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別人に入れ替わってる!?①
『____お願いだ。目を覚ましてくれ』
温かな白一色の空間の中をただゆったりとさまよっていたとき、誰かが俺を呼ぶ声が聞こえた気がして振り返った。引き寄せられるように、ゆっくりと声のした方へと向かう。
そうして一際明るい光が全身を包み込み、眩しさに瞳を閉じる。
視界が暗転し、眩 んでいた目をゆっくりと開けた。
「やっと目を覚ましてくれたんだね」
鼓膜を揺らす艶やかな低音。同時に視界に映ったのは彫刻のように均等の取れた黄金比の男の顔だった。海みたいに深い青い瞳がジッと俺のことを見つめている。耳元には牙のような形のピアスが揺れていた。
「……誰?」
「クリス、俺はダリウスだよ。覚えていないのかい?」
「……ダリウス……?」
クリスって俺のことか?ダリウスという名前にも聞き覚えがない。意識が混濁しているのか、いま自分がいる場所すらわからない状態だ。
視線だけで周りを見渡してみる。どうやら柔らかなベッドの上に寝かされているようだ。部屋……なのだろうか。一面が輝く氷で覆われたこの場所は、少し肌寒く感じる。まるで冷凍庫のようだ。
俺の眠るベッド以外の全てが凍った状態の、チリ一つ微動だにしない空間。異様な程に美しいその場所をただ唖然と見つめる。
「起きれるかい」
背に手が回される。室内とは違いダリウスの体温は温かく、心地いい気がする。触れられている場所からじわりと広がる不思議な感覚。惹き寄せられるような熱だと思った。
身体を起こし終えると、ベッドを中心にファンタジー系の媒体でよく見かける魔法陣らしきものが床へと描かれていることに気がついた。
「ここはどこなんだ……」
「俺が管理している屋敷の一室だよ。ああ、そうだ。君が目覚めたから、もうこれは必要ないね」
ダリウスが指を鳴らした瞬間、一面を覆っていた氷が一瞬で弾けて光の粒子へと姿を変えた。冷気が一気に引き、室内が本来の姿を取り戻す。その美しい光景を目に焼き付ける。
「これって魔法か?」
「……魔法のことも忘れてしまったのかい」
「忘れたっていうか……俺は……」
脳内がグラグラと揺れる。俺が暮らしていたのは現代日本のはずだ。もちろん魔法なんて存在しない。でも、目の前の彼はいとも簡単に魔法を使って見せた。
手品とも思えないし……。
どうしてこんな状況になっているのかを必死に思い出してみる。
なんとなくだけれど、俺は随分前に死んだ気がするんだ。トラックに轢かれそうになっていた子供を庇って、代わりに衝撃を受けたときの映像が脳内を走る。それから、ずっと長い間一面が白亜に覆われた空間をさまよっていた。あの場所が所謂 天国だったのかもしれない。その記憶が正しいとするのなら、俺は知らない世界に転生したのか?
アニメとかでよく見る異世界転生ってやつなのかもしれない。
でも、彼はたしかに俺のことをクリスと呼んだ。ぺたぺたと身体を触ると、程よい筋肉が全身についているのを感じる。明らかに自分の身体ではないこともわかる。だとするなら、俺は転生したのではなく、他人の身体に乗り移ったということだろうか。
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