結局引きこもりニート生活を送る羽目になってしまった。無念。  誰だよガセネタ書いた奴……絶対許さねぇからな……!  しばらくすると仕事が残ってるっていうサナがレティに引きずられて職人の街に帰っていって、激ヤバ腐女子の驚異は去ったけど。 「君が嫌でないのなら、ここを離れる前に婚約はしておいても良いのではないかと思うのだが」  いつの間にか国王陛下がノリノリになってしまっていた。   呼ばれて出向いた執務室の机の上に並んでたのは宣誓用紙とか日程のスケジュールとか、主要な客への招待状とか。諸々必要だっていうもの一式。  しかも出来上がってるじゃん。あとは礼服作るだけって、もう仮に思ってたとしても嫌って言える雰囲気じゃないんだけど。気が早過ぎないか。  まずエルにちゃんと返事してないから、先にそっちの心の準備させて欲しい。そうは思ったものの外堀を全部埋めてきた笑顔の圧に負けてしまって。  ……号外のガセネタが現実になってしまったのは、式典からほんの一ヶ月後の話だった。   「本当についてくるのか? 魔王領は極寒の地だぞ」  馬車に荷物を運び込みながら、エルは目を丸くする。国王陛下が準備した頑丈そうな装甲付きの馬車は荷物と魔物達でみちみちになっていた。  今日はエルが新天地に行く日。  あちこちの街に仲介役の騎士と人間の言葉を習得しつつある魔物を配置し終わって、少しずつ人間と魔物との衝突も減ってきて。今度は与えられた領地という名の荒地を復興しに行くんだ。  ここにきて、エルがまさかの生活系RPG主人公になりつつある。 「今更置いてくつもりなのかよ。俺はエルの婚…………薬草だろ」  未だに婚約者って自分で言う勇気は出ない。  大神殿で儀式もしたし指輪も作ったけど。口に出そうとすると恥ずかしくて頭がふわふわする。散々薬草じゃねぇって言いまくったのに、結局薬草を自称しててちょっと悔しい。 「そうか。来てくれるのなら心強い」  微笑むエルが差し出した手を取って乗り込む。    と。 「えっ!? 何で!?」  もこもこ系の魔物にのし掛かられながら、勇者と聖女が荷造りを手伝っていた。めちゃくちゃ妨害されててちょっと可哀想。勇者はまだもがいて動いてるけど聖女が半分くらい埋もれてしまっている。 「私と魔物だけではまだ信用が足りないからな。道中は勇者と聖女の威光を借りる」 「だ、大丈夫なのそれって」 「王の願いだ、仕方ない。無論おかしな事をすれば斬るがぬぁあ゛っ!?」  キメ顔でエルを睨んだ勇者だったけど、特にデカいもふもふに全体重でのし掛かられてそのまま見えなくなった。魔物に囲まれてよくそれ言ったな……言葉分かる奴増えてるのに。  とにかく、ついてくって言ってよかった。いくら魔物がたくさんいるとはいえ、勇者と聖女と魔王のパーティは流石に心配すぎる。 「コータも共に行くことになった。面倒を見てやってくれ」  エルが馬車の中に向かって言うと、魔物達がみんな仲良く鳴き声で返事をした。  ……俺が面倒見られる側なんだ……馬車で情けない姿しか見せてないから仕方ないけど。なんか複雑。  荷造りを終えた馬車は王様と王妃様に見送られてすぐに動き出した。街の人は恐る恐る見つめてる感じだったけど、御者台に乗ってる勇者を見て手を振る人もちらほら居る。  なるほど。勇者が居るのと居ないのじゃ反応違う。  だけどずっと勇者が王都に居たから、旅立つ姿を見つめる顔は不安そうにも見える。ちょっと申し訳ないかも。  そんなことを考えてる間に、街の門を出た馬車はどんどんスピードを上げていく。 「あっこら、顔出すなって! 危ないだろ!」  外の景色が気になるのか何かと顔を出そうとする子供の魔物を延々押さえつけながら、新天地へ向かって進んでいくのだった。  ……エルが言ってた極寒の地って意味を痛いほど実感するのは、もう少しだけ先の話。

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