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いざっ、出動!⑤
怒り狂ったダークナイトドラゴンの轟くような咆哮が鼓膜を強く揺さぶる。黒紫の煙が口から溢れ出し、続いて大きな魔力の発動を感じる。直感でやばいと感じた。
だから、俺の持てるめいいっぱいの魔力で防御壁をダリウスと自分にかけたんだ。紫光が空間全てを覆い尽くす。口から発せられた光線が壁や床を剥ぎ取り、まるでハリケーンが来たような衝撃が空間全体を支配した。
ビリビリと魔法壁が揺れている。
(クリスっ、頼むっ。俺たちを守ってくれ!)
この薄い壁一枚が弾けた瞬間、俺達は死ぬだろう。固く目を瞑り、魔力壁を維持し続けた。生きて帰るんだ。そうして、俺の気持ちをダリウスに伝えるんだ。
好きだって。愛してるって。お前と番になれて良かったって。
「うおおぉぉぉぉ!!」
耐えろ!耐えろ耐えろ!!俺は負けない!!!
一際大きな衝撃が魔力壁へと注がれた。歯を食いしばり、必死に耐える。そうして、数時間にも感じられた瞬間が、ようやく終わりを告げる。
紫光が薄く、弱々しく消えていく。魔力が飛散するとき特有の粒子が空間を支配していた。柄にもなく綺麗だと思う。
ダークナイトドラゴンがゆっくりを口を閉じていく。刹那、舞い上がった土煙の中かから幾万もの氷の刃が飛び出してきた。
真っ直ぐにダークナイトドラゴンめがけて飛んでいく。魔力を込められ強度の増している刃はダークナイトドラゴンの硬い表皮をいとも簡単に貫いていった。
痛みに慄いたダークナイトドラゴンが後ろへと仰け反る。ドラゴン種の唯一の弱点である逆鱗が丸見えになった瞬間、飛び上がったダリウスが逆鱗めがけて研ぎ澄まされた剣先を突き立てた。
「グギャアアアアァァァァ!!!!」
耳を劈く 悲鳴。真紅がダリウスの身体を濡らしている。声は段々と静まっていき、ダークナイトドラゴンは声を無くしてその場に倒れ伏してしまった。
地面へと着地したダリウスが剣から血を払う。
恐る恐る近寄ると、ボロボロになったダリウスの姿がハッキリと視界に映った。ダリウスの瞳に映る俺も、マントや服が破れてしまっている。
「倒した、のか?」
「ツバサのおかげだよ」
こちらへと戻ってきながら、ダリウスが微かに笑みを向けてくれた。
「っ、そっかっ!やったなっ!やった!やったんだ!」
嬉しすぎて何度も同じ言葉を繰り返す。絶命していてもダークナイトドラゴンの威厳は少しも損なわれていない。むしろ、こうして近くで見ると、一層強敵だったのだと思い知らされる。
「素材を回収しないといけないね。倒したら牙を持ってくるように言われているんだ」
「でも、この量は持って帰れないぜ」
「ギルドの人間を派遣しよう。ダンジョン内で亡くなった魔物は時間をかけてゆっくりとダンジョンへ取り込まれていく。そこら辺に転がっている死体が思ったより少ないのもそのおかげだよ。ダークナイトドラゴンの大きさなら、数週間は大丈夫なはずだ」
「なら、取れるだけ取っていこう。急いで帰らないとギルドの人達心配してるだろうしな」
本当は喜びを噛み締めたいところだけど、まだ気を抜くのははやい。本格的に喜ぶのは家に帰ってからだ。
「主が居なくなったことで、しばらくはダンジョン内も騒がしくなると思うけれど、そのうち落ち着くはずだ」
「魔物達もダンジョンに戻ってくるよな」
「そうだね」
取れるだけの素材を取って最下層を出た。今は静かなダンジョンが、また活気を取り戻すのには時間がかかるかもしれない。でも、きっとそう遠くない話だろう。
ダークナイトドラゴンの発していた魔力が消えたからか、行きよりも帰りの方がダンジョン内が明るく感じた。
疲れているため、こまめに休憩を挟みながら帰り道を進んでいく。
ダークナイトドラゴンに無事に勝てたことは本当に嬉しかった。でも、それ以上のものを掴み取れたと思うんだ。
今日ようやく、ドラゴン襲撃事件にはっきりとした幕を降ろすことができた。クリスへの弔いにもったと思う。
「ツバサ、ありがとう」
ダリウスが俺の頭を撫でながら綺麗な笑みを浮かべてくれる。だから俺も、それに答えるように『どういたしまして』って歯を見せて笑ったんだ。
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